「脅されて彼女の家とか調べられ、断ったら何かされると思った…」“闇バイト”に誘われた「特定少年」の思い、そして彼の両親の覚悟とは…

少年院を仮退院後、再び“悪の道”を歩み始めてしまったワタルが語った“現代の暴走族”の実情…そしてテレビから飛び込んできた衝撃のニュースとは…〉から続く

強盗傷害罪で両親の目の前で手錠をかけられた少年ワタル。「特定少年」となった少年の両親の覚悟、そして震える声で語るワタル自身の思いとは…。『帰る家がない 少年院の少年たち』(さくら舎)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

【画像】19歳の少年“ワタル”に下された判決とは…?

「特定少年」は保護処分か、刑事処分か

ワタルの父親はこちらからの突然の電話に動揺していたようだが、事実を教えてくれた。

ニュースはやはりワタルのことだった。私たちと会う約束をしていた翌日に逮捕され、現在は20日間の勾留がつけられたそうだ。事件のことはまだ父親も深く知らない。

逮捕された場所はワタルと家族が住むマンションだった。たくさんの刑事がマンションとその周辺を囲み、ワタルは家族の目の前で逮捕された。

手錠をかけられたワタル、その姿を見る家族。母親の気持ちを考えると、話を聞いていた胸が苦しくなった。

現状は、このまま再逮捕がなければ、20日間の勾留が切れるタイミングで鑑別所に送られることになる。

そして、ここからが重要なところだ。

ワタルは事件時は18歳。逮捕時には19歳になっている。彼は「特定少年」となり、強盗事件は逆送される可能性が大いにあるということだ。

今後20日間の勾留の後は、鑑別所に約4週間、その後、家庭裁判所の審判を受ける。この審判で保護処分、少年院送致となれば少年法の扱いとなり、審判で逆送(検察官送致)になった場合、身柄は拘置所に移動し、地方裁判所での裁判となる。成人と同様に刑事裁判の扱いということだ。裁判になった場合は、判決まで半年以上はかかると思われる。

両親は、ワタルの逮捕から10日後に県警から呼び出され、約5時間の取り調べを受けた。そのときに警察から、ワタルが1日2時間ぐらいしか寝られていないと伝えられ、ワタルの母親は、心労で追い詰められている状態と聞いた。

このときには、父親は国選弁護人と電話で話しており、弁護士は逆送にならないことを目指しているそうだ。だが、万が一逆送になり、起訴されたら、実名報道になることは避けられないだろう。

まさか、こんなことになってしまうなんて……。誰もがそう思っていた。

とにかく私たちはワタルの面会に行くことを決め、計画を立てた。

面会のチャンスは、取り調べが終わり、所轄の鑑別所に移送された後から審判までの、数日間しかない。

精一杯の心配りをする母親の姿

3月○日、少年鑑別所でワタルの両親と待ち合わせた。先に着いた高坂くんと私が受付で面会の希望を伝えたところ、窓口で保護者の同意を得ているかを確認された。

鑑別所は誰でも面会できるわけではなく、少年に必要だと思われる人でないと面会ができない。保護者が来るのを待ち、職員が保護者に確認。同意が取れたところでやっと先に進める。

数十分待って、職員に呼ばれた。ワタルの母親が小走りに自販機に駆け寄り、ずっと握りしめていた小銭を自販機に入れた。手に持つジュースはワタルの好きなジュース。母親は冷たくおいしいジュースを飲ませてあげたくて、直前に買ったようだ。

たったそれだけ、それだけの行動であったが、母親がどれだけワタルを思っているかが伝わってくる。

「キムに脅されて、断ったら何かされると思った」

面会室に入り、しばらく待つと鑑別所の先生に連れられてワタルが部屋にやってきた。入り口のドアで私たちを見た後、ずっと下を向いている。

ワタルの父親が、高坂さんと中村さんが来てくれたぞ、とワタルに声をかけた。

椅子に座ったワタルは、下を向いたままうなずいた。部屋はしんと静かだ。ワタルの涙がズボンに落ち、すすり泣く音だけが聞こえていた。

「捕まってホッとしてる」

「怖かったの?」

私がそう聞くと、ワタルは、

「もう悪いことしないですむ……」と答えた。

留置場にいるときよりは、眠れるようになり、ご飯も食べられるようになったと聞いていたが、目の前にいるワタルは明らかに弱っているように見えた。

これから自分がどうなるか、自分がしてしまったこと、不安と後悔で押しつぶされそうなのがわかる。

先の話をしなければいけないが、なかなか話すことができなかった。

母親がジュースを飲むようにすすめたが、ワタルは顔を上げることができない。

面会室は時が止まったように静まり返っていた。ワタルのとなりに置かれたジュースに水滴が浮かび、その水滴だけが時を刻むように滴っていた。

しばらく沈黙がつづいた後、高坂くんがワタルに声をかけた。

「インスタのDMでやりとりしてたけど、急に連絡がとれなくなって心配したよ。お金のことで相談されていたけど……。気づいてあげられなくてごめんね」

「脅されて、彼女の家とか調べられていて、断ったら何かされると思った……」

ワタルは「キム」という人物に脅され、今回の事件のほか、狛江の強盗殺人事件にも誘われていたという。のちに「ルフィ事件」として知られる狛江の事件は2023年1月に起きたもので、ニュースで何度も取り上げられていた。

私たちと渋谷で会った2022年11月から、事件が起きるまでの間に何があったのだろう。

「ワタル、事件はどこからつながっていったの?」

「……闇バイトです」

そこで立ち会いの職員から注意が入った。面会では事件の話はしてはいけないことになっている。私たちは保護者と一緒に、ワタルの今後の社会生活に必要な人たちという枠で面会を許可してもらっていたからだ。

高坂くんと私はここまでだね、と顔を見合わせた。規則を破るつもりはなかったが、知りたい気持ちが先走ってしまった。

震える声で答えるワタル…「死にたいって思ってしまう」

ワタルは泣き止んではいたが、声はまだ震えている。

「ワタル、少年院送致になっても逆送で刑務所に行くことになったとしても、いずれ社会に戻るときはやってくる。そのときのことだけど、僕が運営するグループホームで再スタートをしてみないかなって思っているんだけど」

高坂くんは自分が理事長をつとめるサポートセンターのパンフレットを差し入れし、施設の説明をしている。聞いていたワタルは少しずつ落ち着きはじめていた。

「高坂さんはわざわざ遠くから来てくれたんだぞ。お礼言わなきゃだぞ」

父親がそう言うと、ワタルは小さな声でありがとうと言った。

「いいんだよ。『4sホーム』のパンフレットとルールとかの差し入れしたから読んでね」

4sホームは、高坂くんの団体が運営する自立準備ホームの名前だ。

「私は本と便せんと切手を差し入れしたからね。手紙書くね。本は『セカンドチャンス!』の本だよ。人生が変わった少年院出院者たちって本だよ」

面会の残り時間を表示するストップウォッチは、あと数分になっていた。

「ワタル、いま、何を考えてる?」

「死にたいって思ってしまう」

高坂くんの言葉に、ワタルは泣きながら答えた。

両親も私たちも、返す言葉がなかった。母親は涙を流していた。

「この実名報道で仕事を失うかもしれない」

それから数日後、審判の日が決まったとワタルの父親から連絡が入った。審判は3月20日と22日、2日間に分けられた。

審判当日、高坂くんと一緒にワタルのところに向かった。

ワタルの審判の結果は、逆送 (検察官送致)だった。ワタルは大人と同様に、法で裁かれることになった。

ワタルの父も母も肩を落とし、言葉がなかった。覚悟はしていたものの、現実はやはり厳しかった。

「今後、実名報道もあるということですよね。おふたりはどう思っていますか?」

高坂くんと私とワタルの両親は車に乗って、新宿にある「『非行』と向き合う親たちの会」の事務所に向かっていた。車内で後部座席に座る両親に質問すると、2人は顔を見合わせてからこう答えた。

「あいつが帰ってくる場所がなくちゃって思ってるから。頑張るしかないなって。私たちも生きていかなくちゃいけない。この実名報道で仕事を失うかもしれない。どうなってしまうか正直不安はあるけど、あいつの帰ってくる家がないとだから……」

両親もよくよく話し合ったのだと思う。ワタルの兄たちも親戚もすべてのことを含め、考えた答えがこれというわけだ。

少年法の改正は、誰のために作られたのだろうか。被害者のためなのか、加害者に必要とされたのか。

実名報道によって、加害者の家族が苦しい生活を送らなければならない状況に、疑問が残る。仕事をなくし、社会から疎外されて生きることは厳しい。
犯罪者だから?

犯罪をした者の家族だから?

だから、仕方ない。そう思う人が社会には多くいるのだろうか。

法律を否定するつもりはない。ただ、改正によりすべての人が幸せになれるわけではないということだ。

人はそれぞれ自分の置かれた立場によって意見が異なると思う。自分が、被害者になったときに、いまと同じ意見を持てるかはわからない。

文/中村すえこ
写真/AC、shutterstock

帰る家がない 少年院の少年たち

中村すえこ

帰る家がない 少年院の少年たち

2024年8月8日発売
1,650円(税込)
220ページ
ISBN: 978-4-86581-433-0

幼少期から親に虐待されて家出、食うために窃盗や強盗をした少年。友達の身代わりに詐欺の受け子をして抜けられなくなった少年。それぞれの犯罪の裏には、まだ自立できない年齢なのに、頼れる大人も安らぎもないという家庭や社会の問題がある。
また、少年院を出ても昔の仲間が足を引っ張る。追い詰められた結果、闇バイトの実行犯として懲役刑を受けた18歳の「特定少年」は「捕まってホッとしている」と言った。頼れる人のいない少年が生きていくには多くの困難がある。自身も少年院経験者の著者は、彼らが犯罪へと踏み込んでいくのは少年だけの問題ではなく、社会、すなわち大人の問題でもあると語る。人は人とつながることで生きていける。支えがあれば、人は変われる!

「少年院で一緒だった子に誘われた」19歳の少年“ワタル”が闇バイトに手を出した理由「思い通りにいかなかったり、じぼうじきになってしまい…」〉へ続く

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