イトーヨーカ堂が「リテールメディア」事業を加速、「広告に頼らない」独自マーケティングに挑む理由

イトーヨーカ堂 リテールメディアプロジェクト ディレクター兼イトーヨーカドーネットスーパー 営業本部副本部長 望月洋志氏、イトーヨーカ堂 販売促進部 総括マネジャー兼リテールメディアプロジェクトリーダー 篠塚麻友実氏 (撮影:木賣美紀)

イトーヨーカ堂 リテールメディアプロジェクト ディレクター兼イトーヨーカドーネットスーパー 営業本部副本部長 望月洋志氏、イトーヨーカ堂 販売促進部 総括マネジャー兼リテールメディアプロジェクトリーダー 篠塚麻友実氏 (撮影:木賣美紀)

 ECサイトやアプリ、小売店舗のサイネージなどをメディアと捉え、顧客に商品の魅力を訴求する「リテールメディア」。イトーヨーカ堂は専門組織を設置し、リテールメディア事業への本格的な取り組みを開始した。2023年11月、書籍『小売り広告の新市場 リテールメディア』(日経BP)を出版したイトーヨーカ堂 リテールメディアプロジェクト ディレクター兼イトーヨーカドーネットスーパー 営業本部副本部長の望月洋志氏と、イトーヨーカド堂 販売促進部 総括マネジャー兼リテールメディアプロジェクトリーダーとして事業を推進する篠塚麻友実氏に、同社がリテールメディアに注力する理由、リテールメディアが急成長している米国市場と日本市場の違いについて聞いた。(前編/全2回)

■【前編】イトーヨーカ堂が「リテールメディア」事業を加速、「広告に頼らない」独自マーケティングに挑む理由(今回)
■【後編】メーカーと作る「リテールメディア」イトーヨーカ堂が「小売りの役割」を根底から見直す理由

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「脱クッキー」がリテールメディアの追い風に

──流通小売り各社がさまざまなリテールメディアを立ち上げています。なぜ今、リテールメディアが注目されているのでしょうか。

望月 洋志/イトーヨーカ堂 リテールメディアプロジェクト ディレクター兼イトーヨーカドーネットスーパー 営業本部副本部長

セブン&アイ・ホールディングス グループ商品戦略本部 ネットサービス開発 シニアオフィサー 兼 イトーヨーカ堂 商品本部 リテールメディアプロジェクト ディレクター 兼 イトーヨーカドーネットスーパー オペレーション本部 副本部長。電通グループで検索広告に従事。その後、セブンネットショッピングにてイトーヨーカドーのネットスーパーとネット通販の立ち上げを支援し、博報堂プロダクツ入社。大手流通グループのデジタルマーケティング支援や博報堂プロダクツのデータ分析組織の立ち上げ、スーパーマーケット向けのアプリ開発の社内ベンチャー立ち上げの後、食品卸の日本アクセスに入社しリテールDXの新規事業を担当。IT子会社のD&Sソリューションズの取締役共同CEOとしてリテールメディアのプラットフォーム事業を立ち上げた。23年10月1日より、イトーヨーカ堂とイトーヨーカドーネットスーパーにてシステム開発とマーケティングを担当。よりよいサービスの開発とリテールメディアの構築を見据えて事業を推進している。

望月洋志氏(以下敬称略) まず、「脱クッキー」というトレンドが挙げられます。これまでオンライン広告は、適切なユーザーに絞って広告を配信することで効果を上げてきました。しかし、ユーザーのプライバシー保護を強化する世界的な潮流が加速する中、ネット広告配信の根幹である「サード・パーティー・クッキー」が使えなくなくなり、広告配信の精度が低下しています。

 それに伴い、クッキーに頼らずに「顧客ID」を軸とした広告配信やマーケティングをしていかなければならない状況になってきました。だからこそ、顧客IDを豊富に持つ小売業界に注目が集まっているのではないでしょうか。

 リテールメディアが注目されるもう1つの背景に、プライバシーに配慮した形でマーケティングを展開できるようになったことも挙げられます。テクノロジーの進化によって、プライバシーに配慮しつつ精巧なマーケティングリポートを出せるようになってきました。

 前提として、お客さまはより安く良いものを買いたいと考えていますし、小売企業は商品の良さをお伝えしてお客さまに喜んでいただきたいと考えています。その双方を安価で安全に実現する技術が普及したことで、リテールメディアの市場が拡大しつつあるのではないかと考えています。

リテールメディアで売り上げを拡大する「米国の巨大EC」

──米国に目を向けると、世界最大のリテールメディア市場が急成長を続けており、2027年には現在の2倍以上に成長すると見込まれています。なぜ、米国のリテールメディアはこれほど急速に伸びているのでしょうか。

望月 米国にはアマゾンのような巨大なECマーケットがあります。彼らがリテールメディアを活用して売り上げを増やしているため、他の小売りも追随しているのだと思います。

 また、米国では大手小売企業が市場を寡占していることも、リテールメディア市場の急成長に一役買っています。例えば、米国の食品小売り業界は、大手企業による市場占有率が非常に高いことで知られています。

 日本では、2021 年時点の総合スーパーの上位4社の市場占有率は63.3%です。それに対して、同じ年の米国の「ハイパーマーケット」と呼ばれる大型スーパーのシェアは、上位4社が98.8%を占めます。つまり、米国のメーカー各社にとっては、大型スーパーを擁する大手企業と組むことが、ビジネスを飛躍的に成長させるカギとなるのです。

 こうした背景があり、大手小売企業のリテールメディアに広告を出稿するメーカーが増え、市場が急速に拡大しているのだと考えられます。

──では、市場の環境が異なる日本でリテールメディアを成長させていくためには何が必要でしょうか。

望月 日本は、大手小売企業が米国ほどマーケットシェアを占有していません。そのため、小売企業はメーカー各社が参画したくなるような仕組みを作る必要があると思います。

 また、米国とは異なり、日本の小売業界のEC利用率はまだ低く、市場全体に占めるECの取引額の割合を示す「EC化率」は10%未満です。日本の小売企業のウェブサイトというと、店舗情報などが掲載されたコーポレートサイトが一般的であり、お客さまがウェブサイトを見る目的は「店舗検索」か「デジタルチラシの閲覧」がほとんどです。オンラインストアのシェアが高い米国とは、小売企業とお客さまとの接点がそもそも違うのです。

 リテールメディアを十分に活用するためには、実店舗の売り場やECサイトの実情を踏まえたビジョンや戦略が必要です。店頭のサイネージなのか、タブレット付きのカートなのか、アプリ内の広告なのか、フリーペーパーのような紙媒体なのか、選択肢や組み合わせはさまざまです。いずれの場合においても、EC広告だけに頼らない、日本独自のリテールメディアのあり方を追求する必要があります。

メーカーと協業して「商品の良さを伝える」

──2024年3月、イトーヨーカ堂では「リテールメディアプロジェクト」が発足し、リテールメディア事業が本格始動しました。既にメーカーの広告出稿も行っているとのことですが、具体的にはどのようなプロジェクトなのでしょうか。

篠塚 麻友実/イトーヨーカ堂 販売促進部 総括マネジャー兼リテールメディアプロジェクトリーダー

2000年に入社、商品企画やEC事業を担当。その経験を活かし、2010年からは販売促進部にてホームページやデジタル広告、サイネージの業務を手掛け、2021年には販売促進部の総括マネジャーに。その後、2024年3月よりリテールメディアプロジェクトリーダーに着任。長年の経験と専門知識を活かし、リテールメディアにおいても常に新しい価値を創造し続ける。

篠塚麻友実氏(以下敬称略) 私は2010年より販売促進部の担当業務を行っており、2021年から総括マネジャーを務めています。さらに今年度からは商品本部直轄のリテールメディアプロジェクトのリーダーも兼務しています。

 販売促進の仕事を通して考えるようになったのは、お客さまのニーズが多様化する中で、お客さまに対する価値提供はメーカー様の営業ご担当や販促ご担当の方々と共に考えて取り組むことが極めて重要だということです。

 リテールメディアプロジェクトではお客さまを中心に据えて、メーカー様の課題を伺いつつ、協業しながら「お客さまにどのように情報を伝えていくか」「商品のよさが伝わるコンテンツとはどのようなものか」を共に考え、コミュニケーションをしていこうと考えています。

望月 篠塚が「お客さまを中心に」と申し上げた通り、あくまでも「お客さまの購買体験を良いものにするために、何ができるか」がリテールメディアの肝になると考えています。

 米国の大型スーパーの視察に行ったことがあるのですが、リアル店舗の中にリテールメディアがあふれているかというと、そんなことはありません。なぜかというと、そもそも米国の小売企業にとっての顧客接点はオフラインとオンラインが高度に統合されているからです。オンラインを使うお客様向けには、あくまでもお客さまのオンライン上の体験を起点として、メディアが展開されています。

 日本の小売市場は米国よりも、実店舗を利用するお客さまが多くを占めています。そういった意味では、店舗における体験をもっと良くすることも必要ですし、ECサイトでの丁寧なコミュニケーションも必要です。

 まずは現場の実態に合った日本独自のリテールメディアの形を模索することが、リテールメディアプロジェクトの役割になると私たちは考えています。

【後編に続く】メーカーと作る「リテールメディア」イトーヨーカ堂が「小売りの役割」を根底から見直す理由

■【前編】イトーヨーカ堂が「リテールメディア」事業を加速、「広告に頼らない」独自マーケティングに挑む理由(今回)
■【後編】メーカーと作る「リテールメディア」イトーヨーカ堂が「小売りの役割」を根底から見直す理由

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