【プロ野球審判はつらいよ】球史に残る「ガルベス退場劇」を裁いたプロ野球審判員「ミスターの目の前で息子を退場処分」にしたことも

ボールを投げつけてきたガルベス(右端)に詰め寄る橘高球審(左から4人目)。長嶋監督(同5人目)が必死に制止した(産経新聞社)

 プロ野球の試合では審判の判定に選手が不服を示したり、監督らが抗議する場面をよく目にする。それらがルールに違反し、時には審判が「退場」を宣告する場面もあるが、良くも悪くも試合を盛り上げることに一役買うことも確かだ。処分を下す審判と、下される選手や監督の関係とはどんなものなのか。38年に及ぶプロ野球審判人生で3001試合に出場した橘高淳氏に、スポーツを長年取材する鵜飼克郎氏が聞いた。(全5回の第3回。文中敬称略)

【写真2枚】“球史に残る退場劇”で球審を務めた橘高淳・元審判員

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 ルールブック(公認野球規則)には、「監督、コーチ、選手は審判の判断に異議を唱えてはならない」と記されている。例えば、投手が異議を唱えるために球審に向かってきた場合には「警告」を出すことができる。

 2022年4月24日、ロッテの佐々木朗希が球審の白井一行のボール判定に不服そうな表情を浮かべてマウンドから本塁に向かって数歩近づいた。この佐々木の行為に対し、白井球審もマスクを外してマウンドに詰め寄るシーンがあった。

 捕手の松川虎生と責任審判の嶋田哲也塁審が間に入ったことで事態は収まったが、相手が2週間前に完全試合を達成したばかりの「令和の怪物」だったこともあり、白井に対して「大人気ない」という批判が巻き起こった。

 近年では珍しい光景だが、昭和・平成のプロ野球では監督や選手が審判の判定にクレームをつけることは日常茶飯事だった。

 2022年に38年の審判生活に幕を下ろした橘高淳も選手から“球史に残る抗議”を食らった経験がある。1998年7月31日、甲子園球場での阪神-巨人戦でのことだ。橘高のストライク・ボール判定にたびたび不服そうな表情を見せていた巨人の先発・ガルベスは、6回に阪神・坪井智哉にホームランを打たれ、降板を告げられる。苛立ちを隠せないガルベスは長嶋茂雄監督になだめられながらベンチ前まで戻ったその時、長嶋監督の腕を振り払い、手にしていたボールを巨人ベンチに背を向けていた橘高に投げつけたのだ。

 プロのピッチャーが渾身の力で投げる硬球は凶器と変わらない。当然、即刻退場が命じられ、巨人はガルベスに無期限の出場停止処分と罰金4000万円を課した(セ・リーグからはシーズン残り試合の出場停止処分)。さらに後日、責任を示す形で長嶋監督が頭を丸坊主にするなど、騒ぎは尾を引いた。

「確かに前代未聞の出来事でしたが、自分を本気で狙っていたなら直撃していたでしょうから、ぶつけようとしたわけではないと思っています。この一件があったものの、ガルベス投手と相性が悪いと感じたことはありません。彼は翌シーズン以降も巨人でプレーしましたが、この時以外に文句を言われた記憶はないですからね」

それでも「審判は威厳を振りかざしてはいけない」

 橘高が当事者になった“長嶋監督絡みの退場劇”はもうひとつある。

 1994年5月10日のヤクルト-巨人戦、遊ゴロを処理した巨人・川相昌弘がセカンドランナーを刺すべく三塁へ送球し、ボールを受けた三塁手・長嶋一茂がタッチしたものの三塁塁審・橘高はセーフと判定。これを不服に思った一茂が橘高の胸を突いたことで退場に。ミスターの目の前で息子を退場処分にしたことで話題になった。

「審判に手を出したら有無を言わさず退場ですが、昔は暴言を吐いて退場になるケースも年に1~2回あり、その場合は審判が批判されてしまうような風潮がありました。長嶋監督の前で一茂選手を退場させた時は、“長嶋家に汚点を残した”と書きたてられました。世間は長嶋家の味方ですからね(苦笑)」

 実は橘高が審判になった頃は、選手が抗議する際に審判に接触しても、退場にならないことが多かった。選手よりも“一段下の存在”という意識が審判側にもあったからだと思われるが、橘高が中堅となった頃からは審判の威厳を守る手段として、厳格に退場を宣告する方針になったという。

「審判への暴言や暴行には退場処分を下せるとルールブックに書かれており、ルール通りに進めるようにしただけのことです。初めの頃は『以前はこの程度では退場にならなかった』と憤る監督や選手もいましたが、僕の後輩たちもルール通りに退場処分を下すようになったことで、審判への暴言や暴行が少なくなりました」

 それでも橘高は「審判が威厳を振りかざすようになってはいけない」と考えている。

「近年は選手から“敬意”を持って接してもらえていると感じますが、あくまでそれは相手が感じてくれることであって、こちらから誇示するようなものではありません。少なくとも僕自身は“審判の威厳”を自覚したことはなかったですね」

(第4回に続く)

橘高淳氏の「高」の字は正しくは「はしごだか」。『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成

【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一長嶋茂雄王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。プロ野球、サッカー、柔道、大相撲など8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が5月31日に発売。

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