「まだNBAの水準にない」エゲツないミスを連発、逆転すら予感するピンチの原因に…それでも現地ファンが河村勇輝を批判しなかった“悲しすぎる理由”
11月16日、NBAのメンフィス・グリズリーズと2ウェイ契約 (*1)を交わす河村勇輝選手が、同チーム傘下のメンフィス・ハッスルの試合に出場した。ハッスルはNBAの下部組織にあたる「Gリーグ」に属するチームであり、河村は当面この育成目的のリーグでプレイ経験を積むものと見られる。
*1 特定のNBAチームと、その傘下となるGリーグチームの双方で出場機会を得られる契約形態。2018年には渡邊雄太(現・千葉ジェッツ)がグリズリーズと2ウェイ契約を結び、NBAでのキャリアをスタートさせている
昨年のワールドカップに続き、今年のオリンピックでも世界に大きなインパクトを与えた河村は、その勢いのままNBAの開幕メンバーの座を勝ち取っていた。この快進撃を目の当たりにしてきたファンにとって、NBAで苦戦する河村の姿はショッキングなものに映ったかもしれない。
これから河村がNBAの舞台に立ち戻り、活躍の場を手にする可能性は、はたしてどれだけあるのだろうか。ここまでの河村に対する現地の評価からは、相当に厳しい現実が見えてきた。
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河村が立ち向かう「三つの壁」
10月26日、開幕2戦目となるヒューストン・ロケッツ戦の最終盤、日本人4人目のNBAプレイヤーとしてコートに立った河村。これまでの活躍を追ってきたファンでさえ、これほど早いデビューは想像できていなかっただろう。
実際に、河村が7月に無保証のエグジビット10契約(*2) に合意してから、10月に2ウェイ契約を勝ち取るまでは、奇跡的なまでの「河村旋風」が巻き起こっていた。
*2 NBAチームのトレーニングキャンプへの参加を認める無保証契約であり、後にチーム側の意思により2ウェイ契約へと切り替えることができる。2020年には渡邊雄太がトロント・ラプターズとエグジビット10契約を結び、その後2ウェイ契約へと移行したのち、同シーズン中に本契約を勝ち取っている
オリンピックで優勝候補のフランスをあと一歩まで追い詰めたセンセーショナルな活躍に、NBAのプレシーズンで連発した華麗なアシストの数々……加えて、コート外で選手やファンからの信頼を勝ち取ったことも、少なからず2ウェイ契約の追い風になっていたと思われる。
チーム内でのダンスコンテストで見せたひょうきんな踊り、エースのジャ・モラントとの親交、ロッカールームで大好評となった持ち込みお菓子、ハロウィンの忍者コスプレなどなど、新天地に積極的に溶け込もうとする「最小プレイヤー」の姿勢はそのたびSNSで話題となり、またたくまに現地の人々の心を掴んでいった。
チームメイトのGG・ジャクソンは、アメリカのスポーツベッティングサイト“FanDuel”のNBA専門メディア「Run It Back」にインタビュー出演した際、グリズリーズのメンバーたちが河村に悪いスラングを教え込んでいることを愉快そうに話しつつ、積極的にチームの輪に入っていく河村の姿勢を賞賛した。
このように、コート内における「身長の壁」に立ち向かうだけでなく、「言語と文化の壁」をも果敢に乗り越えようとする河村の姿が、選手や地元ファンたちの心を掴むのは自然なことだったのだろう。結果、国内のファンですら驚くほどの「河村フィーバー」が現地に巻き起こることになる。
衝撃の“We want Yuki”コール、しかしその後は……
ファンの間でフィーバーが最高潮に達したのが、河村にとって2戦目の出場となったオーランド・マジック戦。すでに大差で勝負が決した第4クオーター終盤、河村の出場を期待する空気から、どこからともなく“We want Yuki”のチャントが巻き起こる。
2ウェイ契約のドラフト外プレイヤーがこれほど待望される現象はほとんど前代未聞であり、それまで河村に好意的な言及を続けてきた現地メディア「Grind City Media」のYouTubeチャンネルは、この光景をフェデックス・フォーラム(グリズリーズの本拠地)の歴史のなかで「トップ5に入る瞬間」とまで言っている。
そして試合終了まで残り2分4秒、24点リードの状況で、河村がその日一番の歓声とともにコートに入る。しかしその後の展開については、同メディアをして“pandemonium(修羅場、大混乱)”と言わしめるものだった。
プレイが再開されると、河村は頭上から立て続けに3ポイントを決められ、パスミスによるターンオーバーも記録。結果としてチームは2分間のうちに11点差を詰められてしまう。この展開について、同メディアは「最後にヒーローが死ぬ映画を見ているようだった」と振り返っている。
しかし、ショッキングな光景に「やっぱりNBAは早すぎた」と落胆する日本国内のファンとは対照的に、現地メディアや掲示板、ファンのSNSなどを見ても、河村を批判する声はほとんど見られなかった。
この批判のなさは、現状における河村への期待度を表しているのかもしれない。象徴的なのは、先の「Grind City Media」によるリアクションである。
彼らは河村出場後の展開について言及したあと、「試合後のユウキのポスト見た?」と切り出す。河村の試合後のInstagram投稿を読み上げ、チームの勝利報告と応援への感謝に続く「期待に応えられず申し訳ない」「チームに貢献できるよう毎日努力を続ける」という部分で大ウケしていたのである。
これは、「そんなことを気にするなんて!」という笑いであり、あまりに実直な河村の姿勢がかえって笑いを誘ったようである。その後彼らは「期待に応えられていないなんて! 君はあらゆる期待に応えている!」「それでも君はマブダチだ(You’re still our dawg, man)」といった言葉を続けている。
不振でも「批判されない」のはなぜか
こうした反応は、現地ファンの「実力面は時間をかけて見守ろう」というスタンスの表れとも受け取れる。実際のところ、「グリズリーズの戦力としての河村」について言及するメディアはほとんど見られず、キャラクターとしての側面にスポットが当てられていた感がある。
やや潮目が変わったのは、河村がNBAで初の3ポイントを沈めたワシントン・ウィザーズ戦からだ。この試合、河村は華麗なビハインドバックパスによるアシストも記録し、このプレイはNBAがその日の好プレイを選出する“Top 10 Plays of the Night”の10位にランクインしている。
ハイライトプレイが各所で拡散されるにつれて、河村に対する言及も増えていく。現地ファンからは「彼にもっとプレイタイムを」「彼のパスはマジでヤバい」といった賞賛に加えて、「パスは素晴らしいが、その他の能力は今のところNBAでプレイできる水準にない」といった批判も見られるようになった。
注目すべきは、それまでのシンプルな応援コメントよりも、批判をともなうコメントの方が、「河村がNBAに定着するには何が足りないか」という視点を含んでいることだ。河村の実力面を客観視しようとするファンが見られるようになった現状は、河村が「将来的な戦力」として期待されはじめている兆候であるようにも思える。
客観的に見た「戦力としての河村」
河村が「まだNBAの水準にない」という評価は、主にシュート面での苦戦に起因していると思われる。Bリーグや代表戦などで見せていた得点力は鳴りをひそめ、NBAの8試合で成功したシュート(フリースローを除く)は2本に留まる。
これから河村がNBAのレベルで従来の得点力を発揮するには、「適応するための時間」が必要なことは明らかだ。しかし、グリズリーズにおいては出場時間がわずか数分間に限られており、今後のキャリアにとって決して望ましい環境とは言えなかった。
この点で、多くの出場時間が見込め、また中心選手として攻撃する機会も増えるGリーグのハッスルであれば、サイズやスピードにアジャストするための経験も積めるはずだ。
「チームメイトに愛されること」がNBA定着のカギに?
以上のように、Gリーグでのプレイは、今後のNBA定着を考えれば「不可欠なプロセス」だと言える。むしろGリーグに移る前の段階でNBAのレベルを体感できたことは、河村にとって貴重な糧になるのではないか。
さらに、河村が短い間にファンやチームメイトからの信頼を勝ち得たことも、今後のキャリアにとって大きな意味があるだろう。それはコート外におけるマーケティング的な側面だけではなく、プレイ中のコミュニケーションといった面でもプラスの影響をもたらすと考えられる。
たとえば欧州リーグやNBAの非アメリカ人プレイヤーを専門に扱う「BasketNews」は、河村が今後NBAで多く出場するようになれば、ディフェンス面でつねに「チームメイトからのフォロー」を必要とするだろうと指摘している。
その際、チームメイトに「チームで守る」という意識が徹底されていなければ、ミスマッチに起因する失点が増えていく状況に陥りかねない。
バスケットボールのディフェンスでは、コミュニケーションの不和がシステムの崩壊を招くケースが少なくない。そう考えると、チームメイトたちが河村にスラングやジェスチャーを教え込み、それを楽しんでいる現状は、今後のプレイ面を考えてもポジティブな傾向なのではないか。
「超常現象」を巻き起こす資質
Gリーグ移行前の最後の出場となったポートランド・トレイルブレイザーズ戦、河村はアウェイの観客から熱狂的な声援を受け、彼がターンアラウンドシュートを沈めた瞬間にはその日一番の歓声が巻き起こった。
先の「Grind City Media」は、河村が敵地で異常なまでの注目を浴びていることに驚き、「ユウキをめぐる熱狂があらゆる場所で巻き起こっている」として、河村の存在を“phenomenon(不思議な現象)”さらには“force of nature(自然の力)”などと表現した。
現地メディアにとっても、河村がこれほどまでに人を惹きつけている状況は、ほとんど理解を超えたものなのだろう。もちろん、身長の壁に立ち向かう姿や、オリンピックにおける活躍と悲劇的な結末、積極的な適応の姿勢など、人気の背景を探せばいくらでも考えられる。
しかし言葉による説明を超えたところで、河村が「応援したくなる何か」を持っていることはもはや明らかだ。チーム状況の変化が激しいNBAにおいて、どこでも熱狂を巻き起こしてしまう河村の資質は、おそらく相当にポジティブな要素になるのではないか。
とにもかくにも、すべてはGリーグで得点力を証明するところからである。16日のGリーグデビュー戦では、先発ポイントガードとして際立ったゲームメイクを披露し、10個のアシストを通じてチームメイトの得点を演出していた。一方で自身の得点面では、シュート12本のうち成功は3本に留まり、依然として苦戦が続いている。またディフェンスの面でもファウルトラブルに陥り、高さだけでなく平面の駆け引きで得点を許すなど、まだまだ課題は多い印象だ。
とはいえGリーグでの戦いは始まったばかりである。これからチーム状況に慣れ、高さやスピードに適応していくことで、本来の持ち味も活かせるようになるはずだ。魅惑的なノールックパスと3ポイントに加え、変幻自在のオフェンスで得点を挙げつづける「小さな巨人」の姿をぜひとも期待したい。
(ベン兵頭)
11/16 16:10
文春オンライン