宇宙のレシピを解読する!? 最先端ミッション「XRISMクリズム」を知っていますか?【X線天文学 後編】

佐々木亮「酒のつまみは、宇宙のはなし」

宇宙のレシピを解読する!? 最先端ミッション「XRISMクリズム」を知っていますか?【X線天文学 後編】

1日10分、毎日更新されるポッドキャスト「宇宙ばなし」が人気を呼び、注目を集める佐々木亮さん。

この連載では、独立行政法人理化学研究所、NASAの研究員として研究に携わった経験と、天文学分野で博士号を取得した知見を活かし、最新の宇宙トピックを「酒のつまみの話」になるくらい親しみやすく解説します。そして、宇宙と同じくらいお酒も愛する佐々木さんが、記事にあわせておすすめの一杯もピックアップ。

宇宙空間では私たちの肉眼では見えない様々な光や物質が存在しています。前編に続き今回も「X線で見る宇宙」について解説。
後編では「X線分光撮像衛星 XRISM」についてより詳しく紹介します。2023年9月に「SLIM(小型月着陸実証機)」と一緒に打ち上げられたものの、XRISMへの注目度はイマイチ!?
あまり知られてないその観測の意義を深堀り! 

第11回「X線天文学」のはなし 後編

宇宙の成り立ちを解明する最先端ミッション、それが「XRISMクリズム

天文学の中でも、宇宙開発の先進国が興味を持つX線天文学という分野があることが前回の記事で伝わったと思います。
宇宙の約80%を見ることができるこの分野で、日本が世界を牽引する立場を強固なものにできるか、今がまさに注目の時。後編では世界のどの国も成功させていない高い精度の観測を実現するJAXAのX線観測衛星ミッション「XRISM」を紹介します。

XRISM の宇宙空間での想像図 画像提供/JAXA

XRISM の宇宙空間での想像図 画像提供/JAXA

「XRISM」と言われて、ピンときましたか? 正直、まだよくわからないという人が多いと思います。
そこが大きな問題で、国からも多額な予算が出ていて、世界中の宇宙研究者からも大注目されているミッションなのに、知名度が低いのです。そう、地味なのです。

2023年9月に、打ち上げられたXRSIM。打ち上げロケットに一緒に搭載されていたのは、先日日本を世界5カ国目の月面着陸国にした月面着陸実証機「SLIMスリム」です。同じ打ち上げだったにも関わらず、この注目度の低さです。

X線天文学の分野で研究をしていた僕としては、この知名度の低さをどうにかしたいという熱い想いで、この記事を書いています。

XRISMの日本語の正式名称は「X線分光撮像衛星」です。
そのミッションのポイントは「分光」と「撮像」の2つ。撮像は一言で言えば、写真を撮ること。こちらは理解しやすいと思いますが、「分光」はなんともわかりにくいと思います。
しかし、XRISMがこれまでに無い超高精度で成果を出すことを期待されているのは、この分光なので、とても重要です。分光を最も身近な現象で説明すると、雨上がりの虹。あれこそが分光なのです。

どういうことか説明します。私たちの目で見える光は波長によって赤から紫までに分けられます。
普段はそれらが混ざって1つになって私たちの目に届いているので、今見ている光が「赤がこのぐらいで、青がちょっと強くて、、、」と理解することはありませんが、虹みたいに光が分かれるとその成分を把握できるようになりますね。
このように光を分解することを分光と言い、これによってわかることがあります。

この分光能力を最大限に高めた観測衛星がXRISMです。目指すのは「宇宙のレシピ」を知ること。
宇宙をより深く知るには分光能力が鍵になるのです。
ある天体から飛んでくる光には、「その星全体の特徴的な光」と「星に中に含まれている元素の光」の2種類があります。
「その星全体の特徴的な光」とは、例えば太陽なら1,000万度を超える太陽コロナからの光など、その天体を特徴づけるものです。
一方で、「星の中に含まれる元素の光」は、その太陽に水素がどのぐらい含まれているのか?というような材料を明らかにするようなものです。

レシピと聞くと料理を想像すると思いますが、分光とは、例えばハンバーグを、「肉料理」と特徴づける情報だけでなく、「合い挽き肉の豚と牛の割合が3:7」みたいなといったレベルまで深掘りできるイメージです。
さらに分光能力が向上していくと、豚が国産で、牛の飼育方法が放牧で、というディテールまで情報量が上がっていく、という説明がわかりやすいと思います。

宇宙のレシピを知るというのは、これまでの宇宙の歴史から、今の宇宙がどう作られているのかを知ることとも言えます。
およそ137億年前に、宇宙はビッグバンによって生まれました。その後数億年は水素、ヘリウム、リチウムのたった3種類しか存在しなかったと言われています。
つまり、私たちのかだらを作るのに欠かせない炭素や酸素、文明を支えるために必要な鉄などの金属は、宇宙初期にあったものではないということです。

これらの元素は宇宙誕生の数億年後に生まれた星の中で作られたと考えられています。
太陽のように自ら輝く恒星の中では、水素の核融合がおき、成長していくにつれて鉄まで作られます。そしてその星の中でできた元素が、星の爆発によって宇宙全体に撒き散らされていき、宇宙空間はよりバラエティーに富んだ元素によって満たされていくことになります。

ちなみに、中学校などで教わった元素の周期表は、大まかに宇宙の中で誕生した順番に並んでいます。宇宙の歴史を読み上げているのが、あの「水兵リーベ僕の舟……」だと思うと、いっきに宇宙感を感じられますよね。

これまでに類を見ない精度の分光観測ができるXRISMは、これらの元素からの特徴的なX線を見て、宇宙の元素がもたらす「味わい」のつくられ方(レシピ)を調べていくと宣言されています。
XRISMに搭載されているこの分光能力を段違いの性能にまで引き上げた装置をマイクロカロリメーターと言います。
これが、これからのX線天文学の歴史を塗り替えていくと期待されているもので、XRISMが打ち上がったのはマイクロカロリメーターの実用へのチャレンジが大きな目的です。

なぜXRISMのマイクロカロリーメーターに期待がかかるのか。
それは、XRISMの前にあった幻のX線観測ミッション「ひとみ」の存在が大きいです。
実はXRISMはひとみの後継プロジェクト。ひとみは2016年2月に打ち上げられた人工衛星で、そこに搭載されたマイクロカロリメーターがもたらすデータに世界中の期待がかかっていました。しかし、初期運用中に不具合が発生し、約1ヶ月でひとみの運用は終了してしまいます。
一方で、そのわずか1ヶ月ほどの間で取得されたマイクロカロリメーターによる観測結果が、世界中に衝撃を与えました。

2016年に打ち上げられたひとみ 画像提供/JAXA

2016年に打ち上げられたひとみ 画像提供/JAXA

観測したのは2.4億光年先にある「ペルセウス座銀河団」という銀河が集まった場所でした。
観測の結果、その銀河のレシピが地球が存在する銀河系と似た環境であることから、私たちが宇宙の中でも比較的「ありきたり」な環境に住んでいるのかもしれないということがわかりました。
他にも、これまで観測しきれなかった鉄の情報を得ることができたりなど、わずか1ヶ月ながら絶大なインパクトを残していたのです。ここで観測の性能が実証されたため、NASAとの共同開発体制を敷き、7年越しにマイクロカロリメーターを搭載し宇宙へと旅立ったのがXRISMなのです。

XRISMに搭載された観測装置が取得したペルセウス座銀河団のスペクトル ©X-ray spectrum: JAXA, X-ray: NASA/CXC/IoA/A.Fabian et al.; Radio: NRAO/VLA/G. Taylor; Optical: NASA/ESA/Hubble Heritage (STScI/AURA) & Univ. of Cambridge/IoA/A. Fabian

世界中の期待を背負っているXRISM。運用が本格的に始まった今、答え合わせをするかのようにペルセウス座銀河団の観測がなされ、期待通りの性能を持っていることを世界に知らしめました。
今行われている定常運用によって、これまで考えられてきた常識が覆される事実がどんどん出てくるかもしれません。
世界最高の装置での観測によってインパクトを残していき、日本がX線天文学で世界を引き続き牽引していくことに期待し、そして一緒に打ち上がった月面着陸実証機SLIMの知名度を超える存在になっていくことを願います。

この記事のお供はこのお酒!

 奈良県奈良市にある奈良醸造の「PRISM(プリズム)」。光にかざすと虹色に光を分けるプリズムはまさにXRISMそのもの。名前がマッチしすぎていたのでこちらをセレクトしました。フルーティーな香りが複数重なっており、飲んでいる間に様々な面を見せてくれるので非常に楽しめます。XRISMを感じられるビールでした。
ただ、こちらは残念ながら生産終了しまっているようなので、同じ奈良醸造の定番商品「FUNCTION」もおすすめです。

 次回連載第13回は5月10日(金)公開予定です。

参考資料

X線分光撮像衛星XRISM/JAXA

【プレスリリース】予想以上の窒素ガスが初期の宇宙に存在―炭素、酸素に対する大幅な超過―/東京大学 宇宙線研究所

X線天文衛星「ひとみ」/JAXA 宇宙科学研究所

宇宙科学最前線「ひとみ」の科学成果/JAXA 宇宙科学研究所 首都大学東京 理学研究科 特任教授 大橋 隆哉

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