マイケル・ジョーダンの名言に学ぶ、重要な局面で「本能的な恐怖」をコントロールする」秘訣とは

写真提供:NBAE via Getty Images/共同通信イメージズ

 生まれながらにして頂点に立つ者などいない。人がよどみなく一体となり、偉大な「勝者」チームとなるには何が必要なのか? 本連載では、世界的ベストセラー『失敗の科学』『多様性の科学』の著者にして英『タイムズ』紙の第一級コラムニスト、マシュー・サイド氏の著書『勝者の科学 一流になる人とチームの法則』(マシュー・サイド著、永盛鷹司訳/ディスカヴァー・トゥエンティワン)から、内容の一部を抜粋・再編集。オックスフォード大を首席で卒業し、自身も卓球選手として10年近くイングランドNo.1の座に君臨した異才のジャーナリストが、名だたるスポーツチームや名試合を分析し、勝者を生む方程式を解き明かす。    

 第1回は、私たちの本能である「恐怖」が失敗を引き起こすメカニズムを解説。サッカーの名監督やマイケル・ジョーダンの言葉から、人生という試合をうまくプレーする方法を学ぶ。

<連載ラインアップ>
■第1回 マイケル・ジョーダンの名言に学ぶ、重要な局面で「本能的な恐怖」をコントロールする」秘訣とは(本稿)
第2回 「諦めるときは死ぬとき」なのか? マンチェスター・ユナイテッドFCを奇跡の勝利に導いた強さの秘密とは
■第3回 レスター・シティは、なぜマンチェスター・シティを破ることができたのか? 「社会的手抜き」を最小限に抑えるヒントとは(9月25日公開)

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勝者の科学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

 ここでダーウィンに話を戻して、恐怖の生物学的な仕組みがサッカーにおいてどのような意味を持つのかを考えてみよう。

 哺乳類に備わっているあらゆる本能と同じように、恐怖は鳥たちの生存のためにきわめて重要な役割を果たすとダーウィンは気づいた。イギリスの鳥が人間を見て逃げるのは、そのような性質を持っていた先祖たちが天敵に捕まらずに生き残ったからだ。ガラパゴス諸島の鳥がイギリスに連れてこられたら、朝食の材料にされてしまっただろう。

 これは人間にも当てはまる。生物に古くから備わっている脳の部位である扁桃体の欠損によって恐怖を感じられなくなったSM(仮名)という女性がいたが、彼女は危険な状況に身を置き続けていた。

 彼女はナイフや銃口を突きつけられたり、家庭内暴力で殺されかけたりと、はっきりと死の瀬戸際に立たされたことが何度もあった。それでも、彼女は絶望や切迫感、あるいはそのような出来事に直面した際に通常は現れるほかの行動反応を、何も示さなかった。

 このことからわかるように、恐怖とは役に立つものだ。私たち自身も子どもたちも、恐怖という感情を持っていたほうがいい。だが、恐怖は有害なものでもある。サッカーのイングランド代表には、恐怖感にとらわれてほしくない。このパラドックスをどう解消すればいいのだろう?

 ダーウィンが指摘したように、恐怖とは天敵やその他の生存を脅かす危機を避けるために進化した。だからこそ、すべての哺乳類に共通する原始的な反応はそのような危機に対処できるよう、絶妙に調整されている。敵に見つからないように、私たちは動きを止める。

 このとき胃腸の機能も抑制されるのは、消化さえも止まっているということだ。敵に発見されると、私たちは逃走する。このとき、心拍数と肺機能の高まりによって、筋肉がよく動くように刺激される。そして追い詰められて絶体絶命になったときには、私たちは戦う。この闘争・逃走・凍結挙動反応は速さが勝負のため、理性のコントロールを経ないでおこなわれる。

 しかしここでは、天敵を目の前にしているのではなく、サッカーのピッチに立っていると想像してみよう。そこで脅かされるのは生命と体ではなく、エゴと周りからの評価だ。失敗したくない、みんなに叩かれたくない――ジェラードは、「地元でどのように報道されるだろうか、どれほどの批判を受けるだろうかと、どうしても考えてしまう」と語っている。

 とても大事な場面だし、結果は現実のものなので、恐れるのは自然な反応だ(そのため、スピーチをしたり就職面接を受けたりといった、人から「判断される」状況で、私たちの大部分は闘争・逃走・凍結挙動反応を経験する)。

 しかし、進化の過程で身につけた反応も、ここではきわめて不適切だ。凍結挙動とは、ボールが蹴れなくなることだ。クリケットならクリースから出られなくなること、ダーツなら矢をうまく投げられなくなることだ。スピーチや面接では、言いたいことがうまく出てこなくなることだ(「頭が真っ白になっちゃった!」)

 第二の選択肢である逃走も、あまり良くない。プレッシャーのかかる場面で、心の底から逃げ出したいと思った経験は誰にでもあるはずだ。これが極端になると、言い訳をして(「けがをした」とか「体調不良だ」というように)試合の場に出てこない人が生まれる。ピッチに立ったとしても、ボールに関与しない。「ピッチ上で行方不明になっている」と言われる。

 2006年のワールドカップ決勝でのジネディーヌ・ジダンのように、極度のプレッシャーにさらされたスポーツ選手が猛攻する場合もあるが、闘争も有効な反応とは言えない。

 つまり、過呼吸になったり、イップスが出たり、攻撃的になったり、「ピッチ上で行方不明」状態になったりといった、スポーツや日常生活でよくある大失敗は、その場を乗り切ろうとする本能だが、その本能が適さない状況で出てしまっているということなのだ。

 悲しいかな、ペナルティーキックの際に体が固まってしまうのはあまり役に立たないとわかってはいながらも、そう反応してしまう体の原始的なシステムのスイッチを切るのはとても難しい。

 ここでサッカーの話に戻ろう。現代のパフォーマンス心理学のほとんどは、闘争・逃走・凍結挙動反応を避けることに重点を置いている。「チンパンジーを調教する」、「自分のなかの悪魔をコントロールする」などとも形容されるそのようなテクニックは役に立つかもしれない。だが、コールマンの言葉を思い出してみよう。

 そこには、別の方法のヒントがあるからだ。コールマンは、通常の心理学的なテクニックを使って闘争・逃走・凍結挙動反応を抑えようとしたとは言っていない。「失敗」という言葉を再定義して、その反応を抑えようとしたのだ

 失敗とは一般に、軽蔑されるべきものだと思われている。そこには恐ろしくネガティブな響きがある。ところがコールマンにとっては、失敗という言葉はまったく別の意味を持っている。

「私は失敗を恐れていない」と彼は言う。

「みんな失敗するものです。私も、成功より失敗の数のほうが多い」。彼の言いたいことはシンプルだが、力強い。失敗とは、生きることと学ぶことの核なのだ。

 人がどのように育ち、進歩し、最終的に花開くかを示すのが、失敗だ。バスケットボールの名手マイケル・ジョーダンはかつてこう言った。

「失敗はするさ。だから成功するんだ」

 失敗からネガティブな連想がなくなり、失敗を自分が非難される理由ではなく学びの機会ととらえることができたら、それを恐れる理由はなくなるのではないか?

 サッカーの試合を表現の場と考え、どんなクリエイティブな試みにもつきものの失敗を認められるとしたら、パスを出すべきときに体が固まってしまうことはないのではないか?

 そして、同じような考えを持ち、団結力があり、強く、決意と野心のもとに一つになれる仲間と一緒なら、うまくいかなかったときにメディアになんと言われるだろうかと心配する必要はないのではないか?

 コールマンが見せてくれたのは、あらゆる偉大なリーダーシップの特徴だ。失敗を再定義することで、重大な結果に臨む環境を、心配と怯えの場ではなく楽しみとチームの表現の場に変えたのだ

 ビル・シャンクリーの有名な格言とは裏腹に、サッカーは生きるか死ぬかの戦いではない。そのため、進化の過程で身についた闘争・逃走・凍結挙動反応は、役に立たないばかりか、悪影響を及ぼす場合も多い。失敗という概念に刺さっているトゲを抜けば、原始的な中脳から恐怖を外科的に取り除けるのだ。

 そうすれば、人生という試合をうまくプレーできるようにもなる。

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■第1回 マイケル・ジョーダンの名言に学ぶ、重要な局面で「本能的な恐怖」をコントロールする」秘訣とは(本稿)
第2回 「諦めるときは死ぬとき」なのか? マンチェスター・ユナイテッドFCを奇跡の勝利に導いた強さの秘密とは
■第3回 レスター・シティは、なぜマンチェスター・シティを破ることができたのか? 「社会的手抜き」を最小限に抑えるヒントとは(9月25日公開)

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