「こっちはいつでもいい」初のタイトルを奪取した那須川天心に名指しされたWBO王者の武居由樹はどう見た?…敗れたアシロは「IBF世界王者よりスピードは上」と証言

 プロボクシングのWBOアジアパシフィックバンタム級タイトルマッチが14日、有明アリーナで行われ、那須川天心(26、帝拳)がジェルウィン・アシロ(23、フィリピン)から9ラウンドにダウンを奪うなど大差の3-0勝利で転向5戦目にして初のタイトルを獲得した。世界への挑戦権を得た天心はリングサイドのWBO世界バンタム級王者の武居由樹(28、大橋)に「勝ちましたよ、武居君」と声をかけ、武居は「いつでもいい」と応じた。またアシロはスパー経験のあるIBF世界同級王者の西田凌佑(28、六島)と比較して「スピードは天心が上」と賞賛した。進化を止めない天心が来年世界へ向かう。

 10ラウンドに初の流血も体験

 “大人の天心”がそこにいた。
 最終ラウンド。ロープ際でアシロの頭が顔面にぶつかって左目の上をカットした。
「格闘技を50戦やっていて初めての経験」
 流れる血が目に入り視界に異常が発生した。
「(見えるのが)二重になって見にくくなった」
 焦らない。
「焦るとダメなんで、しっかりと足を使ってジャブをついてを意識した」
 逆に血を見て闘志に火もついた。
 左ストレートを続けさまに打ち込んでラッシュしたがここでゴング。天心は表情を変えることもなかった。もう判定結果は聞くまでもなかった。
「98-91」が2人「97-92」が1人。3-0判定勝利で、右腕をレフェリーにあげられると、左手で胸のあたりをポンポンと2回叩き、1万人を超えるファンで盛り上がる場内を「まあまあ」とたしなめた。
 リング上から「無事にアジアのベルトを巻くことできました」と報告。
 場内のビジョンに映る左目上の傷を気にしながら「オレの大事な顔に傷つけやがった。顔で売ってんのに」と笑いを誘った。医務室では、縫合措置はとらず「テープを貼って治る」と聞かされ「ホッとした」という。
 9戦(4KO)全勝でJBC非公認ながらWBOオリエンタルバンタム級王座を獲得して勢いに乗るアシロは、5人目にして過去最強と言っていい相手だった。
「やりたいことをやらしてくれなかった。研究していた。アマで200戦以上やっているだけあって上手かった。上(体)が柔らかかったし、距離が上手かった」
 天心のジャブを警戒して距離をとり、それが届かない場所でスウェーとステップバックを駆使して当てさせない。そして左のカウンターを封じ込めるために自分からは仕掛けず、逆に右のカウンターを虎視眈々と狙い続ける。何度かそれを打ち込まれたがスピードと角度を備えたハイレベルな右のパンチだった。
 勘のいい天心は、もちろんその戦略を察知して罠にはまることを避けてのカウンター狙い。こういう緊迫の“カウンター合戦”になると、両選手の手数が減り、激闘にはならないが、通好みのぺースの奪い合いの駆け引きが展開した。
 試合後、元2階級制覇王者の粟生トレーナーが「高いレベルでボクシングができることを見せた」と評したのはそこだ。
 天心は手を変え品を変えポイントを稼いでいく。打ち終わりにスピードにのった連打を繰り出し、キック出身の天心ならではの独特のステップで追い詰めて、左のストレートを随所に浴びせた。7回には突如、右構えにスイッチしてのフック。
「色々できた。近くに寄ってみたり、練習でやってきたことも、やっていないことも少しずつ出せた」
 ただ明確な突破口を開くことはできない。
「プレッシャーをかけて引き出そうと思っていたが、突っ込んでくるだけ。いまいち攻めに繰る感じがなかった。そういう相手に対して、今後、自分からどう仕掛けるかが課題になった」
 それでも9ラウンドに見せ場は作った。
 ポイントで負けていると追い詰められたアシロが前に出てアクションを起こすと、そこへのボディカウンター。ドタバタとバランスを崩させてダウンを奪った。
「レフェリーの裁定に文句は言うつもりはないが、スリップダウンだ」
 アシロはダウンを認めなかった。
 天心は正規ダウンを訴えた。
「終始プレッシャーかけて相手も効いていたところでしっかりとダウンを取れた。腹にパンチが当たって、吹っ飛んで倒れたから、ダウンじゃないですか?」

 

 

 天心は「KOしたかった」と悔しさを見せた。
しかし、リスクを犯すことなく攻めの姿勢を続けて自分のペースを守りきった。世界ランカーのジョナサン:ロドリゲスを「流れの中」で3回TKOに沈めて覚醒した7月の前戦に続き、天心の進化は止まらない、“大人の天心”とも言えるボクシングで転向5戦目にして地域タイトルを手にしたのである。初のバンタム級ウエイトで試合をやり、初めて10ラウンドをフルに戦いきった。「収穫は多かった。スタミナに問題はなかった。もう1試合できる」と放言するほどだった。
 キャリア初黒星を喫したアシロは、「ベストは尽くしたが、天心が素晴らしいパフォーマンスを見せたと思う。ボクシングが上手かった。それにスピードがあり、パンチも強かった」と、その強さを認めた。
 特に「左のストレートに効かされた」という。
 担当トレーナーは「上下を打ち分けるという入念なプランを実行してきた」と、天心のクレバーさに脱帽した。アシロは、会場にいたIBF世界同級王者の西田のスパー相手を今年4月に務めた。西田がエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)へ挑戦する前だ。アシロは西田と天心の比較を質問され「スパーと試合では使用グローブが違うので単純比較はできない」とした上で「スピードは天心が上。テクニックは同じくらい」と証言した。
 西田は、そのロドリゲス戦では異例のインファイトを仕掛けてベルトを奪取したが、そもそもはスピードと出入りが武器のサウスポー。そこを天心が上回るというのだから、もはや世界レベルにあると言っていいのだろうか。
 日本プロボクシング協会は、安易な世界戦の乱発を避けるため世界挑戦の資格として地域タイトルの取得を義務づけている。すでにWBC、WBAの同級3位にランクインされている天心は、これでいつでも世界に挑戦できることになる。
 リング上では「来年は那須川天心対世界をやりたい。もっと強くなってチャンピオンになる」と宣言し、そして、最前列に座っていた元K-1王者でWBO世界同級王者の武居に「勝ちましたよ、武居君」と呼びかけた。
「この前のお返し。来てもらったので報告だけさせてもらった」
 武居は、9月2日の比嘉大吾(志成)との防衛戦に勝利するとリング上から「天心君。10月の試合を頑張って下さい」と事実上の挑戦者指名を行っていた。
 だが、天心は試合前の時点では「(武居戦)の時期が近づいていると思う反面、まだ5戦、ちょっと待って下さいというのがある」と返答していた。
 世界挑戦権を奪い取った、この日は、若干ニュアンスが変わっていた。
「来年じゃないですか。でもすぐじゃない。あせるつもりはない。1、2戦か、段階を経て、そこから挑戦したい。いつでもいける準備はできている」
 一方の武居は天心に名前を出されて笑っていた。
「相手はやりにくい選手だったと思うが、改めて早いし上手いし強い選手だなと感じた。10ラウンドを戦い疲れている感じもなかった。ボクシングに順応している」
 そう称えた上で対戦の可能性についてこう語った。
「だんだん実現に近づいているというのを感じる。僕自身はいつでもいい」
 挑戦する側の天心が来年終盤に対戦することを想定しているのなら武居は、少なくとも2度は、防衛に成功してベルトを保持しておく必要がある。
「今の地位を意地していかねばならない。大変な世界ですが、頑張っていきたい」

 

 

 しかし天心は武居だけを見ていない。
「4人(の日本人世界王者)全員とやりたい。ベルトが欲しいからやるんじゃなく強いからやる。負けた拓真選手はベルトはないけれど強いんでやりたい。強いと思われている選手を倒したい」
 WBO王者の武居だけでなく、メインで力の差を見せつける6回TKO勝利したWBC世界バンタム級王者の中谷潤人(M.T)、IBF王者の西田に加え、前日に堤聖也(角海老宝石)に判定負けして、王座から陥落した井上拓真(大橋)の名前まで出して対戦を熱望した。天心の発言はすなわち統一王者を目指すということなのだ。
 ただ課題は残っている。
 粟生トレーナーは「パンチを効かすまでいって倒し切れない課題が見えた。倒しにいくと力みいらない間ができる。流れで倒しにいくボクシングに修正する。どの4人に挑戦しても勝てる那須川天心をしっかり作っていくだけ」と課題を明かした。
 天心自身は、タイトルの返上を口にしていたが、来年に予定されている次戦は、OPBF東洋太平洋同級王者の栗原慶太(一力)との地域タイトルの統一戦が最有力。 
 デビュー戦以来の日本人対決で天心の“本物度”が確かめられることになる。
 4日に日本テレビ系の報道番組「news zero」に出演して「テレビをつければ大谷翔平選手じゃないですか。飽きちゃわないですかね」と発言しSNSで炎上騒ぎを起こした。公式会見の後にその真意を問うと「あの発言は大谷選手に言ったわけじゃない。でも僕はいい炎上だと思っている。あれで(次のタイトル戦を)見てくれる人が多くなった。しっかりと勝って回収して次の日のテレビのニュースにして下さい」と説明していた。
 この日の試合後会見の最後に、大谷のドジャースがリーグチャンピオンシップの初戦でメッツに大勝したことを伝えた上で「天心のタイトル奪取が明日のテレビのニュースになると思うか?」と聞いてみた。
「勝ったんですか?それなら政治的にも試合的にも(テレビニュースで取り上げられるのは)無理でしょうね。テレビを見ている人はKOが好きですから判定では無理でしょう(笑)。ただ格闘技が好きな人には面白い試合はできたんじゃないでですか?」
 素直に“世界”の大谷への“敗戦”を認めたが、小さな自負を語ることも忘れていなかった。大谷を超えるニュースバリューを持つには、スーパーバンタム級の4団体統一王者である井上尚弥(大橋)級の実力を備えねばならない。だが、天心は自らの可能性を信じて疑わない。
 最後にミーハーな話題をひとつ。「フライデー」に激写された「付き合い2週間」の金髪ダンサーの“新恋人”は「会場に来ていました」そうである。
 (文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)

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