オープンかクローズか、過剰な「秘密主義」がモノづくりにもたらした限界とは?

Everett Collection/Shutterstock.com
過剰な「秘密主義」になっていないだろうか?

 モノづくりビジネスにおいて、世界的に主流になりつつある「オープンイノベーション」。ところが日本企業では依然、全てを自社で行う「自前主義」から脱却できずに商機を逃すケースが多く見られる。本連載では『学びあうオープンイノベーション 新しいビジネスを導く「テクノロジー・コラボ術」』(古庄宏臣・川崎真一著/日経BP 日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集し、オープンイノベーションを円滑に進めるために心がけるべき他社との「コラボ術」について解説する。

 第2回では、オープンイノベーションを進め、成果を分け合うために必須となる企業のスタンスを考察する。

<連載ラインアップ>
第1回 なぜソニーは、世界最強の「CMOSイメージセンサー」を開発できたのか
■第2回 オープンかクローズか、過剰な「秘密主義」がモノづくりにもたらした限界とは?(本稿)
第3回 NTT×東レの機能素材「hitoe」、共同開発を実現させた“奇策”とは
第4回 セブン-イレブンの「5度目の正直」、コンビニ淹れたてコーヒーを成功に導いた学びとは
第5回 新規市場開拓へ、フィリップス、ユニ・チャーム、LIXILが選んだ意外なパートナー企業とは?
■第6回 「ジャポニカ学習帳」のショウワノートと提携、廃業寸前の印刷所が生んだ奇跡の「おじいちゃんのノート」(7月11日公開)

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成果を独占することが当たり前になってはいけない

学びあうオープンイノベーション』(日経BP 日本経済新聞出版)

 なぜ両者が勝者になるのは難しいのか。筆者の経験から考察すると、それは自前主義の延長上で「自分たちが成果を独占することが当然」と考えてしまうことに原因があります。頭では理解していても、根底にある自前主義の思想が変わっていないのです。自前主義のままでは、オープンイノベーションの相手と協力することはできません。

 これまでの日本のモノづくり企業は、ピラミッド構造によるビジネスを得意としてきました。つまり、どこか特定の企業がピラミッドの頂点となり、その企業から下請け企業に仕事が発注され、さらにその下請けへと発注される構造です。これが日本の高度経済成長期を支え、一糸乱れぬ強固なモノづくりを実現してきました。

 オープンイノベーションは、このような上下関係によるモノづくりとは根本的に異なります。複数企業が「対等な関係」で提携することに価値を見出すのです。しかし、多くの日本企業は、この「対等な関係」を基軸とするオープンイノベーションにおいて、各社の「立場」を理解してこなかったと考えられます。加えて「対等な関係」になれる相手と組んでこなかったことも考えられます。「対等な関係」になれる相手は、企業規模の大小とは関係ありません。

 大企業と中小企業が共同開発する場合、大企業側がピラミッドの頂点にいるという考えから、大企業側から中小企業側への委託開発という位置づけにするケースが見受けられます。その成果としての知的財産権は、委託した大企業側にすべて帰属させることが多いです。開発内容によっては、それが正しい場合もあるでしょう。

 例えば、特定の部品を製造するために大企業側がすべて設計し、中小企業側はそれに基づいて製造しただけなら、発明には該当しないかもしれません。この場合、それを製造するためのノウハウが中小企業側に残されるのであれば、必ずしも不平等とは言えないでしょう。しかし、特許を大企業側がすべて独占すれば、中小企業側は特許を持つその大企業のためだけにしか、部品を製造、販売できなくなってしまいます。

 大企業側に問題があるわけではなく、中小企業の方が「対等な関係」をあえて放棄しているケースもよくあります。その場合はよいのですが、しっかりと知的財産権の所有を考えている中小企業の場合では、大企業側が成果を独占する考えでいては、交渉はまとまらないでしょう。知的財産権を主張してくる企業ほどオリジナリティの高い技術を持っており、魅力的な解を導き出してくれる可能性があります。

 オープンイノベーションは企業規模に関係なく、お互いのアイデアを出しあい、自社だけでは解決できない問題の解を導き出すことに価値があります。半面、こうした成果を独占できないことは、オープンイノベーションの課題とも言えます。この成果配分をいかにうまく設計できるかが重要です。自前主義の思想でお互いに成果を独占しようとすれば、契約段階で交渉が決裂してしまうことは当然と言えるでしょう。

提携先のメリットを事前に考える

 オープンイノベーションで成果を適切に配分するためには、提携相手のメリットを考える必要があります。しかし、「何もかも自前で作る。外注はあり得るが、下請けに指示しているのも自分たちだ」と考える自前主義が強すぎると、「開発成果が自分たちに帰属するのは当然だ」と考えがちになります。

 技術者の中には、相手のメリットを考えるのが苦手だという人をよく見かけます。以下は極端なケースですが、実話です。

 A社は高い引張(ひっぱり)強度を持つ特殊な素材を開発しました。この素材は住宅用の建材に活用できる可能性がありました。しかし、まだ試作段階で改善の余地があり、その改善こそが特許になる可能性を秘めた領域です。

 そこで、住宅メーカーや建材メーカーに売り込む前に、改善ポイントを押さえるべく、住宅建材に詳しいBという大学教授に意見を求めることにしました。A社がこの素材を開発していること自体が機密なので、B教授には機密保持誓約書にサインをしてもらい、意見を求めました。その時のA社技術者とB教授とのやりとりです。

 B教授:「私が機密保持誓約書にサインをして、知見を話すことにどんなメリットがありますか?」

 A社技術者:「え?」

 A社はB教授のメリットを、全く考えていなかったのです。

 最初から住宅メーカーや建材メーカーに話さず、大学教授にアプローチしたところまでは正解です。詳しくは後述しますが、いきなり住宅メーカーや建材メーカーにアプローチすると、アイデアが漏えいするリスクがあるからです。アイデアの漏えいリスクは大学教授も同様ですが、メーカーとの違いは組織的な開発力の有無です。

 A社は自社の技術とアイデアを守ることのみを考え、B教授のメリットを全く考えていませんでした。こうした場合は、B教授との共同研究にする余地はないかなど、B教授側のメリットを先回りして考えておくべきだったのです。A社はその後、B教授のところを二度と訪問できなかったようです。

過剰な「秘密主義」になっていないか

 相手のメリットを考える余裕がなくなる背景には、自社の機密保持を最優先に考えてしまうことがあります。機密保持は重要であり、それを否定するつもりはありません。しかし、過剰な「秘密主義」は禁物です。自前で開発すればクローズドイノベーションとして機密性を確保できますが、それが限界にきているのが現代のモノづくりです。

 このように話すと、オープンかクローズの二択しかないように感じられるかもしれませんが、そうではありません。

 オープンイノベーションを推進するうえでは、必ずクローズ(守り)の領域があります。このクローズの領域を明確にすることが重要です。明確でないと、現場の技術者は安全性を真っ先に考え、「フルクローズ」に向かってしまいます。フルクローズではオープンイノベーションになりません。オープンイノベーションは、お互いにオープンの領域があり、そこでつながるイノベーションのことなのです。

 大事なのは、絶対に譲れない守り(クローズ)の部分を明らかにし、しっかりとした知的財産戦略を持つことです。オープンイノベーションとは、お互いが有する知的財産戦略のすり合わせです。知的財産戦略がなければ、当然ですが先へは進めません。

<連載ラインアップ>
第1回 なぜソニーは、世界最強の「CMOSイメージセンサー」を開発できたのか
■第2回 オープンかクローズか、過剰な「秘密主義」がモノづくりにもたらした限界とは?(本稿)
第3回 NTT×東レの機能素材「hitoe」、共同開発を実現させた“奇策”とは
第4回 セブン-イレブンの「5度目の正直」、コンビニ淹れたてコーヒーを成功に導いた学びとは
第5回 新規市場開拓へ、フィリップス、ユニ・チャーム、LIXILが選んだ意外なパートナー企業とは?
■第6回 「ジャポニカ学習帳」のショウワノートと提携、廃業寸前の印刷所が生んだ奇跡の「おじいちゃんのノート」(7月11日公開)

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