J1町田のロングスロー問題に黒田監督が「沈黙」を決めた理由

 ロングスロー時のタオル使用の是非を巡る論争の渦中にいる、FC町田ゼルビア黒田剛監督(54)が3日、この件に関して沈黙を貫く方針を明かした。SNS上などで選手やスタッフ、家族らに誹謗中傷が殺到し、町田側が「法的措置を取る」と声明を発表した状況で、言及しない方がいいと判断したと見られる。天王山だったサンフレッチェ広島との前節で完敗し、3位に後退して迎える5日の川崎フロンターレ戦(町田GIONスタジアム)へ、指揮官は「自分がぶれるのが一番よくない」と初志貫徹を誓った。

 

 プレー以前の場外戦としてヒートアップし、韓国メディアからは「世の中にはこんな論争もあるのか」と奇異な視線も向けられた、ロングスロー時のタオル使用を巡る是非。渦中にいる町田の黒田監督が、沈黙を貫くと明言した。
 3日に町田市内で行われた練習後。ホームに川崎を迎える5日の次節へ向けた取材対応に先駆けて、今後はタオルの件に言及しないと指揮官が断りを入れた。
 以前から批判が寄せられていた、町田のロングスロー時のタオル使用は、首位攻防の天王山だった9月28日の広島戦を境に一気に加熱した。
 この一戦で、敵地・エディオンピースウイング広島のピッチ脇の複数箇所に置かれていた、タオル入りのビニール袋を広島の選手たちが撤去。なかにはビニール袋のチャックを開けて、ペットボトルの水を注ぎ込んで濡らす選手もいた。
 一連の行為を視認した黒田監督は、試合中に第4審判員を介して広島側へ激しく抗議。試合後の公式会見では自身の見解を、冷静な口調でこう語っていた。
「反スポーツ的行為に値すると思っています。対戦相手が用意したものを隠すとか袋のチャックを開けて水をぶち込むのは、やってはいけない行為と思います」
 広島戦から5日。なぜ方針が一変したのか。実は黒田監督は9月中旬の段階で、沈黙を貫く状況もありうると、次のように語っていた。
「変なところで盛りあがってほしくないというか、少なからず選手たちも動揺するし、チームの士気に影響を及ぼすのも嫌なので、そうなればもうしゃべりません」
 8月31日に行われた浦和レッズ戦で、浦和のフィジカルコーチが自軍のテクニカルエリア近くに置かれていたタオル入りのビニール袋を試合中に撤去。さらに袋からタオルを取り出し、自身の頭や顔を拭いた行為が波紋を広げていた時期だった。
 町田では武器とするロングスローを投じる際の滑り防止のため、あらかじめピッチ脇に設置していたタオルでボールの表面を拭いている。サッカーの競技規則で禁止されていない行為ではあるものの、遅延だけでなく、置いたタオルに選手や副審が足をとられる危険性もあるなど、フェアプレー精神に反するとして数多くの批判が寄せられていた。
 広島戦をへて批判が再燃すると、町田は一夜明けた9月29日に声明を発表。所属選手や監督やコーチを含めたスタッフ、その家族らに殺到している誹謗中傷が「看過できなくなった」として、法的措置を取って対抗していくと表明した。
 さらに同30日には、Jリーグ側へ2通の公式レターを提出。要望書では、町田でいえばタオルにあたる、相手チームが用意した備品に手をかける行為の制限を全クラブに対して要望。お伺い書では広島に対して、一連の行為の見解を質した。
 しかし、町田側が何らかのアクションを起こせば、そのたびにチーム自体に批判が殺到。SNS上でいわゆる炎上状態を招いている状況で、さらなる連鎖を防いでいく意味も込めて、黒田監督も沈黙を貫く方針に変えたと見ていい。

 

 

 この日の練習後に同じくメディアの取材に対応した、キャプテンで元日本代表のDF昌子源(31)は攻守両面で広島に圧倒され、0-2のスコア以上の完敗を喫するとともに、ヴィッセル神戸にも抜かれて3位に後退した町田の現状をこう語った。
「このタイミングで自信を失うチームは正直、ごまんとあると思う。それでもあきらめずに、めげずにやっていくのがこのチームの本当の強さだと思っている」
 今シーズンに鹿島アントラーズから加入し、開幕前のチーム内投票でキャプテンに選出された昌子は、町田が初めて臨んでいるJ1での戦いをこう振り返る。
「いまでもいろいろと言われているチームですし、僕以外にも何かしら叩かれている選手たちもいるだろうけど、そのなかで僕たちがダメになって沈んでいくのはそれこそ簡単なこと。変な話ですけど、今シーズンが始まったくらいから風当たりが強かった。それはチームのみんなが感じているし、こうした状況に絶対に負けずに、絶対にやってやろう、という思いに変えながら僕たちは優勝争いのなかにいるので」
 昌子はそのうえで、黒田監督の存在に関してこう言及している。
「このチームの特徴が、監督のミーティングじゃないですかね。チームの雰囲気を見ながら、次に向かっていこう、と思わせてくれる言葉がすごく上手なので」
 一敗地にまみれた広島戦から、リバウンドメンタリティーも問われる川崎戦へ。指揮官は最初の全体ミーティングで何を語ったのか。黒田監督は「自分があまりバタバタせず、ぶれない方がいいと思っている」とこう続けた。
「負けて悔しい、という気持ちをしっかりとピッチ上で表現できるようにもっていく。いまはそれしかできない。チームのコンセプトや準備してきたものを、最後まで出せなかった結果には不甲斐なさを感じているはずだし、それをしっかりと自覚させながら準備していく。失敗を二度と繰り返さないと思いながら人間は成長していく。その意味でひとつの敗戦や失敗を咎めすぎて、次へのチャレンジを足踏みさせるとか、臆病にさせるのが一番よくない。だからこそぶれずに、堂々と戦ってほしい」
 残り6試合となった今シーズンのJ1戦線は、直近の10戦で9勝1分けの広島が勝ち点62でトップに立ち、1ポイント差の61で5連勝中の神戸が、3ポイント差の59で町田が続いている。昌子はこんな言葉も残している。
「僕たちにとって、ひとつの負けが優勝争いを終わらせる可能性があるかもしれない。でもそれは考えずに、目の前の試合で勝つ喜びを求めていきたい」
 ピッチ上で目の前の相手と対峙する戦いだけにすべての思いを集中させながら、初志貫徹を誓う町田がシーズンの正念場に臨もうとしている。
(文責・藤江直人/スポーツライター)

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