早期離職がもたらす「6つの弊害」と若手社員の退職を防ぐ「We感覚」とは?

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 1990年代半ばから2010年代序盤にかけて生まれた「Z世代」。自己実現やワークライフバランスを重視する「新しい価値観」を持つとされ、唐突に離職する場合もあることから、マネジメントに苦慮する企業は少なくない。こうした現状に対し、有効な対策はあるのか。本連載では、『Z世代の社員マネジメント 深層心理を捉えて心離れを抑止するメソドロジー』(小栗隆志著/日経BP 日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。のべ45万人のデータから定量的に捉えたZ世代の特徴をベースに、「働く人間の心理」に着目したZ世代のマネジメント法を解説する。

 第3回は、Z世代の早期離職を防ぐオンボーディングのポイントを解説する。

早期離職の弊害

Z世代の社員マネジメント』(日本経済新聞出版)

 若手社員の早期離職は、企業にマイナスの影響を及ぼす。程度の差こそあれ、次のような悪影響は避けられないだろう。

① コスト的影響

 一人の新入社員に費やすコストを、その活動によってもたらされる収益が上回るのは、仕組み化されたビジネスでは1年程度、属人性の高いビジネスでは3年を超えると言われている。いずれにしても、早期に離職されてしまうとコストが無駄になる可能性が高い。

② 職場オペレーション的影響

 退職者が出れば、その職務を担っていた人の「穴」を誰かがカバーしなければいけない。ひと昔前であれば、他のメンバーが残業をしたり、休日出勤をしたりしてカバーする会社も多かった。だが、ホワイト化が進む今、単純に業務時間を増やしてカバーするのは難しい状況だ。スムーズに欠員が補充できるとは限らないし、できたとしても、その人材が退職者と同等のパフォーマンスを発揮できるとは限らない。

③ 採用ブランド的影響

 近年、人的資本開示の流れが加速しており、企業には、社員の離職率や定着率などの開示が求められるようになった。目当ての企業の離職率が高かったら、学生はどう感じるだろうか。「仕事がきついのかな」「環境が悪いのかな」「人間関係が良くないのかな」など、マイナスイメージを持たれても不思議ではない。SNSや社員口コミサイトで、「早期に」「一定数以上の若手社員が」「ネガティブな理由で」退職しているという情報が出回れば、その企業の採用ブランドは大きく低下し、応募者獲得に苦戦を強いられるのは必至である。

④ 人材バランス的影響

 今、日本は少子高齢化による人口減少が進んでおり、国力の低下が懸念されているが、企業においても同様のことが起こり得る。若手社員の早期離職が想定以上に増えると社員の高齢化が進み、企業の年齢構成比がアンバランスになる。若手社員が減ってくると、企業全体の活力が失われ、変化に対応できなくなっていく。

⑤ 企業カルチャー的影響

 子どもの頃、私たちは兄や姉、学校の先輩など身近な人の言動から、そのコミュニティにおける正しい在り方や作法などを学んでいた。企業においても同様で、新入社員は身近な先輩から企業文化や行動指針を体得していくものだ。しかし、若手社員が早期離職を繰り返している企業ではそれができないため、独自の文化やアイデンティティが継承されず、その企業「らしさ」が失われていく。

⑥ 既存社員のモチベーション的影響

 退職者が出ると、業務のしわ寄せを受けた既存社員のモチベーションが下がることが少なくない。また、退職者が出たことがきっかけとなり、以前から抱えていた不安や不満が噴出する人もいる。「彼・彼女も将来が不安になったんだな」「自分も転職したほうがよさそうだ」などと考える人が増えると、ドミノ倒しのように離職が連鎖する可能性がある。

「We感覚」を持つ若手社員は辞めない!?

 昨今、多くの企業で「オンボーディング」という言葉が飛び交っており、オンボーディングについて議論が交わされることが増えている。

 オンボーディングとは、新入社員が会社の業務や風土に慣れるまでサポートする活動の総称である。一般的には、新入社員が会社のルールや業務の手順に慣れるようサポートすることで、早期の「戦力化」を図ることを目的としている。

■ オンボーディングは「一体化」をゴールにすべき

 Z世代の特性・傾向を考えても、こうした取り組みは重要である。しかし、若手社員の離職防止を目指すのであれば、オンボーディングのゴールを「戦力化」ではなく「一体化」に置くべきである。

 前述のとおり、入社して日が浅い新卒社員は、「この会社にいて、自分のキャリアは大丈夫だろうか?」などと個人人格の領域で疑念を抱きながら働いている人もいる。いわば会社を「品定め」している状態だと言えるが、この状態でいる限り、ちょっとしたきっかけで離職に至る可能性がある。

 だが、一定期間を過ぎると品定めのフェーズは終わり、「この会社で働いている自分があたり前」と感じられるようになる。これは、会社が「自分の人生の一部」として位置付けられた瞬間だと言える。この感覚が得られた時に見られる変化が、自社のことを話す時に「うちの会社は」という言い方から「私たちは」という言い方に変わることだ。これは、個人人格と組織人格の境目が曖昧になり、自分と会社が「一体化」しつつある証拠だと言える。

 筆者は、これを「We感覚」と呼んでいる。「We感覚」を持っている若手社員は、ちょっとやそっとのことでは離職しなくなる。なぜなら、こうした若手社員は会社へのコミットメントが高まっており、もはや退職することは自分が大切にしてきたことを否定することにつながると感じるようになっているからだ。

 もちろん、原理的には、個人と会社は別人格である以上、個人と会社が「一体化」することはない。しかし、自社のことを「私たちは」と表現するようになった時、「組織人格が個人人格に入り込んだ状態」になっているのは間違いない。この感覚は、若手社員においても、学生時代の組織体験の中で経験した人も多いだろう。筆者自身も高校3年間野球に打ち込んだが、1年生の時は「うちのチームは」という感覚だったが、3年生になった時は「俺たちは」という感覚へと変化した。組織人格として役割を体現することが、個人人格の喜びとつながっている感覚になった。

 若手社員の離職を防止し、定着を図りたいのであれば、「一体化」をゴールにオンボーディングを行うべきだと筆者は考える。「戦力化できたから、もう大丈夫だろう」と思っていると、ある日突然、予期せぬ退職宣言を受けることになる。若手社員の悲しい退職を防ぐためには、オンボーディングで「We感覚」を育むことが重要だ。

 ただし、若手社員の「We感覚」を育むのは長期戦になる。筆者の経験上、自然に「私たちは」という言葉が出るようになるまで、5~10年くらいかかる。個人と会社は、1つのきっかけである日突然一体化するわけではなく、長い時間をかけて一体化が進み、徐々に「We感覚」が得られるようになっていくのだ。もちろん、組織の規模や個人の成長スピードによって、その歳月は短くなったり長くなったりするが、半年や1年で「We感覚」が得られることはない。

 一般的に、オンボーディングの期間は3カ月から1年程度だとされているが、ゴールを「一体化」に置くのであれば、5~10年という長期間でオンボーディングを設計する必要がある。

<連載ラインアップ>
第1回 SNS世代が陥りやすいキャリアの「正解探し」の罠、脱却を支援する際のポイントとは?
第2回 「正解探し」から「正解創り」へ、Z世代のキャリアづくりに役立つマインドセットとは?
■第3回 早期離職がもたらす「6つの弊害」と若手社員の退職を防ぐ「We感覚」とは?(本稿)
第4回 新入社員の「突然の離職」を防ぐためのマネジメントのポイントとは?

■第5回 アサヒ飲料が導入した「2年目リフレクション研修」、その狙いと内容とは?(12月5日公開)
■第6回 鹿島建設が入社3~5年目に実施した「アイカンパニー研修」とは?(12月12日公開)

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