史料提供に礼状送った鴎外・同僚に喉や腰の不調訴えた芥川…全集未収録の文豪のはがき、30通超発見

寄贈された文豪らのはがき(9月13日、東京都文京区で)=野口哲司撮影

 森鴎外や芥川龍之介、幸徳秋水の全集未収録のはがきなど30通以上が、東京都の文京区立森鴎外記念館で保管されていることがわかった。作品成立の経緯や歴史的な事件の背景が読み取れる貴重な資料だという。

 茶道・江戸千家家元の川上宗雪さん(78)が昨年度、約40年にわたり収集してきた、明治から昭和にかけての文学者ら89人のはがき111通を同館に寄贈。大妻女子大の須田喜代次名誉教授(日本近代文学)を中心とした研究者が、その中身を調査した結果、未収録資料の存在が確認された。

 江戸時代の儒学者の史伝「北条霞亭」を新聞連載する前年の1916年11月20日に、鴎外が知人の新聞記者へ宛てたはがきには、〈 霞亭かてい 書状一通更ニ御届 被下くだされ 正ニ入手  もっとも 重要ナル史料ニ 有之候これありそうろう  御礼 まで 〉と書かれていた。記者は霞亭の子孫と親戚関係で、子孫が保管する霞亭の書状を鴎外に提供する仲介役を務めていた。

 須田名誉教授は「丁寧な礼状を送る鴎外の姿勢には、一次資料に基づいて 緻密ちみつ に作品を書き上げようとする熱意が感じられる」と語る。

 スペイン風邪にかかった芥川が18年11月5日、英語の嘱託教官を務めていた海軍機関学校の同僚に喉や腰の不調を訴えたはがきもある。〈大分 いから御安心下さい〉と無事を知らせ、〈 病間びょうかん をかたじけなうす小春 かな 〉と一句を添えている。

 歴史的な事件に関連するはがきも含まれていた。10年の思想弾圧事件「大逆事件」で主犯とされた秋水は、逮捕まで1か月余りに迫った同年4月22日、新聞社に〈 基督きりすと 研究といつたやうなものを かい て居ます〉〈 その 筋の警戒は厳重でも宿屋は大そう親切にしてくれます〉と宛てていた。逮捕の舞台となった神奈川・湯河原の宿「天野屋旅館」滞在中に送ったとみられるが、はがきから警戒心はうかがえない。

 須田名誉教授は、芥川のはがきについて、「流行する感染症におびえながらも回復に向かっていることを知人に知らせる姿はコロナ禍にも重なる」とし、秋水のはがきについては「送った時点では、逮捕が迫り、窮地に陥っていると思っていなかったのではないか」と推察する。

 一連の資料には、このほか、室生犀星、坪内逍遥、与謝野晶子といった文学者や、博物学者・南方熊楠らの全集などに未収録のはがきも含まれていて、同記念館の特別展で10月12日から展示される予定。

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