浦和レッズアカデミー初の「ロールモデルコーチ」、松井大輔氏が思い描く指導ビジョン

 浦和レッズアカデミー初の「ロールモデルコーチ」に、元日本代表MF松井大輔氏がこのほど就任した。松井氏は卓越したドリブルを武器に、鹿児島実業高校卒業後の2000年に京都パープルサンガでプロデビューを果たした後、フランスなどで活躍。今年2月に現役を退いた。また、日本代表でも主力として活躍し、同い年である浦和レッズユースの阿部勇樹コーチとは2004年アテネ五輪と2010年南アフリカワールドカップでともに日の丸をつけて闘っている。

日本代表としてともに戦った浦和レッズユースの阿部コーチと再会[写真]=浦和レッズ

 浦和はなぜ松井氏を育成年代の指導者として招聘したのか。アカデミーダイレクターを務める内舘秀樹氏に尋ねると、真っ先に出てきたのは「刺激」という言葉だった。

「レッズアカデミーでは今季、『刺激』という言葉をテーマに掲げています。各カテゴリーのコーチを一新したのも刺激の一環ですし、その中で今季は阿部コーチがS級指導者ライセンス取得のために不在の日が多くなるということで、経験豊富でアカデミーの選手からも良く知られている松井さんにロールモデルコーチをお願いしました」

クラブOBでもある内館氏は2023年から浦和のアカデミーダイレクターを務める [写真]=浦和レッズ

 トップチームの方針との統一性も重要な意図のひとつだ。今季からトップチームで指揮を執っているペア マティアス ヘグモ監督は4-3-3システムを採用しており、「ウイングには高いポジションを取ることと、そこから裏を取ることを求めます。また、サイドチェンジのときは1対1のプレーで相手のバランスを崩すことを求めています」と語っている。これは、現役時代にウイングやサイドハーフを主戦場とした松井コーチの特性と合致している。

 松井氏は独特の感覚で相手をかわす、しなやかで切れ味の鋭いドリブルからチャンスを量産し、もちろん得点も奪っていた。フランス時代は手足の長いアフリカ系のDFと対峙することも多く、さまざまなタイプの相手を攻略してきた。

 内舘ダイレクターは「現役時代の松井コーチは見ていて面白い選手、自然と目がいく選手でした。すごくトリッキーなプレーをするのですが、そこにはしっかりとした技術が身についていると感じながら見ていました」と語る。

 今季の浦和は4-3-3システムを採用しており、ウインガーの選手の重要性は非常に高い。内舘ダイレクターはこのように語る。

「ヘグモ監督の4-3-3システムは前のワイドの選手が非常に重要だと思います。そのポジションの選手が起点になったり、自分で仕掛けて突破したりと攻撃において非常に重要であり、松井コーチが最も得意とするポジションでもあると思います。アカデミーにとってもトップにつなげていく重要なポジションのひとつ。そういった意味でも非常に期待していますし、特にアカデミーの選手の個を伸ばしてもらいたいと思います」

 松井コーチはすでにアカデミーでの指導を開始。週2日で12月までの間、主にレッズユースの選手にドリブルに特化した指導を行うほか、スケジュール次第では試合にも同行する予定だ。

松井コーチはユースの選手を中心に「ドリブル特化」の指導を行うという [写真]=浦和レッズ

 そんな中、早くも狙いとしている「刺激」が姿を見せ始めている。まずは選手。浦和アカデミーの選手たちは、松井コーチが指導に当たった初日から積極的に教えを請い、個別で指導を受ける様子が見られたという。また、浦和アカデミーのコーチ陣の中には昨年、松井コーチと一緒にA級ライセンスを取得した者もおり、「そういったつながりもあったし、松井コーチが来てくれることで選手だけではなくコーチ陣にも刺激が入ると思っています」と期待を込める。

 一方、松井コーチ自身も浦和アカデミーでの指導を非常に楽しみにしているようだ。

 昨今のサッカー界は、テクノロジーが発展したことでポジション別に細分化されたさまざまなデータが数値化され、可視化されている。そういった状況で松井コーチが見越しているのは、監督やチーム戦術のコーチだけでは指導が難しい細部にも、専門知識と強いこだわりをもって指導することができる、各ポジションに特化したコーチの出現。松井コーチはこのように語る。

 「これからの時代は個別の戦術に特化していくようになるのではないかと思っています。だから、ポジション別にドリブラーコーチ、サイドアタッカーコーチ、ストライカーコーチ、ミッドフィールダーコーチ、ディフェンスコーチ、サイドバックコーチが出てくるというのも良いのではないか。浦和がそういうところに目をつけて、僕のような指導者を迎えるというのはすごく面白い取り組みだと思います」

 具体的な指導として最初に教えたいというのが縦への突破だ。その理由は「今の時代、中盤では攻防が激しくなってくるので、時間を作れるのはサイドしかなくなってきている」(松井コーチ)から。

「もちろん、サイドアタッカーだけではなくすべてのポジションで重要なことですが、やはり、1個のドリブルで人をはがせてプラスワンの数的優位を作れるのは大きい。ドリブラーがサイドを使うことで守備ラインを下げることもできます。だから、縦のドリブルをまずは教えたい」

松井コーチはポジションごとに指導法が細分化されていく未来を予想する [写真]=浦和レッズ

 加えて、松井コーチは「ドリブルにはロジック(理論)があります」と言う。若い頃は「感覚派だった」という松井コーチがドリブルの「ロジック」を頭の中で整理できたのは、選手キャリアの終盤にフットサルをやっていた時期だ。

「今はサッカーIQが高くなければいけない時代ですから、ドリブルのロジックをまず選手全員が知っておくことが必要です。ロジックを感覚として残して、ゲームで発揮するんです。ドリブラーはロジックと感覚の二つを持っていなければいけません」

 そのうえで、選手個々の特徴に応じた指導を行う。

「ドリブラーにはいろいろなタイプがいますが、個々が何を使えるのかというのも教えていきたい。縦突破は絶対条件として、足が遅かったらグリーリッシュ(マンチェスター・シティFC)のようなフェイントをしたり、パスをしながら逆サイドにセンタリングしたり、中に入って45度からのシュートをしたり、ペナルティーエリアの角に入っていったり、そういう動きをうまく教えることができれば良いなと思います」

 10代の選手が、日本屈指のサイドアタッカーとして実績を残してきた松井コーチが何年もかけて培ってきたものを伝授される。この光景が今季の浦和アカデミーで繰り広げられるのだから楽しみだ。

 松井コーチは「今は最先端のものを取り入れて、常にアップデートを繰り返す時代。同じサッカーをやっているだけではもう通用しなくなっています。監督は全体を見ないといけませんが、僕は切り取りの指導。監督が教えることができないところを教えられるのは楽しみですね」と意欲を前面に出している。

 これまでに浦和アカデミーからプロになった選手は原口元気や鈴木彩艶など延べ約90人。浦和のトップチームには現在、宇賀神友弥関根貴大、松尾佑介、伊藤敦樹、堀内陽太、早川隼平と6人のアカデミー出身選手が所属しており、他のJクラブや海外クラブで活躍している選手も多い。しかし、松井コーチの目には浦和アカデミーの可能性はもっと大きなものに映っている。だから、あえて「浦和というクラブは生え抜きの選手が世界に出ていく姿をもっと見せないといけない。それが浦和の使命だと思います」とも語っている。

原口元気(左)や鈴木彩艶(右)は浦和アカデミーから世界へと羽ばたいた代表格 [写真]=浦和レッズ

 内舘ダイレクターは、「浦和アカデミーの“目標”は、トップチームへ選手を送り出すのはもちろんですが、トップチームから世界へ羽ばたき、活躍する選手を輩出することです」と言う。

 具体的な数字の目標もある。それは「2つ先のワールドカップ(2030年)に4人以上を輩出すること」だ。これは、2022年FIFAワールドカップカタールに川崎フロンターレのアカデミー出身選手が3人(板倉滉三笘薫田中碧)出場していたことを受け、その数字を超えようという意気込みである。

 さらに、もうひとつ。「浦和アカデミーのコーチ経験者も海外クラブなどから引っ張ってもらえるように成長してほしい」ということも目標だ。

「松井コーチはワールドカップやいろいろなリーグでプレーした経験を持っているので、そういった部分を選手たちだけでなく、コーチングスタッフにも伝えてほしいと話しています」と、内舘ダイレクターは言葉に力を込めた。松井コーチ加入によるさまざまな刺激と、それがもたらすアップデートに注目していきたい。

文=矢内由美子

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