【プロ野球審判はつらいよ】出場3001試合のベテランが明かす「名監督からの猛抗議」「正しい判定でも叩かれる理不尽」

鬼の形相で橘高球審に抗議する中日・星野仙一監督(時事通信フォト)

 セ・パ両リーグの12球団が年間140を超える試合数をこなす日本のプロ野球。一方、各試合を裁くNPB(日本プロ野球機構)審判員は総勢60人余りに過ぎない。シーズンを通してスタジアムで顔を合わせる選手・監督らと審判の関係とは如何なるものか。38年に及ぶプロ野球審判人生で3001試合に出場した橘高淳氏に、スポーツを長年取材する鵜飼克郎氏が聞いた。(全5回の第4回。文中敬称略)

【写真3枚】知られざるプロ野球審判の苦労を明かす橘高淳氏

 * * *
 どのスポーツにも当てはまるが、審判が「中立」であることは言うまでもない。ルールブックには「選手や監督、コーチ、クラブ職員と礼を欠いてはいけないが、特別親しくすることは慎まないといけない」と記されている。

「我々は監督やコーチ、選手とは一線を引いています。地方遠征で同じ飛行機に乗り合わせることはありますが、宿泊するホテルは必ず違います。飲食店で出くわせば世間話くらいはしますが、“一緒に一杯どうぞ”とは絶対にならないです」

 そう語るのは、プロ野球の選手引退後に審判として活躍し、2022年9月に38年間の審判生活に幕を下ろした橘高淳だ。審判としての出場3001試合は、橘高を含め過去19人しか到達していない。

 審判も人間である以上、プライベートで選手と親交を持てば、何かしらの情が湧きかねない。また、橘高のような野球経験者であれば、至近距離でプレーする「一流選手」にある種の敬意も感じるだろう。かつて日本球界には「王ボール」「長嶋ボール」という表現があり、“ONが見送った際どいコースはボールになる”といわれた。

「そうした“伝説”は知っていますが、実際には“この打者が見送ったらボール”なんてことは考えたこともなかったですよ(笑)。そんなことを考える余裕もなく、ホームベース上を通過する1球1球を判定するだけで精いっぱいでした」

長嶋、星野両監督からの抗議

 橘高はONの現役時代とは重なっていないが、2人が監督をしていたチームの試合は何度も担当した。

「長嶋監督は本当に紳士でしたね。『橘高~、今のはストライクだろうよ』と言われたことはありますが、嫌みがまったくなかったですね。ダイエーの王監督時代に日本シリーズで球審をやりましたが、やはりみなさんのイメージ通りです。

 星野仙一監督は“闘将”という通り名からエキサイトする印象を持たれがちですが、実は抗議する時は冷静な方でした。どうすると退場になってしまうかが分かっていたのでしょう。あの怖い顔で抗議しますが、度を越すことはなかったですね」

正しいジャッジなのに叩かれる

 そうはいっても、「やはり抗議されるような場面は精神的につらい」と本音を明かす。

「審判は正しくジャッジして当たり前ですから、褒められることはありません。逆に判定を間違えれば袋叩きにあいますが、それは審判の宿命なので仕方ありません。ただ、正しいジャッジをしているのに叩かれるのは理不尽に思いましたよ(苦笑)。

 関西ではとりわけ阪神に肩入れするメディアが多いですから、特に甲子園で阪神に不利な判定をすると翌日のスポーツ新聞には悪意ある写真がよく掲載されました。ビデオ判定までしているのに、〈疑惑の判定〉なんて見出しも付きます。〈微妙〉くらいなら気にしませんが、さすがに〈疑惑〉とか〈誤審〉とか書かれるのは釈然としませんし、それが一人歩きすると立場的にも問題が出かねない。自分の判定はもちろんですが、同僚のジャッジについて書かれても腹が立つことがありました」

(第5回に続く)

橘高淳氏の「高」の字は正しくは「はしごだか」。『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成

【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一長嶋茂雄王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。プロ野球、サッカー、柔道、大相撲など8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が5月31日に発売。

ジャンルで探す