【第30回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》受賞】心の闇が猛獣になり、人を襲う… 立場も性格も真逆の凸凹コンビの、東洋宮廷怪異ファンタジー

『心獣の守護人 ―秦國博宝局宮廷物語―』(羽洞はる彦/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 感情は暴走する。怒りに震える時、悲しみに苛まれた時、それはまるで猛獣のように獰猛で、弱い自分の心ではとてもおさえきれない。平気で自他を傷つけるそれをどうやったら御することができるのか。もし、自分の中からこぼれ落ちたそんな暗い感情が、本当に獣として具現化したとしたら……。

 第30回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》受賞作『心獣の守護人 ―秦國博宝局宮廷物語―』(羽洞はる彦/メディアワークス文庫/KADOKAWA)は、そんな人間の感情をテーマとした物語。中島敦の『山月記』にインスピレーションを受けて生まれたという東洋宮廷ファンタジーだ。どこかアジアを思わせるエキゾチックな雰囲気と、妖しい工芸品。おさえきれずに膨れ上がった感情が織りなすファンタジーは、私たちの心をこれでもかというほど揺さぶってくる。

 舞台は、2つの民族が混在する秦國の都。秦國唯一の瓦版を発行する伝報局で、余白の埋め合わせのような記事ばかりを担当していた文官・水瀬鷲(みなせ しゅう)は、ある時、取材先のそばで女の惨殺遺体が発見されたことを知る。気が進まぬまま現場を訪れると、そこで出会ったのは、人ならざる美貌と力を持つ異端の民・鳳晶(ほうしょう)の万千田苑閂(まちだ えんさん)。文化財の管理を担う博宝局の局長だった。表向きは宮廷一の閑職と思われている博宝局だが、唯一の所属官吏であり、局長の苑閂は、不可解な事件が起きた時、事件の捜査を極秘に担当しているらしい。何でもそんな事件には、持ち主の心の闇を具現化し怪異を起こす工芸品“鳳心具”が一枚噛んでいるといい、博宝局の真の使命は、秘密裏に“鳳心具”が引き起こす怪異を調査し、鎮め、回収することにあるという。どういうわけか、皇子の命で博宝局に異動することになった鷲は、苑閂の部下となり、その調査に臨むことに。曲者の苑閂とともに、恐ろしい怪異に対峙することになるのだ。

 鷲は心優しいが、特に取り柄はない。自分に自信が持てずにいる内気な鷲の姿に共感しながら読み進めていけば、この物語の個性的なすべてのキャラクターに惹かれていく。たとえば、苑閂は鷲とは立場も性格も正反対。優れた頭脳と並外れた身体能力があるし、他人のことなど歯牙にも掛けない冷徹な人間に見える。鷲はそんな人間と上手くやっていけるのか。次第に苑閂の過去が明らかになるにつれ、鷲は彼が決して冷たい人間ではないということに気づいてしまう。

 そう、この物語に登場するキャラクターは、どの人物もみんな実に人間らしい。悩みがなさそうに見える人間も、その胸の内には深い傷を隠している。それは、悪役である怪異を生み出す側も例外ではない。ただ愛する男に愛されたかった女や、金に苦しめられた少年、母親に認められたかった少女。彼らが自らの感情を拗らせ、怪異事件を巻き起こすさまは、決して他人事とは思えない。そこには社会的な要因も深く絡んでくる。いつか自分も、自らの感情を飼い慣らすことができなくなる日が来るのではないか。しがらみの多い現代社会に生きる私たちだからこそ、つい、そんな妄想を膨らませてしまう。主役たちだけではなく、悪役たちにも心を寄せながら、物語の続きが気になってしまうのだ。

 圧倒的な筆致と構成に魅了されているうちにあっという間に読了してしまった。私たちは皆、心の内に獣を飼っているに違いない。そう思わずにはいられなくなる。問題は、それとどう向き合うかだ。この物語は、人間の弱さも強さも教えてくれる。もっと自分と向き合わなくては。感情に振り回されそうになった時、何度でも読み返したい、この恐ろしくも美しい物語を是非ともあなたも手にとってほしい。

文=アサトーミナミ

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