ジェット気流が暴れると地上の人間によくないことが起こる

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最新の学説によると、1348年の夏、ノミ、シラミ、あるいは感染した人間によって腺ペスト(「黒死病」とも呼ばれる)がイギリスに拡大したそうです。

ヨーロッパ全土で流行していた新型ペストに対し、ロンドン市民の免疫システムは防御力がほとんどなかったため、ロンドンの街は、人口過密で十分な換気ができない住宅に囲まれた不衛生な場所になっていました。

さらに、上層大気が腺ペストを流行させるのに適した状態になっていました。対流圏の上層では、北極圏と中緯度地域を高速の気流が隔てています。いわゆるジェット気流と呼ばれる、西から東へ向かって吹く強い偏西風で、高緯度地域のジェット気流は寒帯ジェット気流、中緯度地域では亜熱帯ジェット気流と呼ばれます。

ヨーロッパ付近にあるはずの寒帯ジェット気流が極端に北上したため、イギリスでは2年間にわたって涼しく湿った夏が続き、屋内で過ごすようになった人々の間で腺ペストがまん延しやすくなったといいます。そして、イギリスでは1350年までに人口の約1/3が腺ペストによって亡くなりました

上空のジェット気流が地上で極端な現象を起こす

上空を走るジェット気流のパターンが変わると、地上で暮らす生命に幅広く影響を与えます。Natureに発表された研究結果によると、ヨーロッパ上空のジェット気流が通常の位置から南北どちらかにシフトすると、伝染病のまん延や農作物の不作、山火事の激甚化を招くような極端な気象現象を引き起こすそうです。

論文の共著者で、アリゾナ大学の研究者であるエリー・ブロードマン氏は以下のように話しています。

ジェット気流は、温室効果ガスの影響抜きで過去700年にわたって極端な気象を引き起こしてきました。それに加えて大気に熱を加えることによる複合的な影響や、ただでも極端な気候が今後どんな風に極端になっていくかを想像するのは、ちょっと恐ろしいですね。

ジェット気流の過去の挙動を理解するのは、温暖化に伴ってジェット気流がどのように変化するかを予想するうえで極めて重要です。科学者らは、温暖化によってジェット気流が北へシフトすることで、通常は高速で比較的直線的に流れている気流がスピードダウンし、極地域と中緯度地域の間で激しく蛇行する(上の動画を参照)ようになっていると考えています。

ただ、ジェット気流の観測データは、すでに産業革命以降に排出された温室効果ガスの影響が見られるようになっていた約60年前までしかさかのぼれないため、ジェット気流の変化について確信は持てないとブロードマン氏は指摘します。

木の年輪からジェット気流の位置を分析し歴史と照合

アメリカ、中国、ヨーロッパ数カ国の科学者による今回の研究では、樹木の年輪のデータから過去700年間におよぶジェット気流の位置を再構築しました。そして、それを疫病や農作物の収穫量、山火事などの記録と照らし合わせて、ジェット気流の変動が人々にどのような影響を与えたかを解明しようと試みたといいます。

ブロードマン氏によれば、先述したイギリスで腺ペストが猛威を振るった期間は、新たに1300年までさかのぼった記録の中で、ジェット気流が最も北へシフトした例のひとつだそうです。

ジェット気流に関する著書があるオックスフォード大学のティム・ウーリングズ気候科学教授は、電子メールで次のように話してくれました。

現在の大きな課題は、今回の研究で得た新しい情報を、どのように気候モデルのテストや改良に役立てるか、そして、将来的にジェット気流がどのように変化するかをより正確に予測することです。

ジェット気流の挙動を中世までさかのぼるのは簡単な作業ではなかったそうです。研究チームは、ジェット気流が通常よりも北にシフトすればイギリスの夏は低温多湿に、バルカン半島や地中海沿岸の夏は高温で乾燥すること(逆にジェット気流が南にシフトすれば、イギリスと地中海沿岸の夏の気候は逆転します)、また、木の年輪の細胞が高密度か低密度かによって、その年の天候がわかる事前知識を持っていました。暑くて乾燥した時期を過ごすと、樹木は細胞を小さくするため、密度が高くなるとブロードマン氏は述べています。

この知見をもとに、研究チームはヨーロッパ各地で採取した樹齢の高い樹木からジェット気流の位置を特定できるか調べました。この方法による過去60年間のジェット気流の変化の予測が信用に足る範囲だったため、木の年輪を用いてさらに1300年までさかのぼってジェット気流の位置を分析しました。

そして、分析結果とヨーロッパにおける感染症や穀物価格などの記録を照合させました。その結果、ジェット気流が極端に北か南にシフトしている時期と、地上で極端な事象が発生している時期が重なっていました。つまり、ジェット気流が通常の位置から極端にズレると、ヨーロッパのある地域で感染症や不作、山火事などの要因となる極端な気象現象を引き起こす傾向にあるのだそう。

例えば、地中海沿岸では、ジェット気流が極端に北へシフトした年は暑くて乾燥するため、山火事が多発しやすくなります。逆にジェット気流が極端に南へ振ると低温多湿になるので、ブドウが不作に陥り、ワインの品質も悪くなる傾向が見られるとのこと。

また、ジェット気流の急激な変動は、この研究でいうところの「連鎖的影響」を引き起こす可能性があります。例を挙げると、農作物の収穫量が激減すれば人々の栄養失調につながり、それによって免疫システムが低下することで、感染症を深刻化させます。病気にかかると畑作業ができなくなって、収穫量がさらに減る悪循環に陥ります。

ブロードマン氏は、今回の研究において、アイルランドの修道士たちが何世紀にもわたって飢饉(ききん)や伝染病について書き留めていたのをはじめ、ヨーロッパの人々が非常に長い間ずっといろいろなことを記録してくれていたことが役に立ったといいます。

確かに、データがあっても歴史的な出来事がわからなければ点と点をつなげられませんものね。

近年のジェット気流が寄与した異常気象

この研究では、2010年にロシアで発生した山火事を取りあげています。ジェット気流の「ブロッキング現象(大きく蛇行したジェット気流の尾根や谷の部分に高気圧や低気圧が長期間停滞してしまう現象)」によって熱波が長引いたことで山火事が激甚化し、推定5万5000人の死者を出しました。そして、その余波でロシアにおける小麦の生産量は25%も減ってしまいました。

ブロッキング現象が引き起こした別の気象災害の例としては、今年9月に中欧で発生した壊滅的な洪水も挙げられます。この洪水では、暴風雨「ボリス」がジェット気流の谷の部分に停滞したため、数日間にわたって同地域にこれまで経験したことがない記録的な豪雨を降らせました。

ボリスは、ポーランドやチェコ共和国、ルーマニアなどで少なくとも20人の死者数十億ユーロの損失をもたらしています。


ジェット気流と気候変動の関係についての研究が熱を帯び始めたのは、2010年代前半。当時もまだ観測データが不足していると言われていました。まださらに研究が必要な分野ではありますが、温暖化によってジェット気流の速度が落ちて大きく蛇行、それによってブロッキング現象が起こり、熱波や干ばつ、豪雨が長期化し、山火事や洪水などが極端化しやすくなっているというのは気候科学者の間で広く認識されるようになってきました。

研究よりも温暖化の方が速く進みそうで怖いです…。

Reference: NASA Scientific Visualization Studio / YouTube

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