大谷翔平の盗塁術を「青い稲妻」松本匡史が分析 「塁間12歩のピッチ走法で、スタートしてからスピードが落ちない」
現在、ワールドシリーズを目指し、自身初のポストシーズンに臨んでいるロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平だが、今季達成した54本塁打、59盗塁の「54−59」は強烈なインパクトを与えた。なかでも盗塁は成功率.937を誇るなど、大谷の新たな一面を垣間見たような気がした。そこで大谷の盗塁技術について、1983年にセ・リーグ記録となる76盗塁を達成した「青い稲妻」松本匡史氏に解説してもらった。
今シーズン、メジャー日本人選手最多となる59盗塁を記録した大谷翔平 photo by Getty Images
【盗塁は直感がなにより大事】
── 大谷選手が今シーズン54本塁打、59盗塁の「54−59」を達成しました。その記録について、どう思いますか。
松本 やはりすごい記録です。これまでは"二刀流"が主になっていて、それなりに走っていましたが、今季は打者専念ということですが、それでも走る意欲がすごいなと思います。
── 盗塁王の松本匡史さんと、本塁打王の王貞治さんをプラスしたようなイメージです。
松本 そうですね(笑)。今年は右ヒジ手術の影響で登板できないこともあって、本人のコメントにもありましたが、「少しでもチームのために役立ちたい」と。打者に専念するのだから、隙あらば盗塁して得点圏に行くぞという強い気持ちの表れが、この記録につながったのだと思います。
── 盗塁はスタート(Start)、スピード(Speed)、スライディング(Sliding)の「3S」が重要だと言われます。
松本 大谷選手のリードを見ていると、「走りたい」という気持ちが前面に出ています。野球に対してものすごく勉強熱心と聞きますが、投手のクセや動きを常に研究しているのでしょう。リードをとるなかで、タイミングが合えばスタートを切ると思うのですが、タイミングの合わせ方がうまい。盗塁というのは、スタートの勇気、とにかく仕掛けないと始まりません。少しでも躊躇したら絶対に成功しません。スタートを切るには、 "直感"がなにより大事なのです。
── スピード、スライディングに関してはいかがですか。
松本 これは聞いた話ですが、データ的に大谷選手がトップスピードに乗るまでの時間は、ふつうの選手よりも少し速い程度とのことです。飛び抜けて速いわけではないのですが、スタートがよく、中間疾走の形もいい、そしてスライディングも速い。要するに、大谷選手はスタートしてからスピードが落ちない。それが59個も盗塁できた最大の要因だと思います。
【スタートを切れることに意義がある】
── よくメジャーの投手は、クイックが甘いと言われます。それにベースが日本よりも3インチ大きく、塁間は15センチほど短い。またメジャーでは、2023年からけん制球はプレートを外す行為も含めて1打席につき2球まで(3球目を投げてセーフの場合はボークで進塁)とするルールが採用されています。
松本 たしかに日本のプロ野球を見ていても、クイックの甘い外国人投手は多いです。しかし、なかにはクイックがうまい外国人投手もいますし、日本人でも苦手な投手はいます。それはメジャーも同様で、みんなクイックが甘いとは一概には言えないと思います。当然、簡単に走られたくないでしょうし、そのための努力はやっているはずです。そのなかで大谷選手は、スタートする技術を身につけたり、相手のクセを読んだり、研究している。「メジャーだから......」と言う人はいますが、私はスタートを切れることに大きな意義があると思っています。大谷選手はホームラン打者のイメージが強いですが、あの足を見せられたら相手バッテリーは「走者・大谷」にも気を遣わないといけない。ほんと大変だと思います(笑)。
── 「青い稲妻」の松本さんから見ても、「走者・大谷」は関心を引いていたわけですね。
松本 一、二塁間の距離は27.431メートル。身長180センチの私は、リードしてから11歩半でスライディングに入っていました。だから193センチの大谷選手は、10歩半か11歩かなと思っていたのですが、逆に11歩半から12歩ぐらいでした。つまり、歩幅の広い"ストライド走法"というよりも、回転が速い"ピッチ走法"と言えるでしょう。
── 三塁盗塁のほうがモーションを盗みやすいと聞いたことがありますが......。
松本 得点圏にいるわけですから、無理して三塁に盗塁する必要はありません。三塁へ盗塁する時は、ピッチャーのクセがわかっていて、100%成功するという確証がないと、チームに迷惑をかけてしまいます。それでも大谷選手は9割を超す成功率を誇ったように、相当自信があって走っていたと思います。
【大谷翔平にしかできない偉業】
── シーズン当初はスタートを切ったあと、捕手のほうを見ませんでしたが、終盤はスタートのあと、走りながら捕手の方向を見るようになりました。
松本 現場のダグアウトにいるわけではないので推測ですが、この投球で走れという「ジスボール」のサインではなく、いつでも走っていいという「グリーンライト」だと思います。グリーンライトだと、打者がスイングする可能性があるので、打球を見る必要があります。打者がスイングしてフライになると、一塁に戻らなければいけないですから。
── 一瞬の判断力が求められますね。
松本 そうですね。私はミート時の打球音がした時だけ、捕手のほうを見るようにしていました。ライナーか、フライか、ゴロか、慣れるとわかるものですよ。
── あらためて、「54−59」についての印象をお聞かせください。
松本 今年は「野手・大谷」に専念するとなった時点で、盗塁を増やすことは考えていたのだと思います。メジャーで初めて「50−50」を達成した時、「これは大谷選手にしかできない偉業だな」と思って見ていました。
── これからの大谷選手に期待することは何ですか?
松本 今シーズンは打率3割、30本塁打、30盗塁の「トリプルスリー」も達成しましたし、あと一歩で三冠王達成のところまでいきました。来年は投手をやるとなると、必然的に盗塁数は減るでしょうし、「54−59」は今シーズンだからこそできた記録かもしれません。しかし不可能を可能にしてきた大谷選手ですし、これからもとんでもないことをやってくれることを期待しています。
松本匡史(まつもと・ただし)/1954年8月8日、兵庫県生まれ。報徳学園高から早稲田大へ進み、76年のドラフトで巨人から5位指名を受け入団。走攻守三拍子揃った選手として活躍し、81年より1番に定着。翌年から2年連続盗塁王のタイトルを獲得し、とくに83年はシーズン76盗塁をマークし、セ・リーグ記録を樹立。青い手袋がトレードマークで「青い稲妻」の異名をとった
10/08 10:00
Sportiva