ワークシートで分析、スターバックスの「サードプレイス」、ユニクロの「LifeWear」はどのように生まれたか?

写真提供:CFOTO/共同通信イメージズ、VTT Studio/Shutterstock.com

「これでいい」ではなく「これがいい」と思ってもらうことが、これからのブランドには必要だ。現在、似たような商品・サービスが量産され市場に溢れている。それは、他社も同じ手法を取ってデータを集め、分析し、商品開発をしているからだ。だが、デザインの力を経営に取り入れることで、自社の強みや力を発揮した、より魅力的で長く愛される新しいブランドを生み出すことができるかもしれない。本連載では、『デザインを、経営のそばに。』(八木彩/かんき出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。元電通のアートディレクターが15年の経験と豊富な事例を基に、デザインの力でブランドの魅力を引き出すための考え方とプロセスを解説する。

 第5回は、優れたブランドコンセプトをつくるための考え方について、スターバックス、ユニクロ、スノーピークなどの事例を基に解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 フェラーリ、ポルシェ、エルメスは、なぜ他のブランドに代替されないのか
第2回 なぜ「いい感じにしてください」で「いい感じ」にならないのか? ブランドの独自性をデザイナーと発見する秘訣とは
第3回 ナイキ、スターバックス、無印良品、資生堂は「ブランドの人格」をどうつくっているのか?
第4回 スターバックスとユニクロは、なぜコーヒースタンドと普段着の常識を覆せたのか?
■第5回 ワークシートで分析、スターバックスの「サードプレイス」、ユニクロの「LifeWear」はどのように生まれたか?(本稿) 
第6回 ブランドの「らしさ」を凝縮するネーミングのポイントと、ステートメントの開発法とは

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デザインを、経営のそばに。』(かんき出版)

 前回(第4回)ご紹介した、スターバックスのコンセプトである「サードプレイス(第3の場所)」。他のコーヒーチェーンがコーヒーのおいしさや値段で勝負している中で、このコンセプトはスターバックスの「らしさ」の源になっています。

 サードプレイスというコンセプトを設定したことで、スターバックスが売っているのはコーヒーだけではなく、サードプレイスでの体験だということが規定できています。

 その結果、ゆったりと過ごせる空間をつくったり、独自の教育方針でバリスタと呼ばれるスタッフを育てたりするなど、他のコーヒーチェーンにはない、唯一無二の体験を生み出しています。

 スターバックスのコンセプトをコンセプトワークシートに当てはめると、下の図のように整理できます。

 もう1つの例としてユニクロの「LifeWear」も、整理してみたいと思います。「LifeWearとは、あらゆる人の生活を、より豊かにするための服。美意識ある合理性をもち、シンプルで上質、そして細部への工夫に満ちている。生活ニーズから考え抜かれ、進化し続ける普段着です。」と規定されています。

 コンセプトワークシートに当てはめると、下の図のように整理することができます。

 スターバックスもユニクロも、すべての枠が、一貫した考え方で矛盾なく整理することができました。ブランドコンセプトを開発するための、「簡単なハウツー」は残念ながらありません。

 私が経験してきた限り、どんな仕事においても、ブランドコンセプトはこれまでにない新しい定義を考えなければいけないため、「これだ」という案が見つかるまでの道のりは平坦ではありませんでした。

 コンセプトとは、様々な方向性を全員で持ち寄り、考え抜いた末に生まれるものです。

「ブランドについて」と「ターゲットについて」を行ったり来たりしながら、ブランドコンセプトを考えていくしかありません。

 ただ、例がなければ考えることは難しいかもしれませんので、ヒントとして、優れたブランドコンセプトの例を3つ紹介します。

【ブランドコンセプトの参考事例】

〈1〉人生に、野遊びを。(スノーピーク)
 アウトドア用品などを販売するスノーピークは、ブランドコンセプトに「人生に、野遊びを。」を掲げています。「忙しい現代社会において、『野遊び』は、自然のリズムを取り戻し、人間らしさを回復する手段となる」という考えから生まれたコンセプトです。

 このブランドコンセプトを拡張し、近年はキャンプ事業だけではなく、レストラン事業、地方創生事業、キャンピングオフィス事業など、事業の幅を広げています。「人生に、野遊びを。」というブランドコンセプトを掲げたことで、単なるアウトドア用品ブランドの領域を超え、「野遊び」を通じて、人生を豊かにするための事業に取り組むことにつながっています7

7 参考文献 Snow Peak.〝Our Business〟    

〈2〉女性の動きを制限せず、日常生活に寄り添うワードローブ(シャネル)
 ラグジュアリーブランドを代表するシャネルも、優れたブランドコンセプトを持っています。

 シャネルが創業したのは1910年。当時は、コルセットに代表されるように、男性が求める女性らしさを体現したファッションが主流でした。

 コルセットとは、肋骨の周りに巻いてウエストを細く縛り上げる、女性用下着のことです。ウエストを細く締める流行が過熱し、女性の健康障害が報告されるほど、ウエストをきつく縛るものだったそうです。

 シャネルは「女性の動きを制限せず、日常生活に寄り添うワードローブを」というブランドコンセプトを持ち、ジャージー素材のドレス、働く女性のためのスーツ、両手を自由に使えるショルダーバッグなど、革新的なアイテムを次々に発表します。

 機能性とデザイン性を兼ね備えたワードローブを通じて、女性を窮屈さから解放したのです8

8 参考文献 CHANEL.“創業者”

〈3〉700人の村がひとつのホテルに(山梨県小菅村)
 多摩川源流に位置する、山梨県小菅村の人口は約700人です。人口減少や空き家問題などを解消するため、「700人の村がひとつのホテルに。」をブランドコンセプトに掲げ、小菅村は分散型ホテルのプロジェクトに取り組んでいます。

 村内の道路やあぜ道を「ホテルの廊下」、道の駅を「ラウンジ」、村内にある温泉施設“小菅の湯”を「大浴場」と見立てて、経済や交流の活性化を目指しています。豪華なホテルを建てる予算がなくても、優れたコンセプトがあれば、他の場所にはない価値をつくることができるといういい例です9

9 参考文献 嶋田 俊平『700人の村がひとつのホテルに「地方創生」ビジネス革命』(文藝春秋、2022)

チェックする
 ブランドコンセプトのアイデアが見えてきたら、以下のポイントをチェックしてみましょう。

1. オリジナリティがあるか
 コンセプトワークシートを埋めることが目的になり、ブランドコンセプトがありきたりなものになっていないかを確認します。どのブランドにも言えるような当たり前のことを言っている場合は、再検討しましょう。他のブランドには言えない、オリジナリティのある概念を規定する必要があります。

2. 短いか
 ブランドコンセプトはブランドのあらゆる意思決定の指針になります。ブランドに関わる全員が理解できなければ機能しません。あまり長いと覚えることが難しくなる、つまり、指針として機能しないため、極力短く、端的にまとめましょう。

 優れたブランドコンセプトは、2つか3つの言葉の組み合わせでできていることが多いです。

3. ブランドらしさはあるか
「理屈では正しいけれど、なんとなく自分たちらしくない」という感覚も大切です。ビジョンや強みと照らし合わせ、自分たちの「らしさ」を感じるかをチェックしましょう。

4. アイデアが広がるか
 アイデアがチーム内で広がるものは、優れたブランドコンセプトだと言うことができます。新しいブランドコンセプトを掲げた時に、新しい商品やサービス、新事業などのアイデアが広がるかを検証してみましょう。チームからアイデアが次々と出てくるもの、みんながワクワクできるものは、よいブランドコンセプトだと言うことができるでしょう。

 ブランドが掲げているブランドコンセプトを見てみると、「革新的な」「素晴らしい」「過去最高の」「日本一の」など、聞こえのいい形容詞が含まれていることがよくあります。

 しかし、このような比較や最上級の形容詞で誤魔化しているブランドコンセプトは「すでにあるものよりもよい」としか規定できていないため、サーチライトの照らし変えになっていないことがよくあります。ブランドコンセプトを開発する際には、聞こえのいい形容詞で誤魔化していないか、に注意しましょう。

<連載ラインアップ>
第1回 フェラーリ、ポルシェ、エルメスは、なぜ他のブランドに代替されないのか
第2回 なぜ「いい感じにしてください」で「いい感じ」にならないのか? ブランドの独自性をデザイナーと発見する秘訣とは
第3回 ナイキ、スターバックス、無印良品、資生堂は「ブランドの人格」をどうつくっているのか?
第4回 スターバックスとユニクロは、なぜコーヒースタンドと普段着の常識を覆せたのか?
■第5回 ワークシートで分析、スターバックスの「サードプレイス」、ユニクロの「LifeWear」はどのように生まれたか?(本稿) 
第6回 ブランドの「らしさ」を凝縮するネーミングのポイントと、ステートメントの開発法とは

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