ピクサーのキャラクターはどうやって生まれるのか? 日本人アーティスト村山佳子が語る
ディズニー&ピクサーの最新作『インサイド・ヘッド2』が8月1日(金)から全国の映画館で公開になる。本作は人間の“頭の中の感情たち”が活躍する作品で、村山佳子がキャラクター・アート・ディレクターを務めた。2022年にピクサーに入社した彼女は、本作でデザインチームを率いるヘッドを担ったが「私たちが関わったのは本当に最初の部分だけなんです」と語る。
スクリーンで躍動するピクサーのキャラクターたちはどうやって生まれるのか? 村山に話を聞いた。
本作は、思春期を迎えた女の子ライリーの頭の中で起こる感情たちの物語で、劇中にはヨロコビ、カナシミ、シンパイ、イイナーなど様々なキャラクターが登場する。
そこで村山はデザイン作業をはじめるにあたり、まず2015年製作の『インサイド・ヘッド』のキャラクターを分析し、当時のコンセプトやデザイナーたちの想いをくみとるところから着手したという。
「前作を監督したピート・ドクターは、キャラクターのシルエットや形をとても大事する方でしたから、登場する感情のキャラクターはすべて形が決まっていたんです。ヨロコビは花火のスパークのようなデザイン、ムカムカは三角形で、カナシミは涙の形。だから本作でもまずはしっかりと原点に戻って、そこから新しい感情をどのような形にするのか考え始めました。
厳密ではないのですが、本作から登場する“新しい感情たち”は前作のキャラクターとペアになるようにデザインしました。ムカムカは三角形なので、イイナーは富士山の形にして(笑)、カナシミは涙の形なので、ハズカシは似たようなデザインのタマゴ型に。シンパイのデザインは別のアーティストが担当されたのですが、彼女によると『ビビリが“縦の線”で構成されているので、シンパイは“横の線”でデザインした』そうです」
本作に登場するキャラクターは個性的でパッと見ただけで記憶に残るデザインだが、サイズも、頭身もバラバラ。しかし、なぜか同じ画面にいても違和感がない。
「言われると確かにそうですね(笑)。頭の中の世界は本当に自由度が高いので、だからこそ新しい感情をデザインする時には必ず『インサイド・ヘッド』に登場した感情のデザインのラインに合わせるようにしたんです。それぞれのキャラクターが世界観に合ってるかどうかは、ニュアンスなんですよね。何か明確な理由があって“これは世界観に合っている!”って言葉で説明できるものではないんですけど、それぞれのキャラクターを横に立たせてみると自然と“ああ、合ってるね”と思える。その感覚にすごく気をつけて描きました。
基本的にはどのキャラクターもすごくシンプルなんです。1作目のキャラクターをデザインされたアルバート・ロザーノさんが短期間だけ参加してくださったので、デザインを見てもらって”もし、1作目のデザインに寄せるなら、このラインを変えると流れがよくなるよ”ということも教えていただきました」
村山が最初に描くのは、紙の上の2Dのデザイン。その後、キャラクターたちは3Dモデルになり、縦横無尽に動き、さまざまな角度から描かれることになる。
「そうなんです。これはあくまでも“動かすためのデザイン”です。だから、デザインの段階でもキャラクターのポーズを何枚か描いて、3Dモデルの方が作業する前の段階で“ここはこのような動きをさせたいです”とお願いしたりしました。
私がキャラクター・アート・ディレクターに就任したときにロザーノさんから『デザインをする時点で、他の部署の人たちを招待しなさい』とアドバイスをいただいたんです。デザインする段階から、3Dモデルをつくる方、アニメーションの部門の方にもデザインを見せて、後続の作業に問題になるようなデザインがあれば、その時点で修正していきました。たとえば、イイナーの場合、あまりにも目を大きく描き過ぎたり、目の位置が顔の上の方にあると、アニメーション部門が動かしにくいことがわかりました。そういう部分は紙の上の2Dの段階から修正しましたね」
登場するキャラクターは「みんなのアイデアがつまっている」
さらに本作に登場する感情たちは、キラキラとした髪の毛が特徴的で、キャラクターの“輪郭”もクッキリとしていなくて、近づくと粒子のようなキラキラしたもので構成されていることがわかる。
「髪の毛は”グルーム(groom)”と呼ばれる部門が担当しているのですが、よく見るとリアルな髪のようで、毛の1本1本にディスク型のキラキラとしたものがついているんです。そこはグルームの方たちが本当に細かく細かく研究してやってくださった結果です。
輪郭は、私がデザインする時にはそこまで気にしていなかったのですが、3Dモデルにした時に輪郭にパーティクル(粒子)をつけるとキャラクターのパーツのボリュームが変わってくるんですよ(笑)。手首がものすごく小さく見えたり、逆に別の場所はすごく大きく見えたりする。そこは元のデザインとモデルを見ながら、印象として”しっくりくる”ようにデザインを変更していく作業をしました。“これ”という答えはないんですけど、やっていく過程で、これがオリジナルのデザインに一番近いかな、というものになる。これは他のアニメーションにはない工程ですよね(笑)。すごい時間がかかりました」
多くの人は“アニメーションのデザイン”と聞くと、紙の上に何かを描いていく作業をイメージするかもしれない。しかし、実際の作業は想像から始まり、紙の上で手を動かして試行錯誤が繰り返され、それがデジタルの立体モデルになり、髪の毛や輪郭に効果が足されることでバランスを何度も調整し……観客が“気づくか気づかないかわからないレベルのこだわり”が集まっているのだ。
「本当にそう思います。私の作業はまだ単純な方なんですよね。私の仕事はキャラクターの形を決めること。でも、私のデザインから実際のスクリーンに登場するまでいくのが本当に大変なんです。私もモデリングやシェーディング(キャラクターの陰影をつけていく作業)のミーティングに参加していなかったら、このこだわりに絶対に気づいていなかったと思います。
みなさん本当に時間をかけてキャラクターの輪郭の粒子のサイズや、髪の毛のキラキラだったり、ヨロコビのアイライナーのサイズ、笑った時に顔のパーツがどれぐらいあがるのか徹底的に研究するんです。感情たちの着ている洋服も、それ専門の部門があって、本当に細かく探りながらやっていましたね」
村山の生み出したデザインは、多数の部門のアーティストたちのこだわり、研究の成果が加わって、やっと画面に登場するヨロコビやイイナーになるのだ。彼女は「みんなのアイデアがつまっていて本当にうれしいんです」と笑みを見せる。
「私は無からキャラクターを生み出していくデザインという作業が楽しいんですね。でも、そこからキャラクターを手放して、モデルになり、アニメーション、シェーディングを経て、ボイスタレントの方が声を入れて……キャラクターが画面に登場する頃には、私の知らないキャラクターになっているんですよ。
この映画は完成版をなかなか観るタイミングがなくて、最後のスタッフのパーティの日にやっと観たんですけど、スクリーンに登場するキャラクターは私のまったく知らない子なんですけど、みんなのアイデアがつまっていて本当にうれしいんです。
同僚の方が言っていたのは『私たちアーティストは“起爆剤”みたいなもの』だと。最初に火をつけて、ジーーーーーーっと待って(笑)、最後にスクリーンでドーンと爆発する。だから私たちが関わったのは本当に最初の部分だけなんですけど、スタッフの方が本当にがんばってくださって映画が出来ている。そのことを多くの方に知ってもらえるとうれしいです」
映画『インサイド・ヘッド2』
8月1日(木) 公開
(C)2024 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
07/29 12:00
ぴあ