NTT×東レの機能素材「hitoe」、共同開発を実現させた“奇策”とは

写真提供:日刊工業新聞/共同通信イメージズ

 モノづくりビジネスにおいて、世界的に主流になりつつある「オープンイノベーション」。ところが日本企業では依然、全てを自社で行う「自前主義」から脱却できずに商機を逃すケースが多く見られる。本連載では『学びあうオープンイノベーション 新しいビジネスを導く「テクノロジー・コラボ術」』(古庄宏臣・川崎真一著/日経BP 日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集し、オープンイノベーションを円滑に進めるために心がけるべき他社との「コラボ術」について解説する。

 第3回では、NTTと東レが共同で生み出した生体データ計測ウェア「hitoe」の開発秘話から、オープンイノベーションを実現させた企業間の関係性について探る。

<連載ラインアップ>
第1回 なぜソニーは、世界最強の「CMOSイメージセンサー」を開発できたのか
第2回 オープンかクローズか、過剰な「秘密主義」がモノづくりにもたらした限界とは?
■第3回 NTT×東レの機能素材「hitoe」、共同開発を実現させた“奇策”とは(本稿)
第4回 セブン-イレブンの「5度目の正直」、コンビニ淹れたてコーヒーを成功に導いた学びとは
第5回 新規市場開拓へ、フィリップス、ユニ・チャーム、LIXILが選んだ意外なパートナー企業とは?
■第6回 「ジャポニカ学習帳」のショウワノートと提携、廃業寸前の印刷所が生んだ奇跡の「おじいちゃんのノート」(7月11日公開)

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受け身の組織に「対等な関係」になれる相手は存在しない

学びあうオープンイノベーション』(日経BP 日本経済新聞出版)

 相手が顧客企業であれば、気を使うのは当然でしょう。しかし、売り手と買い手の関係だからといって、必ずしも上下関係があるとは言えません。相手にお金を払って「先生」と呼び、頭を下げるケースもあります。そこまでするのは、相手から学ぶべきものがあるからです。

「対等な関係」になれない大きな要因の1つが「受け身思考」です。相手から言われたものを作るだけの受け身の組織に、「対等な関係」を求めることは難しいです。

 オープンイノベーションはお互いが「学びあう場」である必要があります。仮にこちらが売り手で相手が買い手の立場であっても、受け身思考ではなく、能動的な提案をしてこそ価値があるのです。

 2014年、日本電信電話株式会社(NTT)と東レ株式会社は、生体情報の連続計測を可能とする機能素材「hitoe®」を共同で開発したと発表しました。その後、この機能素材を着用するだけで心拍を計測できる、新しいウェア製品が開発されました。

hitoe® 東レ(株)提供

ウェアの裏側(筆者撮影)※ hitoe®使用時、トランスミッタはウェア表面に装着します。

 夏場に炎天下で作業をしている人が、見た目には元気でも突然熱中症で倒れてしまうケースがあります。そうした事態を防ぐため、心拍数や体動などの生体情報を連続的にモニタリングし、危険水域に近づくと自動的に警報を発して安全を促すことができるシステムを生み出したのです。

 この製品は、医師からNTTの研究者に転身した異色の経歴を持つ塚田信吾氏の発想が起点となりました。塚田氏が臨床医だった頃、患者への負担が少ない生体電極の必要性を感じていたことがきっかけと言います。

 心機能の検査などで心電図を取る際、電極を長時間肌に貼り付けておく必要があります。電極を貼り付けるためのテープやジェルで肌がかぶれたり、化膿させて感染症を引き起こすようなケースがよくあるそうです。そこで、フィット感と通気性に優れ、皮膚に密着できる繊維素材の電極を作れば、患者の負担を大いに軽減できると考えたのです。

 2013年、NTTは「人体のデータが測定できる衣服」を開発しました。NTTは人体のデータを測定するための「繊維導電化技術」を開発しましたが、NTTの技術だけでは洗濯可能で実用的な衣服までは作れませんでした。そこで、この課題を解決できるパートナーを公募したのです。

 これに応募してきたのが、日本を代表する素材メーカーの東レでした。東レは極細な繊維を作る「ナノファイバー技術」を持っていました。直径150ナノメートルの超極細繊維技術です。東レはこの技術をビジネスに活かす方法を模索していたそうです。

 NTTの研究段階では、表面にコーティングする手法を採っていました。これに対し、東レは繊維加工のノウハウを生かした特殊な前処理コーティングを組み合わせる提案をしたそうです。これにより、生体情報の取得精度は格段に向上しました。東レが提案した前処理コーティングを行うと、電気を伝える導電性高分子が落ちにくくなり、汗にも強く、耐久性が増し、肌触りも良くなったそうです。

 このように、NTTだけでは生体情報連続計測技術の実用化は難しかったわけですが、これにはNTTに限らず基礎技術研究が持つ宿命のような側面があります。

 例えば、大学で画期的な基礎技術を開発して社会実装を目指した産学連携をしようとした時、その技術が実用化からほど遠いレベルだった場合、民間企業の技術を応用しても製品化まで到達できないケースがあります。

 大学の基礎技術と民間企業が持つ応用技術の間には、一定の距離があります。基礎的な技術を応用するには、その中間にある技術課題を解決するもう1つの技術が必要になるケースがあるのです。それを本書では「実用化のための中間技術課題」と呼びます。「hitoe®」のケースでは、東レの技術が中間技術課題の解決に役立ちました。これにより、製品化につながる「生体信号計測縫製技術」を開発できたわけです。

 逆に見ると、NTTが日本のモノづくりの常識では奇策とも言える「公募」という形を採り、オープンイノベーションで解決する決断をしたからこそ、用途を見出せず宝の持ち腐れになる可能性があったナノファイバー技術が日の目を見たと言えます。

 このように、両社が強みを持ち寄り、一社では不可能なことを可能にするのがオープンイノベーションです。NTTの公募が東レの技術を開花させ、東レの提案がNTTの技術を開花させました。この実現には、技術以前に、NTTのオープン化思考と、東レの担当者による「技術を活かしたい」という情熱と提案力があったとも言えるでしょう。

自社の強みを把握していたか

 東レがNTTに提案できたのは、ナノファイバー技術という自社の強みを把握できていたからです。一方で、NTTも繊維導電化の基礎技術を持ち、心拍データを計測して体調をモニタリングするところまでのノウハウを有していました。 NTTと東レは、お互いの強みに対して敬意を抱いていたそうです。だからこそ、対等に学びあう関係になれたわけです。

 NTTと東レは技術だけでなく、お互いのビジネス構造も学びあいました。例えば、NTTの人たちは繊維を活かしたウェアのコスト構造を知りませんでした。ウェアを製造する際の原価だけでなく、流通や在庫リスクなど、様々なコストがあることを東レから学びました。一方で、東レは生体情報計測技術を活かした製品を作ることはできても、その製品でサービスを展開するためのITシステムのコスト構造を知りませんでした。問い合わせ対応など、システムを運用するためのコスト構造をNTTから学びました。

 お互いの強みが明確になっているからこそ、相手から「何を学べるか」が明確になります。しかし、モノづくり企業の中には、自社の強み、特に技術的な強みを把握できていない企業が意外と多いのです。

<連載ラインアップ>
第1回 なぜソニーは、世界最強の「CMOSイメージセンサー」を開発できたのか
第2回 オープンかクローズか、過剰な「秘密主義」がモノづくりにもたらした限界とは?
■第3回 NTT×東レの機能素材「hitoe」、共同開発を実現させた“奇策”とは(本稿)
第4回 セブン-イレブンの「5度目の正直」、コンビニ淹れたてコーヒーを成功に導いた学びとは
第5回 新規市場開拓へ、フィリップス、ユニ・チャーム、LIXILが選んだ意外なパートナー企業とは?
■第6回 「ジャポニカ学習帳」のショウワノートと提携、廃業寸前の印刷所が生んだ奇跡の「おじいちゃんのノート」(7月11日公開)

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