少年院を仮退院後、再び“悪の道”を歩み始めてしまったワタルが語った“現代の暴走族”の実情…そしてテレビから飛び込んできた衝撃のニュースとは…

元レディース総長で女子少年院出身の教師・中村すえこさんが出会った少年院出身の少年ワタル。「社会が不安でしかない」と語っていた彼が出院後に関わってしまった重大事件…〉から続く

少年院を仮退院後、暴走族に所属し、再び“悪の道”を歩むようになったしまったワタル。

【画像】19歳の少年“ワタル”に下された判決とは…?

著者・中村すえこさんが聞き出したワタルの心情、“現代の暴走族”の内情を『帰る家がない 少年院の少年たち』(さくら舎)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

飛んだやつは、公開処刑される…“上からの指示”とは

社会に戻ったワタルはその後高校へ進学したが、のちに中退してしまった。自由と持て余す時間がワタルの非行を加速させ、暴走族に所属するようになった。

暴走族はすでに化石状態かと思っていたが、形を変えて現在も存在していたことに驚いた。

形を変えてというのは、暴走と喧嘩をしていた私の時代の暴走族とは違い、なんでもありの犯罪集団になっていた。

年齢幅もかなり広く、ワタルが入った暴走族はネットニュースになることもあった。上からの指示は詐欺の受け子を探すこと、チームに勧誘することだった。勧誘は、人数が増えればケツ持ち (暴力団関係者など後ろ盾となっている者)に上納金を用意する兵隊が増えるからだ。耐えられなくて飛んだ (逃げた)やつは、インスタで顔と名前を出され、公開処刑される。それでもワタルはこう言っていた。

「自分の唯一の居場所だったっていうか……。ここが自分にとって居心地がよかった」

ワタルは寂しかったのかな。インタビューを読み返していて、そんな風に感じた。

自分を認めてくれる居場所が欲しかったのは私と同じ。あのときは自分の寂しい気持ちに気づかなかった。ワタルも私と同じように、自分を認めてくれる存在しか信じられなかったのかもしれない。

ワタルが仮退院してから1週間が過ぎていた。彼から連絡はくるだろうか。
信じて待つしかない。

そして、3週間を過ぎた頃だろうか、高坂くんから「ワタルとつながりました」と連絡が入った。

仮退院後のワタルの姿は…

11月、ワタルが仮退院してから4ヵ月後、渋谷で会う約束をすることができた。
コロナ禍も収束に向かいつつあり、渋谷は人であふれ返っていた。

待ち合わせはハチ公前。高坂くんと2人でワタルを待った。

「あれ、あの子じゃない?」

「いや、もっと身長高いですよ」

私の問いかけに高坂くんが答えた。

「あっ!」

高坂くんが右手を上げて歩き出した先に、ワタルの姿が見えた。

ワタルはスリムジーンズにTシャツ、髪の毛もセットされていた。少し瘦せたように見える。メガネはなく、コンタクトになっていた。

改札口を間違えて出てしまったそうだ。きっと走ってきたのだろう、額には汗が滲んでいた。

高坂くんとワタルはハチ公を背に、横断歩道に向かって歩きはじめた。会話は聞こえないが、2人が笑顔で話しているのがわかる。

2人を追い越して、後ろ向きで歩きながらカメラを回し、その様子を撮影した。フレーム越しに見る2人は、久しぶりに会った友人同士に見える。

こうして少年院の中からつながり、社会で再会できるのはとても嬉しいことだ。再会し、無事、映画の撮影を継続できたことに安心した。

「出てきて、悪いことをしちゃってました」

渋谷駅を出てミヤシタパークの屋上まで上がり、ベンチを見つけて腰をおろした。

「よく来てくれたね。遠かった?」

高坂くんがワタルに話しかけた。

「はい。あ、いえ、はい」

ワタルは正直に答えてしまった後に、気を使うところだったと思ったのか、曖昧に返答した。ワタルの人のよさと子どものような一面だ。

「気を使わずにしゃべっていいんだよ。その方が嬉しいよ」

私がそう声をかけると、ワタルはうなずきながら笑顔になった。

「家から駅までの足がなくて、後輩に送ってもらいました」

「免許のある後輩か?」

と私が笑いながら突っ込むと、みんなも笑い、撮影のときのなごやかな雰囲気を思い出した。

「いまのバイクのケツに乗る話もそうだけどさ、出てから犯罪をしてしまうことあったん?」

高坂くんの言葉に、ワタルは高坂くんをチラリと見た後に、「はい」と答えた。

一歩離れて見ていた私の場所からは、暗くてワタルの表情は見えないが、うなずいて答えているのがわかる。

「出てきて2週間は、悪いことをしちゃってました」

「わ、わ、悪いことしよったん?」

ワタルの言葉に驚き、高坂くんはあわてた様子で聞き返した。

出てから2週間後に悪いことをしてしまったのではなく、出てからすぐ犯罪をしてしまったということだ。少年院での誓いは一瞬で消えたということか。

「いまは頑張れてます!」

ワタルもあわててそうつけ足した。

「どんなことしちゃったん?」

「大麻とか、暴走行為とか、無免とかです」

ワタルは出てからすぐに犯罪をしていた。少年院では社会が不安といい、地元の友達との関係性を心配していたが、その不安や心配とは社会に受け入れてもらえるかどうかだったのか。それとも悪い友達に受け入れてもらえるかどうか、ということだったのか。
環境と意思だったら、環境の方が強い――。

少年院の先生が言っていたことを思い出す。先生の言うように、環境に流されてしまったのか。

ワタルの心のブレーキを増やしたい

「ワタル、質問していい?」

ワタルが私の方を見てうなずく。

「なんで、この映画の取材を受けることにしたの?」

「自分の心のブレーキになると思ったからです」

ワタルは少年院の少年たちにインタビューする映画『記憶2』の主旨を理解し、そのうえで協力することを決めた。そして、それが心のブレーキになると思ったと言っている。その気持ちはよくわかった。

心の中にある善と悪。善とつながることで、戻れる綱が保てる。仮退院後、ワタルは犯罪をしたけれど、どこかで戻りたい気持ちがあったから、いまこうして私たちと会っているのだと思った。

「悪いことしちゃっててさ、お母さん泣いてたでしょ」

「はい……」

母の涙を見て、ワタルはどう思ったのだろう。

「いまは、どうにか仕事もつづいていて、頑張ってます」

仕事は荷物の仕分けをしているという。夜勤もあるが比較的時間の融通もきき、自分のペースに合わせてシフトを組める。これまで仕事が長続きしなかったが、今回は少しずつお金も貯められていると言っていた。

社会に戻り、「セカンドチャンス!」や私に連絡をする子のほとんどは、「頑張れている子」であり、「頑張れていない子」は連絡をしてこない。「頑張れていない自分」を知られたくないのが理由のようだ。

ワタルも今日、この日に会う約束をするまで、会えない自分だったのかなと思った。今日、社会でつながれたことを大事にしたいと思った。

ワタルの心のブレーキをもっともっと増やしていきたい。

その後、屋上から1階にある飲食街「渋谷横町」に移動し、ワタルの出院をみんなで乾杯し、好きなものをお腹いっぱい食べた。

高坂くんはワタルと交わした「今度は社会で美味しいものを食べようね」という約束を守ることができて、嬉しそうだった。

「僕は少年院で出会った子と社会でお酒を飲めることが楽しみなんだ。ワタルが20歳になったらお酒を一緒に飲みたいよ」

20歳まであと1年くらいだ。それほど遠くない未来の約束。先の約束があるっていいな、と2人の会話を聞いていてそう思った。

しかし、次にワタルに再会したのは、想像していなかった場所だった。

「強盗殺人未遂で10代の少年を逮捕」のニュース

その後、何度かワタルと会う約束をしたが、体調不良などを理由にキャンセルされていた。

連絡はとれており、暴走族のことで警察に相談に行った報告や、お金を貸してほしいとお願いされたと高坂くんから聞いていた。ワタルに何かよくないことが起きていると思わざるを得ない状況だった。

感じていた危機感はある意味、勘に近いものだったが、お金がどうして必要か聞いても、自分の欲しいものを買うためとしか答えない。法的な相談窓口、必要なら警察へ行くことをすすめたが、こちらの言葉が届いているように感じられなかった。

ワタルにとって、私たちは「信頼できる大人」になれていないのだろうか。

年が明け、やっと約束ができた2023年2月〇日、ワタルの家の近くまで行くことになっていた。しかし、この日も体調不良を理由にドタキャンされてしまった。

「ワタルに何か起きていることは間違いないと思います」

高坂くんは、お金を貸してほしいという連絡がきたときのことを言っているようだ。

急なお金が必要になるときは、先輩から集金の命令が入ったりしていることが多い。騙されたり、ハメられてお金が必要になる場合もある。

「私たち、ワタルに寄り添えてないのかなー」

高坂くんが私の方を見て、その言葉を呑み込んで考えているのがわかった。高坂くんに言ったわけじゃなく、自分の心の声が出てしまっただけだ。でも、高坂くんも同じことを思っているようだった。

人に寄り添うことはとても難しい。ワタルは何を求めているのだろう。

ワタルからドタキャンされた翌々日、テレビのニュースが耳に入ってきた。

「2月○日、強盗殺人未遂で○○県○○市在住の10代の少年を逮捕した」

高坂くんからすぐに連絡がきた。LINEにリンクが貼られていたのは地方で起きた強盗事件のニュース。この10代の少年がワタルかもしれない、というのだ。

まさか、まさか、と思ったが、しかし、絶対違うという確証もない。高坂くんがワタルの父親に電話し、事実確認をすることになった。

文/中村すえこ
写真/AC、shutterstock

帰る家がない 少年院の少年たち

中村すえこ

帰る家がない 少年院の少年たち

2024年8月8日発売
1,650円(税込)
220ページ
ISBN: 978-4-86581-433-0

幼少期から親に虐待されて家出、食うために窃盗や強盗をした少年。友達の身代わりに詐欺の受け子をして抜けられなくなった少年。それぞれの犯罪の裏には、まだ自立できない年齢なのに、頼れる大人も安らぎもないという家庭や社会の問題がある。
また、少年院を出ても昔の仲間が足を引っ張る。追い詰められた結果、闇バイトの実行犯として懲役刑を受けた18歳の「特定少年」は「捕まってホッとしている」と言った。頼れる人のいない少年が生きていくには多くの困難がある。自身も少年院経験者の著者は、彼らが犯罪へと踏み込んでいくのは少年だけの問題ではなく、社会、すなわち大人の問題でもあると語る。人は人とつながることで生きていける。支えがあれば、人は変われる!

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