初のタイトル挑戦を前に俳優デビューする那須川天心にSNSで「そんな時間があるなら練習しろ!」の声…天心のアンサーは?そしてベルト奪取のカギ「見えないパンチ」とは?

 ボクシングのWBOアジアパシフィック・バンタム級王座決定戦(14日、有明アリーナ)に出場するWBA、WBC同級3位の那須川天心(26、帝拳)が2日、東京新宿の帝拳ジムで、WBO同級2位のクリスチャン・メディナ(24、メキシコ)との3ラウンドのスパーリングを公開した。転向5戦目にして初のタイトル挑戦となる対戦相手は9戦全勝(4KO)のジェルウィン・アシロ(23、フィリピン)で好戦的なカウンターパンチャー。天心は「見えないパンチ」と「天心マジック」で勝つイメージを固めた。“公開”で挑戦者指名されたWBO世界バンタム級王者の武居由樹(28、大橋)には「ちょっと待って。まだこっちは新人」とアンサーを返した。

 「パンチを当てるのが難しくなった」

 またひとつ天心がバージョンアップした。
 IBF世界バンタム級王者の西田凌佑(六島)と挑戦者決定戦を戦い、判定負けは喫したが、現在WBO同級2位にランクされているメディナを相手にした3ラウンドの“ガチスパー”。
 最近は、シャドーやミット打ちなどを軽く撮影用に見せるだけの公開練習が主流だが、天心は「ただのスパーじゃない。みんなが見ている。エンタメ精神を持って、これも試合だと思っている。キックに比べて練習を見せる機会が減っているので、3か月、4か月で、こんなにも変わるのかを見せるためにガチでやっている」との理由で、自重トレから、シャドー、ミット打ち、そして公開スパーと通常の練習メニューを本気モードで披露した。
 ジャブを軸に抜群の距離感でメディナをコントロールした。ステップでパンチを外し、サイドに動いてパンチをつなげ、ロープに背負わせるシーンも作った。第3ラウンドのラスト30秒では、怒涛のラッシュで圧倒。ノーモーションの左を連続で放ち、ボディも絡めたが、すべてが正しい姿勢からピンポイントでヒットしていた。
「余裕をもって取捨選択ができている。今まではワンツーや単発のフックだけだったが、アッパーやボディ、左から右につなげられるようになった。手数ではなくパンチの種類が増えた」
 ボクシング転向3戦目までは、相手をキャンバスに這わせてのKO勝利がなく、まだ適応がしきれていなかった。だが、7月20日の4戦目でWBA同級級4位のジョナサン・ロドリゲス(米国)から2度のダウンを奪う圧倒的な内容で3回TKO勝利して覚醒した。その覚醒は、幻ではなくさらにブラッシュアップした。
「前回の公開スパーでは、調子がいいと嘘をついていたが、今回は本当に調子がいい。前回の試合で必要なパーツを手に入れた。試合の中で、意識をすると何秒か遅れる。やっと無意識になれたなと実感した」
 無意識で動ける境地にたどりついた。
「今までは、相手が来たものに動くスタイル。今は自分で相手を導くというか、動かして支配して制することができるようになってきた。僕と対峙した相手は必然的に手が出なくなる。マジックじゃないですが、そういうものを持っている」
 そしてKOとパワーの関連性についての持論を展開させた。
「パワーはついていない。(重要なのは)打ち方、キレ、タイミング、体の使い方。体がうまく使えていないと、力んで見える。自分の体勢で打てると威力が増すように見える」
 元2階級制覇王者の粟生隆寛トレーナーに初めてミットを持ってもらったとき「なんだこいつふざけてんのか?」と思われるほどパンチがなかったという。
「ボクシングはパワーじゃないのを証明したのが粟生さんですよね?」
 そう振られた粟生トレーナーが「まあな」と苦笑いを浮かべると、浜田剛史代表が「粟生がパワーがなかったってことか?」と一言挟み、天心は「それは言い過ぎ…」とタジタジになった。
 伝えたかったのはパワーではなく「流れ」の大切さだ。
「相手との糸をずっと張っている。打った後、攻防した後の駆け引きや、間合いが変わった。無駄な動きをせず、どっしりと構えて動いているイメージ。このコンビネーションを打とうとも決めていない。流れの中で相手の状況を見て判断する」
 天心は「流れ」を大好きな音楽フェスに例えた。
「10ラウンド同じリズムだと相手にバレる、音楽フェスもそう。同じテンポの曲が続くと眠くなる。3曲やって、人が変わったり、クラシックに戻すとかしている」
 その自己評価に嘘はない。

 

 

 前回に続き2度目のスパー相手としてメキシコから来日したメディナが、その進化を一番感じ取っていた。
「スピードとパンチ力が前回来たときより凄く上がっている。パンチの精度と角度もレベルアップした。そして何よりよくなったのは距離感。もともとロングレンジは得意だったが、ショートレンジも良くなった。パンチを当てるのを難しくなったんだ。打とうと思うと、動いているので、こちらがパンチを出しにくい」
 天心の言う相手の手が出なくなる“マジック”の正体がこれだ。
 天心の心に響くラブコールがあった。
 9月3日に比嘉大吾(志成)との死闘を3-0判定で乗り越えた元K-1王者でWBO世界同級王者の武居が、試合後にリング上から、「天心君。10月の試合、頑張ってください」と突然呼びかけたのだ。天心は、観戦に訪れてはいなかったが、事実上の王者からの挑戦者指名だった。
「ファンの方から天心戦を見たいとの声が大きい。ボクシングに転向する前からずっとやりたかった相手なので軽く名前を出させてもらった」
 武居はそう天心の名前を出した理由を明かしていた。
 日本プロボクシング協会の内規では、無謀な世界戦の乱発を禁じるために地域タイトルの獲得が世界戦の条件とされている。
 天心は「タイトルは意識は何もしていない。世界をとるまでの切符というか、手段でしかない。おまけ(マクドナルドの)ハッピーセットのイメージ」と言うが、初のタイトルを手にした時点で武居へ挑戦するための障害はなくなる。
 それでも天心は慎重にアンサーを返した。
「チャンピオンから言ってくれる。たぶん前回僕がああいう勝ち方をしていなかったら言われなかったと思う。(武居戦)の時期が近づいていると思う反面。まだ5戦、新鋭賞をもらったばかりの新人なんで。トランキーロ(スペイン語で、焦るな)。待って下さい。気長にいきたい。まだまだ強くなるので。ちょっと待って下さいっていうのがある」
 本田明彦会長は、当初「世界挑戦まで10戦」という青写真を描いていた。だが、前戦の試合後に「少し早まるかもしれない。来年終盤か」と計画の前倒しを示唆していた。それでも来年終盤に武居へ挑戦するなら、まだ2試合は前哨戦を挟むことができる。天心が「ちょっと待って!」と言うのは「ただの世界王者になることだけがゴールではない」との考えがあるからだ。
 その意味でも今回は絶対に負けられない初の地域タイトル戦となる。

 

 

 ただ相手は一筋縄ではいかない23歳のフィリピン人。昨年12月に10回判定でWBOアジアパシフィックユースのバンタム級王座を獲得し、今年7月には日本非公認のWBOオリエンタルバンタム級王座を2回KOで奪うなど勢いに乗る。荒っぽく、一発一発を強打してくるカウンターパンチャー。KOを狙ってくる。武器はボディとアッパー。ガードは甘いがボディワークを使ったディフェンス能力も高い。
「向き合ってみてからだが、ディフェンスが強く、カウンターも打ってくる。見えないパンチをたくさん打つ。打たないパンチをたくさん打って、距離を制圧する。パンチって右手と左手だけだけど、僕の中では足のパンチもある。蹴りっていう意味じゃないですよ(笑)、他の人にないステップ、踏み込みがある」
 見えないパンチーー。
 足の動作も含めた多種多様なファイントで動きを封じることをそう表現した。距離を支配することになり、メディナが証言したように相手が「パンチを出しにくくする」という天心マジックにかかることになるのだ。そうなれば天心ペース。覚醒した天心のままならKO決着も十分にありうるだろう。

 10月8日の放送から始まる女優の奈緒主演のTBS系の連続ドラマ「あのクズを殴ってやりたいんだ」で俳優デビューすることも決まった。すでに何話かの収録も終えた。ボクシングを題材にしたドラマで、天心は、毎話、異なる役どころで出演するという。
「これからの人生が変わる役者デビュー。なにごとも経験ですよ」
 ただSNS上では「そんなことをしている時間があるなら練習しろ」との批判の声もある。天心は笑って反論した。
「書いている人には、自分のことを考えてみろと言いたい。“あなたは24時間仕事していますか?”ということ。24時間、ずっと練習はできないし10年前からずっと言われている。“天心あるある”なので、意味はない。言っている暇があれば、もっと楽しいことをみつけた方がいい」
 そのドラマ出演に関する天心の公式コメントに「主役より目立ってすみません」との一文があった。今回の2日間興行の主役は7大世界戦。
「試合が決まってから試合までが一個の試合。そこでどれだけワクワクさせるか大事なんです。そこは(7大世界戦に)負けていない、試合で見せるのは当たり前。いろんなところから知られるのは大事。それをものにするかどうかは自分次第なんです」
 当日のリングには、昭和の世界王者が好んで着用していたバスロープのようなレトロなガウン風のコスチュームを装飾したもので登場するという。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)

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