「少年院で一緒だった子に誘われた」19歳の少年“ワタル”が闇バイトに手を出した理由「思い通りにいかなかったり、じぼうじきになってしまい…」
〈「脅されて彼女の家とか調べられ、断ったら何かされると思った…」“闇バイト”に誘われた「特定少年」の思い、そして彼の両親の覚悟とは…〉から続く
ワタルが検察に移送される前に横浜拘置所で面会をした中村さん。現実を受け入れ始めた様子のワタルに聞く、「なぜ闇バイトに手を出したのか」…そのきっかけや心情を『帰る家がない 少年院の少年たち』(さくら舎)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
前に進んでいる様子がみえた、横浜拘置所での面会
その後、ワタルは地方の検察に移送される予定だが、数日間は横浜拘置所で過ごすと聞き、私はワタルに会いに行った。誰かが面会してしまうと、その日の面会可能人数を超えてしまう。午前のいちばん早い時間に拘置所に向かった。
受付で手続きをし、別の建物に移動して待合室で呼ばれるのを待つ。待合室には弁護士らしい人、小さな子どもを連れているお母さん、年老いた夫婦がいた。
面会できる部屋は数室あり、スピーカーで持っている番号札を呼ばれ、指定された部屋に入る。病院の診察と同じような感じだ。
部屋に入って待っていると、ワタルがやってきた。ワタルは私服ではなく、拘置所で与えられた上下緑色の服を着ていた。
ワタルは、鑑別所で面会したときより、すこし元気そうに見えた。
「ご飯食べれてる?」
「はい」
「ご飯は鑑別所と同じ感じなの?」
「うーん、同じかな」
面会はたわいもない話から始まった。ワタルは泣いてばかりいた鑑別所のときとは違い、現実を受け入れている様子というか……、不安はあっても、少なくとも前に進んでいる様子だった。
ワタルに、先日の審判の後に「『非行』と向き合う親たちの会」に両親と行ってきた話を伝えた。
「そこってどんな人たちがいるんですか?」
「10代の子どもの非行で悩んでる親や、成人している子どものギャンブルや無職だったりで悩んでいる親の集まりだよ。自分たちが苦しかったから、今度はそういった人を支えたいってお手伝いしている親もいる団体だよ」
ワタルはうなずきながら聞いていた。
「お父さん、お母さんと連絡をとりながら、できることはしていくからね」
「ありがとうございます」
「審判のときは自分の気持ちは言えた?」
「はい、言えました」
「あのね、11月に渋谷で会ったでしょ。あのとき、たくさん話してたら、今回の事件というか、脅されていたこととか気づいてあげられたかな、って思ってるんだ。この間、鑑別所で『9月くらいから、悪いことに関わっていた』って言ってたから」
鑑別所の面会で、職員から注意が入って中断したときの話だ。
ワタルはこちらを見た後に、下を向いてしまった。
先輩に恐喝されて闇バイトへ
「9月にどんなことが起きたか聞いていいかな」
「はい。少年院に入る前からつながりがあった暴走族から脅されていて……」
「それってインスタのDMのやりとりで教えてくれた、警察に相談に行ったやつだよね」
「はい」
ワタルは地元の先輩との関わりが切れずにいた。これは仮退院でも言っていた心配事だった。
「自分、単車買ったんですけど、売った人が単車についていたマフラー代をよこせって言ってきて……」
なるほどね。先輩に恐喝され、それでお金が必要になった。高坂くんに貸してほしいって連絡したのは、このときか。
「渋谷で会ったとき、仕事頑張ってるって言ってたけど、仕事どうしてたの?」
「仕事は頑張ってました」
「それ以上にお金が必要になったということか」
「はい」
ワタルはうなずいて私の方を向いた。
「それで闇バイトにつながったってこと?」
「はい」
「闇バイトは単車の売り主? 暴走族とか?」
「違います」
ワタルは目をそらし、言いづらそうに口を開いた。
「多摩少年院で一緒だった子です」
「中からずっとつながってた子?」
ワタルが首を振った。
「つながっていたというより、インスタで連絡とかたまに来て……」
「んで、その子に誘われて、闇バイトか。その子は捕まってないの?」
「わからないです。今回の事件は一緒じゃない」
その子から闇バイトにつながったのか。そこは想像していなかった。この事件はそこから始まってしまったのか。
「マイナンバーとか戸籍謄本とか出して……」
この後、ワタルは「キム」からの指示で犯罪を手に染めていくことになる。キムはニュースで取り上げられていた「ルフィ事件」指示役の別偽名であるキムと同一人物かどうかはわからない。しかし、これで事件関与の入り口が見えてきた。
「思い通りにいかなくて、じぼうじきになってしまった」
数日後、ワタルの両親と高坂くんと会い、今後の裁判についての打ち合わせをした。
情状証人(刑事裁判の法廷で、被告人の罪が軽くなるよう、被告人の人となりを述べたり、再度罪を犯さないように監督することなどを裁判官の前で証言する人)に高坂くんが立つことや、何年先になるかはわからないが、ワタルが社会に帰るときは高坂くんの自立支援施設に帰ることなどの相談だ。
ワタルの母親は仕事を辞めて外にあまり出ない生活をしていると言った。父親は転職も考えているが現状は難しいと語った。
ワタルが警察に捕まる前、おそらく事件を起こす前だろうか、ワタルから「地元を離れて生活したい」と相談を受けたと父親は言っていた。あのときに遠くへ行かせていたら、こんな事件を起こすことにならなかったかも、と悔やんでいた。
ワタルの通帳に、490万円の入金があったことを警察から知らされ、その後、100万円ずつおろされて、いまはゼロだという。いま思い起こせは、そのあたりからワタルは外出をしなくなり、自室に籠り、何かに怯える生活をしていたと言っていた。
そして、ワタルの逮捕後には、銀行から口座開設のお知らせの封書が届いたという。もちろん、これはワタルが開設したわけではなく、闇サイトで戸籍謄本を出すと、こういったことにも使われるということだ。
渋谷で会ったときのワタルの気持ちとは・・・
ワタルはかなり追い込まれた状態にいた。
渋谷で会ったとき、やっぱり相談することができなかったのかな、と思う。あのときの気持ちを知りたいと手紙を書くと、ワタルから返事が届いた。
「あのときの気持ちということで、正直こんなことにならないと思っていたり、暴走族なんかの話をしたら裏切ってしまうと思っていました。まだ自分のいぜんの価値観が残っていて、相談するのはカッコ悪いと思っていたのもあると思います。
今回の事件のことは友達にも相談することができませんでした。
自分は出院後に地元に帰り、……友達の8割はしっかりと更生をして仕事をしていました。
思い通りにいかなかったりしてなげやりになったり、じぼうじきになってしまい、残り2割の方の悪いことをまだしている子と絡むことがふえていきました。……自分がこんなことをしてまで止めてしかってもくれていたのです。この子たちとは縁切りたくないです。
また、刑が10年くらいはいくだろうと思っています。お母さん、お父さんが死んでしまわないかすごく心配です」
移送されて2カ月後、ワタルの様子は・・・
移送されてから2ヵ月後の5月後半。ワタルに会いに地方の拘置所まで向かった。
ここは路面電車が走っており、見慣れない街並みだ。路面電車を乗り継ぎ、拘置所に着いた。大きな門に壁画があって貫禄ある入り口だった。
中で手続きをすませ、待っているとワタルが部屋に連れられてきた。どこの拘置所もシステムは一緒だ。面会室に来たワタルは、体が一回り大きくなった感じがした。体が引き締まり、健康的な体つきになっている。
「約束通り来たよ!」
笑顔で言うと、ワタルの顔も笑顔になった。
最近は、部屋の中で筋トレをしたり、読書をしたりしているという。拘置所で孤独になっていないかと心配していたが、この地区のNPO法人団体や「セカンドチャンス!」の仲間が面会に来てくれており、ワタルはいろいろな人に支えられていた。
不安と心配に押しつぶされていないかと思っていたが、拘置所であっても、いい人たちとつながれてよかった。
「手紙ありがとう。ワタルは文章書くのがうまいね。ワタルの気持ちがすごくわかったよ」
ワタルは少し照れた顔をしてした。
「わざわざこっちまで来ていただいてありがとうございます」
ご飯も睡眠もきちんと取れているそうだ。元気ではないが、健康的な生活が送れていてよかった。
特定少年に下された判決は……
今日、ワタルに会ったら聞こうと思っていた話があった。
「ワタル、闇バイトのきっかけになった話を聞かせてくれるかな」
ワタルを闇バイトに誘った子は、ワタルと同時期に多摩少年院にいたという。院内での接点はなく、名前を知っている程度の間柄。出院後、インスタでワタルの名前を見つけてコンタクトを取ってきたそうだ。ワタルのインスタからその子を特定できたが、逮捕されている様子はない。
やりそうなやつを見つけては、組織に引きずり込む。誘う方も誘われる方も、抜け出せない。生きづらいこの仕組みがなくならない限り、闇バイトのような犯罪システムはずっとつづいていくだろう。
いま、ソーシャルメディアとの関わりは切っても切れないものになっている。「誰かを売らなければ、自分を守れない」となる前に、まず、そこには危険があるということを知ってほしい。
自分は大丈夫、自分だけは大丈夫、なんてことは絶対にない。
少年院での出会いが、こうして悪い方向に行くことが悔しい。「セカンドチャンス!」の仲間のように、社会で応援できる関係性であってほしいと心から思う。
ワタルの裁判の判決の日が決まったと連絡がきた。数日前の裁判では、高坂くんが情状証人に立ち、ワタルが社会に戻ってきたときのことを証言してきたと聞いた。
判決は12月13日。この日は皮肉にも、映画『記憶2』の完成試写日だった。
両親は裁判を傍聴したいと思っていたようだが、私たちはやめるように言った。マスコミが来ていれば、プライバシーなどなく質問責めにされるだろう。それはワタルも望んでいないことだ。
そして、判決のときがきた。
強盗傷害などの罪で、ワタルには懲役11年の実刑がくだされた。
この判決が重いか否かは、あえて言葉にしない。
ワタルの人生はこれで終わりではなく、まだこれからもつづく。変わらず寄り添いつづけたい。
ワタル、社会で待ってるからね。
文/中村すえこ
写真/AC写真、shutterstock
10/07 11:30
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