なぜ2年前にJ2転落危機にあったヴィッセル神戸は黄金期を迎えているのか…ガンバ大阪との天皇杯を制し3大タイトル独占の可能性

 サッカーの天皇杯決勝が23日に東京・国立競技場で行われ、ヴィッセル神戸が1-0でガンバ大阪を振り切り、5大会ぶり2度目の優勝を決めた。71大会ぶりの関西勢対決となった一戦は後半19分、相手ゴール前のこぼれ球をFW宮代大聖(24)が押し込んで先制した神戸が、チーム一丸となった守備で守り切った。昨シーズンのJ1初優勝に続くタイトルを獲得した神戸は、残り2試合となった今シーズンのリーグ戦でも首位をキープ。2年前はJ2降格危機に瀕したチームが、なぜ黄金時代を迎えようとしているのか。

 三木谷会長「地力がついた充実感がある」

 歓喜の余韻に沸くはずの国立競技場の取材エリアに重い言葉が響いた。
「正直、今日のサッカーには、プレーしていた選手の誰も満足していない」
 声の主は5大会ぶり2度目の天皇杯制覇を達成した、神戸の副キャプテンを務めるDF酒井高徳。もっとも、ブラジル、ロシア両W杯を戦った日本代表に名を連ねた33歳は、ガンバを1-0で振り切った決勝を否定したわけではなかった。
 戦いの場を2019年夏にドイツから神戸へ移し、42試合に出場した日本代表を含めて、濃密な経験を伝えてきた酒井は、むしろ肯定するようにこう続けた。
「ハームタイムにも『うまくいっていない』という言葉がみんなから出ていたけど、それが決してネガティブな方向には走らなかった。今日は最後に勝てばいいという戦い方ができた。何が言いたいのかといえば、綺麗なサッカーだけが勝てるサッカーではない、ということ。いい試合だったか、と聞かれればノーとなるけど、それでも勝ったのは僕たちなので。そこを割り切って、どんな状況でも勝てるサッカーを遂行するためには、最終的にはメンタリティーの差にかかってくると思っている」
 後半19分にあげた値千金の先制点も、泥臭い形でもぎ取った。
 森保ジャパンでもプレーした守護神、前川黛也(30)が放った敵陣へのロングキック。ボールの落下点に入ったのはFW大迫勇也(34)ではなく、5分前に途中投入されていたアカデミー出身のFW佐々木大樹(25)だった。
 大迫に代わってターゲット役を務めた理由を佐々木はこう語る。
「サコくん(大迫)と目を合わせて決めますけど、基本的に僕は途中から入る場合が多いので、ああいう場面でいうと僕が競るケースが多くなるのかな、と」
 大迫は怪我が癒えない状態で先発していた。ならば、ここはフレッシュな自分が潰れ役を担うしかない。昨シーズンからフィジカル的にも成長し、自信を深める佐々木はガンバのゲームキャプテン、DF中谷進之介(28)へ敢然と肉弾戦を挑み、ボールをクリアさせない。近くにポジションを取り、こぼれ球を拾った大迫が言う。
「ヨッチの姿は見えていた。あの場面では、全員がゴールへ向かっていた」
 素早く左へパスを展開した先へ、あうんの呼吸で走り込んだヨッチの愛称で呼ばれるMF武藤嘉紀(32)が迷わずにシュートを放つ。利き足ではない左足を思い切り振り抜いた意図を、2018年のW杯ロシア大会代表の武藤はこう明かす。
「コースはなかったけど、とにかく誰かがゴール前にいてくれ、と。その近くにこぼれたら、と思っていたら、本当にうまくこぼれてくれた」
 強烈な一撃は、必死に戻ってきたDF福岡将太(29)がブロックした。しかし、勢い余ってゴール内へ転がり込んだ福岡とは対照的に、ボールは無情にもゴール前で弾んでいる。右足で叩き込んだ宮代を阻止するガンバの選手は誰もいなかった。

 

 

 今シーズンに川崎フロンターレから完全移籍で加入し、リーグ戦ではすでに自己最多を更新する2桁の10ゴールをあげている宮代が言う。
「ヨッチくんから中央でパスをもらおうと思ってポジションを取っていたけど、大観衆の声援もあってなかなか声も届かなかったなかで、ヨッチくんがシュートを選択しました。結果論ですけど、最初の動きがゴールにつながってよかったです」
 先に現役を引退したスペインの至宝、MFアンドレス・イニエスタ(40)に象徴されるように、神戸は大物外国人選手を中心に、一時は「バルセロナ化」と呼ばれたパスをつなぐサッカーを志向した。
 しかし、2022シーズンは代行を含めて4人の監督が指揮を執る大混乱のなかで低迷し、降格危機に直面しながら何とか13位で残留した。
 迎えた昨シーズン。引き続き指揮を執った吉田孝行監督(47)は、スタイルの180転換を決断した。前線からの守備を繰り返し、そのうえで走れて、ハードワークを厭わない選手を中心に、ボールを奪えばまず大迫に預けるサッカーを開幕から貫いたなかで、居場所がなくなったと感じたイニエスタは昨年7月に契約を半年残して退団した。
 昨シーズンは大迫、武藤、酒井、そしてイニエスタからキャプテンを引き継いだMF山口蛍(34)の元日本代表カルテッドが最後まで好調を維持。11チーム目の優勝を果たしたなかで、若手や中堅が成長を遂げる好循環も生まれた。
 先述の佐々木は練習でいいプレーをするたびに、大迫からこんな檄を飛ばされた。
「続けろ。それを続けろ。一回だけで終わるな」
 迎えた今シーズン。補強も「大型」といった形容詞がつくものではなく、宮代や元日本代表MF井手口陽介(28)ら、チームをさらに進化させる適材適所に絞られた。井手口は山口が怪我で長期離脱した夏場以降でインサイドハーフに定着。大迫を真ん中に右の武藤と3トップを組む宮代は、新天地で得る刺激をこう語る。
「自分は感覚的にゴール前へ入っていくのが多かったですけど、いまではサコくんだったらこう動くだろう、といった日々の積み重ねの部分もあります」
 走れて、球際に強くて、それでいてテクニックも高い。現代サッカーに通じるスタイルのなかで、ベテランの域に達した選手たちが背中やプレーを介して経験を伝えている神戸は、どのような試合展開にも動じない強靱なメンタリティーを含めて、国内三大タイトルを常に狙えるチームへ、まさに現在進行形で変貌を遂げつつある。

 

 

 ビッグマネーの投入を惜しまず、大型補強の旗振り役を担ってきた神戸の三木谷浩史会長(59)は、5大会ぶり2度目の天皇杯制覇に「以前は興奮するだけでしたけど、地力もついた今回は充実感があります」と笑顔を浮かべながら、イニエスタが健在だったこととは対照的なチームを作り上げている吉田監督にこう言及した。
「頑張っていますね。高く評価しています」
 もちろん、今シーズンの戦いはまだ終わらない。
 秋春制で開催されているAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)は、折り返しを迎えたリーグステージEASTで3勝1分けの無敗で首位に立つ。次なる目標のアジア制覇へ向けて、年内にあと2試合が予定されている。
 そして残り2試合となったリーグ戦では、2位のサンフレッチェ広島に勝ち点3差をつけて首位をキープ。柏レイソルのホームに乗り込む30日の次節で勝利すれば、3位で追うFC町田ゼルビアが優勝する可能性が消滅し、翌12月1日に北海道コンサドーレ札幌と対戦する広島が引き分け以下ならば、1試合を残して優勝が決まる。
 今シーズンは5位以内を長くキープするなど、上位勢につかず離れずの状態から、夏場に入って怒涛の6連勝をマーク。追う側の強さを存分に見せつけ、現在3連敗を喫している広島に代わって、今月に入って首位に返り咲いた。
 その後も勝ち点差をじわじわと広げるリーグ戦の軌跡を酒井はこう語る。
「いい内容を伴いながら、勝利をおさめている試合もたくさんある。何よりもまず勝利を見すえた先へ、どのようなプロセスで進んでいけばいいのかを、チーム全員でさまざまな形で表現できるチームになってきていると思う」
 J1連覇を達成すれば、2020、21シーズンの川崎に続く歴代で延べ8チーム目。そのときには2017シーズン以降の6年間で優勝を分け合った、川崎とも横浜F・マリノスとも一線を画す質実剛健なサッカーが、黄金時代を手繰り寄せることを意味する。
(文責・藤江直人/スポーツライター)

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