2025年に太陽フレアはピークを迎える!? 「宇宙天気」を知っていますか?【前編】

佐々木亮「酒のつまみは、宇宙のはなし」

2025年に太陽フレアはピークを迎える!? 「宇宙天気」を知っていますか?【前編】

1日10分、毎日更新されるポッドキャスト「宇宙ばなし」が人気を呼び、注目を集める佐々木亮さん。

この連載では、独立行政法人理化学研究所、NASAの研究員として研究に携わった経験と、天文学分野で博士号を取得した知見を活かし、最新の宇宙トピックを「酒のつまみの話」になるくらい親しみやすく解説します。そして、宇宙と同じくらいお酒も愛する佐々木さんが、記事にあわせておすすめの一杯もピックアップ。

今回は地球の環境に大きな影響を及ぼし、世界的に注目が集まっている「宇宙天気」と太陽フレアについて。
場合によっては地上の災害と匹敵するくらいの損失をもたらすとされる宇宙天気。まず正しく知ることから始めましょう。

第7回「宇宙天気」のはなし

被害総額は数百億円!? 太陽フレアの脅威

私たちは太陽のおかげで生きています。ですが、その脅威にも常に晒されています。地球環境は太陽の活動によって今よりも過酷にもなり得るのです。これからの時代は、地上の災害だけでなく、宇宙からの災害の可能性にもいっそう注意をしていく必要があります。

太陽活動がもたらす宇宙環境の現象の変化を「宇宙天気」と呼びます。地上および地球付近の環境や、私たちの社会生活への影響が甚大であることから、今、世界中の国が宇宙天気に対して対策を進め始めているという背景を、まずは知っておきましょう。

とはいえ、今の日常生活の中では、あまり実感がわかない人も多いかもしれません。
宇宙天気はここ数年で注目度が上がっているものの、まだまだ理解が広がっていないように感じています。私はこの宇宙天気に関連性の高い研究をNASAや理化学研究所でしていたので、今回も専門家目線を交えつつどこよりもわかりやすく皆さんに宇宙天気について伝えていきたいと思います。

まずは宇宙天気において最も重要視される「太陽フレア」について。太陽フレアとは、星の表面で発生する爆発現象で、爆発によって電気を帯びた粒子や放射線を強く放ちます。これらが地球に衝突するようなことがあると、私たちの生活を脅かす被害を生み出します。この影響で実際に発生した過去の被害事例を紹介しましょう。
実際に起こった災害事例を知れば、もう宇宙天気に無関心ではいられなくなると思います。

右側の太陽の活動領域から太陽フレアが放出される様子。2016年の太陽フレアは中程度の電波障害を引き起こしたという。 写真提供/NASA

右側の太陽の活動領域から太陽フレアが放出される様子。2016年の太陽フレアは中程度の電波障害を引き起こしたという。 写真提供/NASA

まず最初に紹介する事例は、1989年のイベントです。太陽フレアによって、カナダのケベック州を中心に約600万人をも巻き込む大停電が引き起こされました。

太陽フレア発生から停電発生までを簡単に説明すると、太陽から放射された電気を帯びた粒子によって地球が持つ磁力に異常が発生し、この磁気の異常が地上の電線にも影響を与えた、という連鎖反応になります。
磁気の異常によって発生した大量の電流が電線に流れ、変圧器などにも悪影響を与えて、送電機能が機能しなくなりました。結果、多くの人を巻き込んだ、9時間にも及ぶ停電に発展しました。その時の被害総額は数10億円とも数100億円とも言われています。

ちなみに、この時に大量に発生した電流は、誘導電流と言って、中学校の理科の実験で磁石とコイルを使って流した電流の大規模なものです。意外に中学校の理科も宇宙現象の理解に役に立ちますね。

宇宙天気に注意をしなければいけないと考えさせられる事例は他にもあります。2000年に発生した巨大フレアの影響によって、日本のX線天文衛星「あすか」が制御不能となりその運用が終了した事故がありました。
この原因は、太陽フレアの発生によって放たれる放射線量の増加や、カナダの大停電同様の磁気異常が発生したことで、地球の大気が膨張したことだと言われています。これによって人工衛星が地球のまわりを回っている時の空気抵抗が強くなり、軌道制御できなくなってしまい、そのミッションの終了を余儀なくされてしまったのです。

1993年2月に打ち上げられ、2001年3月まで運用された「あすか」 画像提供/JAXA

1993年2月に打ち上げられ、2001年3月まで運用された「あすか」 画像提供/JAXA

あすかは、当時日本が世界をリードしていたX線天文学の研究技術の集大成でもあり、その損失は非常に大きかったと考えられます。今、日本のX線天文学を代表する研究者たちはこの衛星で成果を残した世代が多いです。それだけでなく、1990年代後半から2000年台にかけて、海外から研究者が日本にX線天文学を学びにくる流れが大きく、ここで学んだ人たちが今、各国のメインミッションの責任者をつとめていたりします。このことからもわかるように、世界に対しても強い影響力を持っていた衛星の一つが「あすか」でした。

計画は途中で頓挫してしまいましたが、あすかが約8年間の観測の中で残した成果はやはり素晴らしく、2023年の今もその意志を継ぐミッションがJAXA主導で進められています。それが、この連載でも紹介した月面着陸実証機SLIMと一緒に宇宙に打ち上がった、X線天文衛星XRISMです。X線天文学の歴史やXRISMについては、これからの連載の中で紹介していこうと思いますので、楽しみにしていてください。

実はこの大気の膨張による人工衛星の被害は、SpaceXのStarlinkも受けています。2022年、Starlink衛星約40機が打ち上げ直後に制御不能となってしまいました。この時の太陽フレアはカナダの大停電や天文衛星の時に比べると小さかったものの、こういった事故はやはり発生してしまいました。今後人工衛星の打ち上げ数は格段に上がっていき、宇宙から私たちの生活が支えられる時代がくることを考えると、いっそう宇宙天気に注意を向けておく必要があると思えますね。

時系列が前後しますが、他にも2017年に発生した大規模フレアでは、その放射物による影響からGPS衛星の精度劣化、90分に及ぶ南米での航空機との通信途絶、ハリケーン被害のあったカリブ海の救援作業中の無線通信の障害なども発生しています。こういった被害を受けて、宇宙天気への注目度は高まっていきました。
そして、現状把握や予測などを行う「宇宙天気予報」が国を上げて強化され始めました。具体的には24時間の宇宙天気の監視体制や、AIを導入した予測の強化などが進み始めます。

ちなみに2017年のこのフレア発生のタイミングで、私はちょうど北海道で開催されていた日本天文学会にて参加したですが、いつもなら“ぼちぼち”の注目度であるフレア研究への注目度が一気に上がった実感がありました。私もフレア関連の研究論文を発表するなどこの分野に携わっていたので、実被害に恐ろしさを感じつつも注目度の高まりには研究者として少し気持ちが高揚しました。

この時も、太陽の活動性から昨年の12月のように「北海道でオーロラが見えるのでは?」と会場では期待されていましたが、残念ながら発生しませんでした。オーロラも宇宙天気に含まれる現象の一つ。紀元前からの記録の歴史も連載第2回の記事でチェックしてみてくださいね。

これらの事例をまとめてみると、太陽からの影響はイラストのような状態になります。私たちは太陽があるおかげで、地球上で快適な気候のもと生活できているわけですが、その一方で太陽が持つ危険性についても理解し、できる対策はしていかなければいけないと考えさせられます。

宇宙天気の発生と、地球に与える障害(イラスト/加藤豊)

宇宙天気の発生と、地球に与える障害(イラスト/加藤豊)

今回は宇宙天気の記事を前後編でお届けします。後編では、これから2025年をピークに上がっていく太陽の活動性とその危険性についてより詳しく触れながら、私たち個人はどういう対策をしていけばいいのかを紹介します。研究者としての経験があったから知り得たユニークなエピソードも紹介するので是非チェックしてくださいね。

この記事のお供はこのお酒!

 愛知県長久手市のTotopia Breweryが手掛けるサワーIPA「シャインフォビア(Shinephobia)」。太陽をイメージさせるパッケージ、そして商品名は「Shinephobia (光源恐怖症)」。太陽の恐ろしい一面を伝える宇宙天気の記事にピッタリな商品名ですよね。南国フルーツのような酸味と爽やかさが特徴的で、そこに苦味も感じられます。ゆっくりと味わって飲みたいビールです。

 次回連載第8回は2月23日(金)公開予定です。

宇宙時代の社会基盤としての 宇宙環境予測に向けた 取り組みについて/名古屋大学宇宙地球環境研究所(ISEE) 草野完也 2019年3月1日

Quantifying the daily economic impact of extreme space weather due to failure in electricity transmission infrastructure/AGU 
2017/1/17

X線天文衛星「あすか」/JAXA

宇宙天気現象とその災害対策の現状/国立国会図書館  調査と情報―ISSUE BRIEF― No. 1215 2023年2月7日

観測データから宇宙天気を予測する -いかにして宇宙天気予報はつくられるのか-/NICT NEWS 2013年10月号

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