「タピる」「乙」「kwsk」を使う人の心理とは? 言語学者が教える、若者言葉の“本当の意図”

言葉はアイデンティティの表れ?

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――最近では、発音の仕方も変化しているそうで、若い人は両唇をくっつけて語末の「ん」を発音ことがあるが、上の世代の人はあまり唇をくっつけずに「ん」と言うとのこと。
こういう発音の変化はよく起こることなんでしょうか?
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川原 「アクセント」を考えるとわかりやすいと思います。

たとえば「リスナー」という単語。私は「リスナー」と言う時に「リ」を高く、「スナー」を低く発音します。でも音楽家やラジオDJは、「リ」を低く、「スナー」を高く発音します。これを「平板化」といいます。

自分が専門的に使う単語は平板化して発音しやすい。でも、平板化した「リスナー」の発音を聞く頻度があがっていったら、それに影響されて私自身も「リスナー」を平板で発音することに慣れてきた。このように、同じ人でも、発音が変化することはありますね。

一人称の言い方は「自分という人間」の表明

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――発音や話し方もだんだん変化していくものなんですね。
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川原 話し方っていうのはアイデンティティの表明でもあるんです。

たとえば「僕は」を「ぼかぁ」と発音する場合、それは「自分はちょっと崩して発音する人間だ」という表明になるんです。少しくだけた話し方を選んでいる、という表明です。だから、目上相手に話すときには「ぼかぁ」と言ったら失礼にあたる。

逆に「ぼくは」としっかり発音する場合は、「くだけた言い方はしない人間だ」という表明になります。

だから、年を取るとともに自分についての捉え方が変わっていったために、「ぼかぁ」と言っていた人が「ぼくは」と言うようになってもおかしくはないと思います。

若者言葉に見る「言葉の変化」の背景とは?

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――方言にも、「もとは同じ言葉だったのが、それぞれの集団の中で言葉が変化していって方言になっていった」という説があるそうですね。
同じ集団の中で言葉や発音が変化する場合は、アイデンティティ以外の理由があるということでしょうか?
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川原 これにはいろんな説があります。

有力な説が2つあって、1つは「子どもたちは親の話し方を完全にコピーしているわけではない」という説。子どもたちと親の話し方が異なるために、それが原因で言葉が変化するという説です。

もう1つの説は、「若者の集団によって言葉が変化する」という説です。

若者って「自分たちは若者である」というアイデンティティを表現するために、独特の話し方をする。たとえばタピオカを飲むと言う「タピる」とかですね。それが言葉の革新に繋がることがあるんです。

「タピる」で共鳴する若者たち

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――「タピる」って言い方、ここ数年で若い世代によく使われるようになりましたね。
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川原 これは川添愛先生がご著書『ふだん使いの言語学』(新潮選書)の中でご指摘していることですが、「タピる」という言い方をするのは、「自分は『タピる』という表現を使う若者文化に所属しているんだ」という表明なんです。若者同士で共鳴し合うために「タピる」という表現が生まれて使われるようになったんだと思います。

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――グループの仲間だけでそういう特殊な言葉を使う、っていう楽しさもありそうです。
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川原 もちろんそういう楽しさもあります。同じ言葉を使うことで、同じコミュニティに属しているという共同体意識を得られるんでしょうね。

インターネットが普及してまもない頃に、「お疲れ様」を「乙」と言ったり、「くわしく」を「kwsk」というようなインターネット独自のスラングも生まれました。あれもまさに「インターネット上の仲間である」ということを表現するために生まれたものなのでしょう。

(解説:川原繁人、聞き手・文:大崎典子、構成:マイナビ子育て編集部)

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この記事の監修者
川原 繁人(言語学者)
1980年生まれ。慶應義塾大学言語文化研究所教授。カリフォルニア大学言語学科名誉卒業。2002年に国際基督教大学卒業後、2007年マサチューセッツ大学アマースト校にて博士号(言語学)を取得。ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て現職。専門は音声学・音韻論・一般言語学。著書に『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)、『言語学的ラップの世界』(東京書籍)など。娘2人の父でもある。『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか? 言語学者、小学生の質問に本気で答える』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)が好評発売中。

大崎典子

この記事の執筆者
大崎典子

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