大久保佳代子さんも感動!『光る君へ』扇を使った雅な遊びや京舞の至芸。まひろの檜扇のルーツとは?『源氏物語』の世界にふれる

出演者全員のオープニングショット(写真提供◎NHK 以下同)
『THE TALE OF GENJI AND KYOTO 日本語と英語で知る、めぐる紫式部の京都ガイド』(プレジデント社)の著者が、『光る君へ』の舞台である平安京の文化や、知られざる京都の魅力について綴ります。今回は『源氏物語』の世界に迫る番組『芸能きわみ堂』の京都ロケのルポを。

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【写真】京舞のお稽古で悲鳴を上げる大久保さん

前回「『光る君へ』であかね(和泉式部)を妖艶に演じる泉里香さん。放送が始まってからのキャスティングに驚きつつ、役名にご縁を感じて」はこちら

道長がまひろに贈った檜扇

大河ドラマ『光る君へ』では、装束はもちろん、屏風や鏡、硯箱などの調度品も見どころのひとつ。画面には一瞬しか映りませんが、近くでじっくり見てみたいと思わせる完成度の高いものばかりです。

俳優さんたちが持つ小道具もしかりで、女房たちが顔や口元を隠すときに使う檜扇も、手が込んでいます。とりわけ、道長がまひろに贈った檜扇には、制作チームの格別な思い入れが感じられます。

『源氏物語』のおかげで一条天皇が中宮彰子の藤壺を訪れるようになった――そのことに感謝して、道長が特別につくらせたもの。つまり、建前は、仕事に対する褒美ですが、そこに描かれていたのは、初めて出会った頃のまひろと道長の姿。心の奥に大切にしまってあった思い出の場面が、美しい色遣いで再現されていたのです。

ふたりの絆を感じさせる粋なプレゼントに、まひろも感極まり、扇を抱きしめていましたね。

その姿に、視聴者ももらい泣き。「扇の絵に感動!」「逃げた小鳥まで描かれている。道長が絵師にあれこれ注文をつけたに違いない」「もし販売されるなら購入したい!」などと、ネット上のコメントも盛り上がり、話題になりました。

その後も、折にふれて、まひろがこの檜扇を愛おしそうに眺めるシーンが登場するなど、ドラマにおける大切なアイテムとなっています。

道長から贈られた檜扇を見つめるまひろ

繊細で気品ある、この檜扇の絵を手がけたのは、京都在住の有職(ゆうそく)彩色絵師の林美木子さん。「桐塑(とうそ)人形」の人間国宝である林駒夫さんの娘として育ち、彩色絵師の道に。平安文化を彩った「大和絵」の伝統画法を自ら研究。有職の美を継承し、現代によみがえらせる仕事で知られています。

そんな美術品のような檜扇を、ドラマの小道具として使うとは、なんたる贅沢!控えめながら、裏面にも絵が描かれているので、そちらにも注目したいところ。このドラマをきっかけに、平安時代の宮廷文化や有職故実に興味を持った人も少なくないのではないでしょうか。

扇の表面。まひろと道長の、出会いの場面が描かれている

扇は平安時代の発明品 初期はメモ帖だった?

扇の起源は、中国伝来のうちわのような道具ですが、平安時代に、これを折りたたんで携帯できる形状のものが考案されたとか。それが扇であり、初期のものは、木簡(薄い短冊状の木の札)の端に穴を開けて、こよりでまとめたシンプルな檜扇だったそうです。つまり、扇は平安時代の京都で発明されたと考えられているのです。

当初は、男性貴族が宮中の作法などを書き留めておくメモ代わりとしても、使われていたようですが、女性たちに広がると、美しい絵で飾られた装飾品に。やがて貴族の必需品となり、風を起こす、顔を隠すといった実用的な用途のみならず、花を載せたり、和歌を書いて贈るといったコミュニケーションの道具としても用いられるようになったのです。

恋の歌を扇に書いて相手に贈る、歌が書かれた扇に即興で返歌を書き添えるなど、扇を介した様々なやりとりが『源氏物語』にも描かれています。光源氏と契りを結ぶも、扇を取り交わしただけで、名乗ることなく別れた朧月夜を、その扇をたよりに源氏が探し当てるエピソードは、とりわけ有名です。

ただ、現代の日常生活で檜扇を目にする機会はほとんどありません。

京都では、先日(10月22日)行われた「時代祭」で、清少納言が持つ檜扇が、約30年ぶりに新調されたことが話題となりました。とはいえ全国的には、(熱心な『光る君へ』ファンは別として)檜扇と聞いてもピンとこない人が多いのではないでしょうか。

私たちに馴染みのある、両面に紙を貼った扇子が普及するのは、鎌倉・室町時代あたり。能楽や茶道、舞踊などにも用いられるようになり、庶民にも広がったようです。

その扇子を使った遊びに「投扇興(とうせんきょう)」があります。今日では、花街でのお座敷遊びとして知られていますが、もともとは江戸時代に庶民のあいだで大流行した遊びなのだとか。台の上に乗った「蝶」と呼ばれる的めがけて扇子を投げ、蝶や扇子の落ちた形によって得点を競う、対戦型のゲームです。

日本の古典芸能をわかりやすく紹介するNHKの番組『芸能きわみ堂』(Eテレ・毎週金曜日午後9時~9時30分)が、この「投扇興」を取り上げると聞き、京都・嵐山で行われたロケにおじゃましました。

『芸能きわみ堂』と大河ドラマのコラボ企画

番組収録が行われたのは、嵐山にある宝厳院。室町時代に創建された天龍寺の塔頭寺院で、嵐山を借景とした回遊式の庭園は、紅葉の名所としても知られています。

収録時は紅葉の季節には早かったものの、苔むす庭と木々の緑がとても美しく、出演者(司会)の高橋英樹さんや大久保佳代子さんも、その風情に魅せられた様子。そんな庭園に面した、趣きある数寄屋造りの書院で、「投扇興」を体験するという趣向です。

時代劇スターであり、古典芸能や文化に詳しい高橋さんと、「古典とは無縁に生きてきた」という大久保さん。そのコンビで、歌舞伎や能楽、邦楽、舞踊といった古典のおもしろさ、伝統文化のすばらしさを、誰もが楽しめるように紹介し、「深くて豊潤な伝統のきわみへと誘う」。それが『芸能きわみ堂』という番組です。

今回は、大河ドラマ『光る君へ』とのコラボ企画(「京都にいきづく源氏物語の世界・後編、11月1日放送)ということで、ドラマで和泉式部役を演じる泉里香さんをゲストに迎え、泉さんと大久保さんの“投扇興対決”が行われました。

対決に先立ち、庭木櫻子アナウンサーが京都の老舗扇子店「宮脇賣扇庵」と「大西常商店」を訪れ、扇の種類や歴史、「投扇興」の遊び方などを教わるレポートも。採点方法が『源氏物語』にちなんだものであると知り、出演者のみなさんも興味津々です。

「投扇興」は江戸時代に流行った遊びですが、使う道具は平安時代に生まれた扇であり、採点のルールも『源氏物語』と関わりがある――その意味で、「源氏物語の世界」とつながっているのです。

庭木アナが京都の扇店を取材。1200年の伝統にふれる

狙うは最高得点の「夢浮橋」!

実は、「投扇興」には多くの流派があり、遊び方や採点のルールも流派によって異なるとか。番組で紹介された『源氏物語』のほかに、百人一首形式など、得点のつけ方も何種類かあるようです。

今回の採点方式では、蝶や扇子の落ちた形それぞれに『源氏物語』ゆかりの名前がつけられています。「夕霧」5点、「若紫」15点というように点数が決められていて、なかには減点されるものも。最高得点は「夢浮橋」の100点です。

「夢浮橋」は奇跡に近い形。100点満点を出すのは至難の業だと思われますが、やはり狙うは「夢浮橋」!ふたりの真剣勝負がスタートしました。

狙ったところに扇子を飛ばすのは、なかなか難しいらしく、泉さんも大久保さんも大いに苦戦!雅な対決の行方が気になる方は、ぜひ番組をご覧ください。

泉さんVS大久保さん、投扇興対決の様子

番組の内容を、もう少し紹介しましょう。「きわみ堂」名物(?)「大久保さん、お稽古です!」のコーナーでは、大久保さんが京舞・井上流の舞に挑戦。井上流五世家元、井上八千代さんの娘さんである、井上安寿子(やすこ)さんの指導を受けながら、『源氏物語』を題材とした京舞「葵上」のお稽古を体験します。

以前、この連載で紹介した能「葵上」と同様、京舞の「葵上」も、主人公は光源氏の恋人である六条御息所。正妻・葵の上に対する嫉妬や恨みから、生霊となって襲いかかる場面を舞で表現するのです。大和和紀さんの名作漫画『あさきゆめみし』に描かれた、この生霊のシーンが大好きだという大久保さん。キリっとした着物姿で、お稽古にのぞむのですが……。

「おいどを下ろす」に大久保さんの悲鳴が

「感情を内に秘め、上品に舞う」「目線のつくり方で、物語を見せる」など、ポイントを絞ったお稽古のなかで、大久保さんがもっとも苦心したのが、「おいど(腰)を下ろす」という基本姿勢です。

前かがみにならないよう、上半身はまっすぐ伸ばしたまま、ひざを曲げて、おいどを下ろす。筋力を必要とする難しい姿勢ですが、これが美しい身体表現につながるとか。

その姿勢を保ったまま、すり足で一歩前へ出ようとしたところ、「痛い、痛い、痛い!」と悲痛な声が。お稽古終盤には、「できません、先生……」と、涙目で訴えた大久保さん。「これまでの“お稽古”のなかで、いちばんキツかった」と嘆いたほど。その奮闘ぶりは、必見です。

また、超一流の芸がじっくり鑑賞できることも、この番組の見どころのひとつでしょう。今回登場したのは、井上流五世家元、井上八千代さんの京舞です。

舞うのは、『源氏物語』を題材にした地唄「蓬生(よもぎう)」。ヨモギが生い茂るほど荒れ果てた家で、一途に自分を待ち続ける末摘花のけなげさに、光源氏が心打たれるという物語です。

京舞では、末摘花と光源氏を一人で舞い分けるとか。男女の違いを舞でどう表すのか、その至芸を堪能できる贅沢な時間となるはず。舞には欠かせない、扇の使い方にも注目です。

「古典芸能の扉を開く」と謳う、この番組。京舞のお稽古を体験したことで関心が高まったのか、家元の舞を大久保さんが食い入るように見つめていたのが印象的でした。まさに「扉が開いた」のかもしれませんね。

「蓬生」を舞う井上流五世家元・井上八千代さん

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