楽天、ユナイテッドアローズ、セブン-イレブンのネーミングは、なぜ秀逸なのか?

写真提供:日刊工業新聞/©Jimin Kim/SOPA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ、yu_photo – stock.adobe.com

「これでいい」ではなく「これがいい」と思ってもらうことが、これからのブランドには必要だ。現在、似たような商品・サービスが量産され市場に溢れている。それは、他社も同じ手法を取ってデータを集め、分析し、商品開発をしているからだ。だが、デザインの力を経営に取り入れることで、自社の強みや力を発揮した、より魅力的で長く愛される新しいブランドを生み出すことができるかもしれない。本連載では、『デザインを、経営のそばに。』(八木彩/かんき出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。元電通のアートディレクターが15年の経験と豊富な事例を基に、デザインの力でブランドの魅力を引き出すための考え方とプロセスを解説する。

 第6回は、ブランドの思想と世界観を伝えるネーミングとステートメントの秘訣を紹介する。

● ネーミングをつくる

デザインを、経営のそばに。』(かんき出版)

 ブランドコンセプトが固まったらブランドのネーミングを考えていきます。

 ネーミングとは、ブランドの名前であり、ブランドの「らしさ」を短く要約し一言に凝縮したもの。ブランドの魅力がお客様に伝わるように、一言で、印象的に伝える必要があります。

 ネーミングは今後何度も口に出すものであり、ブランドの「らしさ」を伝えるうえで重要な要素です。ブランドコンセプトと同様、チームで案を持ち寄り、アイデアを出し合います。

 ネーミングを開発する際には、以下のポイントを意識してみてください。

ネーミングのポイント

〈1〉覚えやすいか
 ほとんどの人が、メディアを通じて大量の情報に触れ合っています。情報化社会は、近年ますます加速しており、世界の情報量は2030年には現在の30倍以上、2050年には4000倍に達するという予測もあります。10

10 参考文献 総務省“令和4年 情報通信に関する現状報告の概要”

 これだけ情報が溢れている世の中では、ブランド名を覚えてもらうだけでも大変な労力がかかります。ネーミングを考える際は、覚えやすく印象的かどうかをチェックしましょう。

〈2〉ブランドコンセプトと一貫性があるか
 ブランドコンセプトと一貫性があるかどうかをチェックします。ブランドコンセプトとネーミングは、必ずしも同じ内容を語る必要はありませんが、2つの間の考え方に矛盾がないかは確認しておくとよいでしょう。

 一貫性のあるストーリーでブランドコンセプトとネーミングが結ばれることで、ブランドの「らしさ」は明確になります。ネーミングとその由来(=ストーリー)について後述しますので、参考にしてみてください。

〈3〉普遍性があるか
 ほとんどの場合、ネーミングはブランドが生まれてから、なくなるまで使用することになります。短期的な目線ではなく、長い間使用しても古くならない言葉かどうかをチェックしましょう。

〈4〉発音した時の印象がよいか
 発音した時の語感についてもチェックします。

 音には、ある種の音が特定のイメージを呼び起こす「音象徴(おんしょうちょう)」という現象があるそうです。

 例えば「マジンガーZ」「ガンダム」「エヴァンゲリオン」のようなロボットアニメのネーミングは、濁点が使われていることが多く、音の印象からも「強そう」だと感じます。「ポッキー」「パピコ」「プッチンプリン」のようなお菓子のネーミングにはP音が多く使われていて、「楽しそう・ワクワク感」が感じられます。

このように、音の持つ印象があるため、ブランドの「らしさ」と、音の持つ印象が合っているかを確認しましょう。

〈5〉商標登録できるか
 最後に、商標登録についてです。ブランドのネーミングは商標として特許庁へ出願し、登録することをおすすめしています。

 登録をしなくてもブランドを始めることは可能ですが、商標登録を受けないまま商標を使用している場合、先に他社が類似の商標を登録していれば、商標権の侵害にあたる可能性があります。

 また、ネット社会になり、情報の広がる範囲がとても広くなりました。小さなブランドでも、SNSやウェブサイトを通じて世界中に広がる可能性があります。そのため、海外への展開を考えている場合は、海外の商標も調べる必要があります。登録については、専門の弁理士または弁護士に相談をしましょう。

 ネーミングとその由来についての例については、楽天、ユナイテッドアローズ、セブン-イレブンのものを引用してご紹介します。ネーミングを開発する際の、ヒントにしてみてください。

【ネーミングの参考事例】

〈1〉楽天グループ
 様々な商品・サービスが活発に取引される場である「楽市楽座」に、明るく前向きな「楽天」のイメージを合わせることにより「楽天市場」という名前が生まれました。楽天グループ株式会社という社名もこの「楽天市場」に由来しています。
11

11 参考文献 Rakuten.“会社・楽天グループについて”

〈2〉ユナイテッドアローズ
 一つの目標に向かって直進する矢(ARROW)を束ねた(UNITED)ものという意味が込められています。つまり、共通の理念(志)を目指して突き進む従業員一人ひとりのあり方を「矢」に例えたのが、当社の社名の由来です。
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12 参考文献 UNITED ARROWS.“社名とマークについて”

〈3〉セブン-イレブン
 1946年には、朝7時から夜11時まで、毎日営業するチェーンとして、営業時間にちなんで店名を「7-ELEVEN」と変更しました。また、このときロゴを数字の〝7〟と〝ELEVEN〟を組み合わせたものとし、現在でも親しまれているロゴマークの原型となっています。
13

13 参考文献 セブン-イレブン・ジャパン.“セブン-イレブンの歴史”

 チェックポイントはあるものの、ネーミングにおいて正解や不正解があるわけではありません。

 最も大切なことは、ブランドに関わるメンバーが「愛せるものになっているかどうか」だと思います。ブランドに関わっている人たちが「好き」だと思えるものにならなければ、お客様から愛されるブランドになっていきません。

 全員が納得できるネーミングが見つかるまで、アイデアを出し合いましょう。

 そのプロセスの中で、ブランドに対する解像度が高まっていくと思います。

● ステートメントをつくる

 ブランドコンセプトが固まったら、ステートメントを開発します。ここで気をつけたいのは、ブランドコンセプトとステートメントの役割をチームできちんと確認しておくことです。

 この2つをわかりやすく説明すると、次のように整理することができます。

  • ブランドコンセプト‥‥ブランドのサーチライトとなる、ブランドの定義
  • ステートメント‥‥ブランドの思想をわかりやすく、心に響く文章にしたもの

 ブランドコンセプトとは、主にインナー(=ブランドに関わるメンバー)に向けたものであり、ブランドを照らすサーチライトです。

 ほとんどのブランドの場合、商品を開発したり、広告を制作したり、営業をしたり、多数のメンバーで分業して運営します。運営の際、ブランドコンセプトがあらゆる判断の拠り所になります。

 関わる人数が増えるほど、認識にバラツキが出てくる可能性が高まってしまうため、ブランドの「らしさ」はあやふやになる恐れがあります。

 そのような事態を避けるため、ブランドコンセプトを規定することで、判断の基準を明確にしておきましょう。ブランドコンセプトには、情緒的な表現を優先するのではなく、本質的な価値を規定できるような言葉を選びます(サードプレイスや、LifeWearにも、言葉自体に情緒的な要素はありませんよね)。

 ステートメントとは、インナーとアウター(=ブランドに関わるメンバーとお客様)に向けたものであり、ブランドの思想をわかりやすく、心に響く文章にしたものです。ブランドの人格や個性を言葉で伝える役割を担い、言葉を通じてブランドへの愛着(=好き)を醸成します。

 コピーライターの岡本欣也さんの著書、『ステートメント宣言。』(宣伝会議)では、ステートメントはブランドから世の中へ向けた「手紙」に例えられています。そのように、ブランドを「好き」になってもらうための手紙だと捉えていただけるとよいでしょう。

 私が関わるプロジェクトでは、言葉の専門家であるコピーライターと開発することが多いのですが、アサインが難しい場合は、チームメンバーで書いてみてもよいと思います。

 ブランドが掲げるステートメントとして、例を3つご紹介します(ちなみに、本書でステートメントと呼んでいるものを、ビジョンやコンセプトなどの言葉で紹介されている場合があります)。

ステートメントの参考事例

〈1〉ミツカン
やがて、いのちに変わるもの。 
人が泣いています。人が笑っています。
人と人が出会い、人と人が恋をし、結ばれ、
子供が生まれ、育ち、ふたたび新しいドラマが始まってゆく。
人は歌い、人は走り、人は飛び、人は踊り、
絵を描き、音楽を生み、壮大な映像をつむぎ出す。
食べものとは、そんなすばらしい人間の、一日一日をつくっているのです。
こんこんと湧き出す、いのちのもとをつくっているのですね。
私たちがいつも胸に刻み、大切にしているのは、その想いなのです。
どこよりも安全なものを。どこよりも安心で、健康で、おいしいものを。
やがていのちに変わるもの。
それをつくるよろこびを知る者だけが、
「限りない品質向上」をめざせる者であると、
私たちは心から信じています。14

14 参考文献 ミツカン.“グループ企業理念・ビジョン”

〈2〉KANEBO
見た目を美しくすることだけが、化粧だろうか。
違う。
化粧には、力がある。
気持ちを、行動を、人生までをも動かす大きな力がある。

自分の未来は変えられる。
その自信が、 世界を変える熱量となる。
希望がないと言われる時代。
一人ひとりの中に希望を見つけ、引き出し、高めてゆく。
それが、これからのわたしたちの使命。
KANEBOは、美ではなく希望を語るブランドへ。


I HOPE.15
KANEBO

15 参考文献 KANEBO.〝CONCEPT〟

〈3〉MAISON CACAO
Deliver Wonder
驚きを届ける

チョコレートというものはそれ自体がひとつの奇跡。

カカオと、酵母と、火の、この上なく幸福なめぐり合わせが
あの唯一無二の美味をチョコレートにさずけたのです。

その奇跡をさらに特別なものにするために、
わたしたちにできるのは持てるかぎりの創造性を発揮すること。

サイエンス、アート、クラフトに遊び心をかけ合わせ、
「おいしい」という言葉だけでは表現できない、
想像を超える驚きと感動をお客様にお届けします。

Deliver Wonder

そして、すべてのクリエイションを通じて、
日常的にカカオを楽しむ文化を創造し、人々の人生を豊かに彩る。
それこそがわたしたちメゾンカカオの希求するものです。

参考文献 MAISON CACAO “Statement”

 ちなみに、企業やブランドを規定する言葉は、ブランドコンセプトとステートメント以外にもたくさんあります。ミッション、ビジョン、バリュー、パーパス、ブランドコンセプト、ステートメント、スローガン、ブランドプロミス…などなど。

 これらを規定することを否定するつもりは全くありませんが、言葉が増えすぎてしまうと、どれが何のために存在しているかがわからなくなることがあります。

 ブランディングデザインを通じて目指すのは、ブランドに関わる全員に、ブランドの思想と世界観を共有すること。

 あまりにたくさんの言葉が存在すると、全員が理解するのに時間も労力も必要になるため、まずは、「ブランドコンセプト」と「ステートメント」の2種類の言葉を開発するところから始めてみましょう。

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