日本初の月面着陸を目指す! 「SLIM」が宇宙開発の未来を変える!?
日本初の月面着陸を目指す! 「SLIM」が宇宙開発の未来を変える!?
この連載では、独立行政法人理化学研究所、NASAの研究員として研究に携わった経験と、天文学分野で博士号を取得した知見を活かし、最新の宇宙トピックを「酒のつまみの話」になるくらい親しみやすく解説します。そして、宇宙と同じくらいお酒も愛する佐々木さんが、記事にあわせておすすめの一杯もピックアップ。
「小型月面着陸実証機 SLIM」が今、月を目指していることを知っていますか? 月面着陸が成功すれば日本初となるだけでなく、今後の世界的な宇宙開発にも大きな影響をもたらすと言われています。今回はこのSLIMの役割について徹底解説!
さらに月について興味が沸いた人は、佐々木さんのポッドキャストの月特集も必聴です。
第5回「日本初の月面着陸」のはなし
今最も注目度の高いミッション、それがSLIM!
世界中の宇宙開発者の目線は今、月に向かっています。アポロ計画で月面に着陸してから50年以上が経ち、その意志を継ぐアルテミス計画と呼ばれるプロジェクトが月への機運を盛り上げていて、各国の宇宙機関が連携して動いている現状があるのです。
その中で日本が世界に対してユニークな存在を発揮し得る取り組みの一つが、JAXAが主導する「小型月着陸実証機 SLIM(スリム)」ミッション。なんとこれは、約16年もの時を経て、日本の月探査のバトンを受け継ぐプロジェクトでもあるのです。
この「小型月着陸実証機 SLIM(スリム)」は2023年9月にH2Aロケットによって打ち上げられ、日本初の月面着陸を成功させるために、現在月へ向かっている注目度の高いミッションです。
この成否は、今後の世界の月面探査の流れの中で日本のポジションを左右する重要性を持っています。そして、月面着陸へのチャレンジはなんとあと数日後、2024年1月20日を予定しています。
まさにこれから日本が宇宙への新たな一歩を踏み出そうとしている中で、今回はSLIMがどういう角度で宇宙開発にインパクトを残していく可能性があるのかを紹介していきます。
世界中が月を目指す理由の大きな理由は、「月資源」の取得です。その資源としてはこの連載の第1回で書いた水だったり、ヘリウム3、鉱物などがあります。これらを利用することで、月への移住や、そこを拠点とした新たな宇宙探査などを推し進めることが検討されています。
そのためには地球から月へ、今よりも格段に簡単に行くための技術が必要。具体的には地球からの輸送手段となるロケットや宇宙船、そして月に降り立つための着陸機などの開発が、ハードとソフトの両面で急務となっているのです。
今、その一歩として着陸技術の実証が世界中で活発に行われています。
月面に着陸するのは、想像以上に大変です。実際に2022~2023年で日本の月面着陸の取り組みは「OMOTENASHI(JAXA)」「HAKUTO-R(ispace)」の2つのミッションでおこなわれたものの、その両者共に失敗に終わりました。その難しさの1つは、月に大気がないことです。
宇宙船から地球へ、宇宙飛行士を乗せて帰還するカプセルは、パラシュートを使って着地します。ヘリコプターはプロペラの回転で落下速度を調整して降下しますし、飛行機は翼についている制御板で減速しながら着陸します。
これら全てに共通していることは、「空気抵抗」を利用している点です。しかし月面では利用できる空気がないため、その難易度は一気に上がります。
その状況の中でSLIMは「降りやすいところに降りる時代から、降りたいところへ降りる時代へ」をコンセプトに開発された、「小型月着陸実証機」です。SLIMには金属の緩衝材が搭載されていて、衝撃を吸収しながら、機体の体勢を変えて着陸する仕組みになっています。
実はこの金属の緩衝材は3Dプリンターで作られています。3Dプリンターが活用されているということ、そして衝撃吸収方法がミッションをユニークなものにしています。この技術によって、これまで着陸が難しかった場所にもアプローチするのです。
アポロ計画などこれまでの月面への着陸方法は、三脚のように足を広げて、着陸の衝撃を吸収する手法でした。しかしこれでは着陸に必要な部品も大型になり、着陸場所も足を広げて着陸できる平坦な場所に限られてしまいます。
アポロの着陸構造と比較してもSLIMは小型でどこでも任意の場所に着陸できるユニークさを持っていることがわかります。3Dプリンターは、現在ロケット開発などにも応用され、宇宙業界でも注目を集めている技術なので、その導入成果にも個人的には期待しています。
行きたい場所へは、“door to door”で行けたほうが地上でも月面でも便利なのは同じです。どこでも好きなところに着陸できることが実証されれば、これからの宇宙開発の幅が大きく広がるでしょう。
もしこのまま限られた場所にしか着陸できない場合、その場所を起点にした範囲でしか探索ができません。探査の幅が狭まり、本当の意味で月を知ることができなくなります。
天体観測では夜空が綺麗に見える場所にいくことが一番いいように、月でもその探査にとって最適な場所にいくことが重要です。着陸場所の選択肢が広がるSLIMに注目が集まるのも納得ですよね。
実際にSLIMは、月の特定の場所に着陸しないとできない科学ミッションも持っています。
SLIMは新たな着陸テクノロジーの検証だけでなく、「月はどうやって出来たのか?」という科学研究の視点での成果も狙っています。
月の起源は、地球に巨大な天体が衝突して剥ぎ取られた物質によって作られたという「ジャイアントインパクト説」が有力と言われています。この説を現地で検証するのがSLIMのもう一つの目的です。
もしジャイアントインパクトで月が作られたとすると、月の物質は地球のものと似ていることが考えられます。そのためSLIMはその性質がよりよく観察できる、月の地下のマントルを調査しようとしているのです。
マントル部分は、通常月の内部に隠れているため、表面を掘るか、何かしらの影響で地表に露出している部分を狙う必要があります。今回のターゲットは後者。露出部分としてSLIMが着陸を狙うのが、月の表面にあるクレーターの「斜面」です。
その斜面には、カンラン岩と呼ばれる月のマントルの物質が露出していることが確認されています。カンラン石は、地球から剥ぎ取られたばかりの時期に、月内部に沈んでしまった物質です。この岩石の科学的な性質を地球のものと比較することで、月の形成と進化の謎にアプローチできると考えられています。
実は、月のクレーターにカンラン岩が露出しているという発見は、連載第1回の月面の水探査の中でも紹介した日本の月観測衛星「かぐや」が見つけた成果。
2007年12月に本格始動した「かぐや」は、今は世界で受け入れられている月の水の存在を確認することは叶いませんでした。この結果だけを見るとかぐやのミッションが失敗したように思えるかもしれません。しかしそうではありません。
実は「かぐや」の主な目的は、月表面の元素や岩石の分布の把握でした。つまり、今回のSLIMの科学ミッションは、JAXAが約16年の時をかけて研究のバトンを繋いできた結果、検証できる新しい可能性でもあるのです。
科学研究はこのような成果の積み重ねの上に成り立っていることが実感できる、非常に素晴らしい流れだと私は思っています。そしてそこから、新しい未来を切り開いていくことができます。
大きな盛り上がりを見せる月面探査。2040年には宇宙飛行士を中心とした1,000人程度が滞在可能な拠点の整備まで見込まれています。
そのためには自由な月への往来手段が重要であり、まずは往路の確立が望まれているのです。
また、宇宙開発先進国と言われてきた日本は現在までに月面着陸を成功させることができておらず、アメリカ、中国、ロシア、インドに遅れをとっている状況。このミッションの結果によって、世界での日本のポジションが大きく変わることも考えられます。だからこそ1月20日の着陸計画は、なんとしても成功してほしいですね。
神奈川県茅ヶ崎市のブルワリーPassific Brewing(@passificbrewing)のエーデルピルス。飲みやすさを感じたのは、私たち日本人が馴染みが深いジャーマンピルスナーだからかもしれない。個人的に好きなブルワリーで、名前が単純なPacificではなくPassificになっていることにも注目を。これはPass = 峠とPacfic(太平洋)の造語とのこと。月を見上げた時に黒く見える場所を「海」と呼んだり、峠ともとれる斜面を攻めるSLIMの姿がこのネーミングにリンクしたのでピックアップしました。専門店のオンラインでも買える他、取り扱い店舗はこちらのリンクに。
次回連載第6回は1月26日(金)公開予定です。
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