不況が続く映像業界でNetflixが業績回復を果たした理由とは?

不況が続く映像業界でNetflixが業績回復を果たした理由とは? - 画像


映像ストリーミングサービスが乱立して共食い状態となっている中、大手のNetflixは一度は有料会員数を減らしながらも、見事に業績回復を遂げました。どのようにNetflixが成功したのか、経済メディアのFinancial Timesがその軌跡をまとめています。
How Netflix won the streaming wars
https://www.ft.com/content/465a2d0d-8973-4d8d-827d-8729737e6606
Netflixは2022年になって「11年ぶりの会員数減少」を記録しました。これはDisney+をはじめとした競合映像ストリーミングサービスの乱立が原因です。
2022年4月19日、Netflixの共同創設者であるリード・ヘイスティングス氏は投資家向けのビデオ会議の中で、会員数の減少から立ち直るための施策として「パスワード共有の取り締まり」を開始するとアナウンスしました。さらに、ヘイスティングス氏が長らく拒絶してきた広告サービスの導入という案についても、真剣に検討し始めていることが明かされています。
会員数減少に苦しみ株価急落中のNetflixは「広告有りの低価格プラン」を2022年中に導入することを目指している - GIGAZINE


その後、2023年5月にパスワード共有の取り締まりを開始しました。
Netflixの会員数が過去10年で初めて減少し対策として広告有りプランを検討、ユーザーのうちなんと1億人がパスワード共有しているのが原因か - GIGAZINE


Netflixの「パスワード共有の取り締まり」は、会員数減少以前から検討されていたもので、当時CEOだったヘイスティングス氏は、COOだったグレッグ・ピーターズ氏に取り組みを一任しました。
ピーターズ氏の母親はIBMのコンピュータープログラマーとして働いていた人物であるため、ピーターズ氏は読み書きを学ぶのと同時にコーディングを学び始めたそうです。ピーターズ氏は2008年にNetflixに入社する前、TivoやRed Hat Networkといった企業で働いてきた実績を持っています。
ピーターズ氏は2023年初頭にチリやコスタリカ、ペルーでパスワード共有の取り締まりに関するテストをスタート。当初、パスワード共有の取り締まりには懐疑的な見方も多く、一部のアナリストは「Netflixはパスワード共有の取り締まりを行うことで、多くのユーザーを失うことになる」と予想していたそうです。
しかし、Netflixのパスワード共有取り締まりは見事成功し、同社の業績は見事に回復。Netflixの2024年3月末時点での総会員数は約2億7000万人に到達し、売上高も前年同期比を大幅に上回る数字を記録しています。
Netflixが2024年第1四半期決算を発表、総会員数は前年比16%増の2億6960万人に達して売上高と純利益も大幅に増加 - GIGAZINE


バンク・オブ・アメリカのベテラン業界アナリストであるジェシカ・ライフ・エーリック氏は、Netflixの業績回復について「信じられないような実行力です」と語りました。2023年1月、Netflixの創設者であるヘイスティングス氏は同社のCEOを退任し、テッド・サランドス氏とグレッグ・ピーターズ氏が共同でCEOを務めることとなりました。このCEO交代劇について、エーリック氏は「これまでで最もスムーズな経営陣の交代に違いありません。一点の曇りもありませんでした」と語っています。
Netflixが業績を回復したのに対して、競合サービスは業績不振に陥ったままです。映画業界はいまだに新型コロナウイルスのパンデミック以前のようなチケットの売れ行きを記録することができておらず、ケーブルテレビ業界も衰退の一途をたどっています。なお、ストリーミングサービスの中では唯一、Disney+が2024年夏になって黒字化に成功しました。
このような状況を受け、3大ネットワークの1つであるCBSやパラマウント・ピクチャーズなどを傘下に持つ パラマウント・グローバルのシャリ・レッドストーン会長は、会社を親会社のナショナル・アミューズメントともどもスカイダンス・メディアに売却。同じタイミングで、バンク・オブ・アメリカのアナリストであるエーリック氏は、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーの経営陣に対して戦略的選択肢を模索するように働きかけるという事態も起きていました。
映像業界に訪れた不況は人員削減や制作予算の削減といった形でハリウッドのクリエイティブコミュニティに押し寄せます。なお、ハリウッドでは2023年に俳優や脚本家によるストライキが実施されましたが、多くの業界人が期待するような業績回復は記事作成時点では実現していません。長年テレビ番組の脚本家およびプロデューサーを務めている業界関係者は、「この町で自分のキャリアが順調だと思っている作家はいません」と語っています。
ディズニーが7000人の人員削減を行うと発表、Disney+やHuluの営業赤字は1400億円超に - GIGAZINE


メディア大手のパラマウントがコスト削減を目的に従業員約800人を解雇 - GIGAZINE


ピクサーが全従業員の14%に相当する175人を解雇、ストリーミングから長編映画重視にシフト - GIGAZINE


業界全体が不況に陥る中で、Netflixは業界での存在感をますます高めています。同社のサランドスCEOはアカデミー映画博物館の会長を務めており、Netflixはハリウッド大通りにある歴史的なグローマンズ・エジプシャン・シアターを7000万ドル(約100億円)かけて改修しました。サランドスCEOの妻であるニコール・アヴァン氏は、民主党の大統領候補であるカマラ・ハリス氏の長年の友人であり、サンセット大通りのストリップ通り沿いのビルボードをすべて購入しています。
一方で、Netflixはエンターテインメントビジネスを根底から変えてしまったとして古い業界関係者からは不興を買っています。アカデミー賞の投票権を持つメンバーの中には、Netflixがアカデミー賞候補作を広く公開せず、一部の劇場でアカデミー賞受賞に最低限必要な期間だけ限定上映していることに憤慨している人もいるそうです。
大手エンターテインメント企業で要職を歴任したハリウッドのベテランは、「Netflixに対する軽蔑は、これまで見たこともないほどのものです。彼らは世界中のあらゆるアーティストのバックエンドの金銭的(利益)参加を排除しています。彼らはすべてを支配し、コントロールしようとしているわけです」と語りました。

不況が続く映像業界でNetflixが業績回復を果たした理由とは? - 画像


なお、Netflixは映像ストリーミングサービス業界で最も多い加入者数と利用時間を維持しており、2024年7月にはアメリカユーザーのスクリーンタイムの約8.4%を獲得することに成功しています。Netflixの次にアメリカで高いシェアを獲得しているのがディズニーですが、Disney+とHuluを合わせてもスクリーンタイムの4.8%にしか到達していません。他にも、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーのMaxやコムキャストのPeacock、パラマウントのParamount+などさまざまな映像ストリーミングサービスがありますが、どのサービスもアメリカ人のスクリーンタイムの2%未満しか獲得できていないのが現状です。
Netflixが2022年11月に広告つきの有料プランをスタートした際、同社はMicrosoftと提携し、Microsoftのデジタル広告配信システムを利用して広告配信サービスをスタートしました。しかし、Netflixはこのシステムの利用を段階的に廃止し、独自の広告配信システムに移行すると発表。これと同時に広告事業の経営幹部を務めていたピーター・ネイラー氏がNetflixを去りました。Netflixは広告配信サービスについて、「2026年まで広告が収益成長の主要な原動力となることはないだろう」と控えめに言及しています。
Netflixが月額790円の「広告つきベーシック」を提供開始、広告ありで200円安価 - GIGAZINE


しかし、エーリック氏はNetflixが広告事業を大規模に展開すれば、さらなる成功を納める可能性があると指摘しています。その理由のひとつとして挙げられるのが、Netflixの視聴者の高い忠誠心です。エーリック氏は「Netflixは昔の有料テレビのように、1日2時間、月に60時間視聴するようなサービスです。そのため、消費者に確実にリーチできます。お金は眼球に従うのです」と語り、Netflixの高いポテンシャルを指摘しました。
ハリウッドでもウォール街でも、弱小映像ストリーミングサービスは今後18~24か月以内に統合されるか、閉鎖されるだろうと予想されています。しかし、一部のサービスが淘汰されたとしても、別のサービスとの激しい争いが繰り広げられることになるだろうとFinancial Timesは予想しています。
例えばYouTubeは、記事作成時点ではユーザー生成コンテンツに支えられていますが、NFL Sunday Ticketのような年間約480ドルの有料配信も行っています。
YouTubeの有料テレビ配信サービス「YouTube TV」が値上げ - GIGAZINE


ショート動画サービスのTikTokは、ユーザーが1時間までの長編動画を試せる新機能を実装。Fox傘下のサービスであるTubiは、旧来のTVタイトルを配信することで急成長しています。
調査会社・MoffettNathansonのアナリストは、「定額ストリーミングのカテゴリ内だけでなく、より広いカテゴリ全体でも激しい競争が続いています。YouTubeはすでにNetflixよりも20%以上多くテレビで視聴されており、Netflixよりも速いペースで成長しています。ショート動画サービスも競合として留まることとなるでしょう」と語りました。

ジャンルで探す