メーカーと作る「リテールメディア」イトーヨーカ堂が「小売りの役割」を根底から見直す理由

イトーヨーカ堂 リテールメディアプロジェクト ディレクター兼イトーヨーカドーネットスーパー 営業本部副本部長 望月洋志氏、イトーヨーカ堂 販売促進部 総括マネジャー兼リテールメディアプロジェクトリーダー 篠塚麻友実氏 (撮影:木賣美紀)

イトーヨーカ堂 リテールメディアプロジェクト ディレクター兼イトーヨーカドーネットスーパー 営業本部副本部長 望月洋志氏、イトーヨーカ堂 販売促進部 総括マネジャー兼リテールメディアプロジェクトリーダー 篠塚麻友実氏 (撮影:木賣美紀)

 イトーヨーカ堂が「リテールメディア」事業に本格的に取り組み始めた。2023年11月、書籍『小売り広告の新市場 リテールメディア』(日経BP)を出版したイトーヨーカドーネットスーパー営業本部副本部長の望月洋志氏は、「リテールメディアを通して、日本中のメーカーのファンを増やしていき、お客様の購買体験を楽しいものにしたい」と語る。前編に続き、望月氏と、イトーヨーカ堂販売促進部総括マネジャー兼リテールメディアプロジェクトリーダーの篠塚麻友実氏に、イトーヨーカ堂が進めるリテールメディアプロジェクトの中身や、リテールメディアによって変わりつつある小売企業とメーカーとの関係性について聞いた。(後編/全2回)

【前編】イトーヨーカ堂が「リテールメディア」事業を加速、「広告に頼らない」独自マーケティングに挑む理由
■【後編】メーカーと作る「リテールメディア」イトーヨーカ堂が「小売りの役割」を根底から見直す理由(今回)

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リテールメディアが「デジタルで完結するとは考えていない」

──ECサイトやアプリ、店舗のサイネージなどをメディアと捉え、顧客に商品の魅力を訴求する「リテールメディア」に、流通小売り各社が取り組んでいます。前編では、2024年3月にスタートしたイトーヨーカ堂の「リテールメディアプロジェクト」立ち上げの経緯について聞きました。イトーヨーカドーネットスーパーでは、その一環としてフリーペーパー「ぽちたす」の発行を開始していますが、なぜ紙媒体を選ばれたのでしょうか。

篠塚 麻友実/イトーヨーカ堂 販売促進部 総括マネジャー兼リテールメディアプロジェクトリーダー

2000年に入社、商品企画やEC事業を担当。その経験を活かし、2010年からは販売促進部にてホームページやデジタル広告、サイネージの業務を手掛け、2021年には販売促進部の総括マネジャーに。その後、2024年3月よりリテールメディアプロジェクトリーダーに着任。長年の経験と専門知識を活かし、リテールメディアにおいても常に新しい価値を創造し続ける。

篠塚麻友実氏(以下敬称略) リテールメディアというと、デジタルサイネージやアプリを使ったデジタル広告をイメージされる方が多いと思います。しかし、私たちはリテールメディアがデジタルで完結するとは考えていません。「商品の良さをお客さまに伝える上で、どのような形が最適なのか」を軸に媒体を検討し、作り込みを行っているためです。

 フリーペーパー「ぽちたす」は「お客さまに楽しみながら情報に触れてもらうためにはどうすれば良いか」を模索して生まれた紙媒体です。クリエーティブのインパクト、情報量、読むことの楽しさは、紙だからこそ実現できることだと考えています。

望月洋志氏(以下敬称略) ネットスーパーを使った経験のある方は分かると思うのですが、画面上で一度に見られる商品が限られる中、たくさんの商品の中から欲しいものを探すことは大変です。売り場のように全体を見渡せて、何がお買い得かすぐに分かるという「買いやすさ」については、まだ実店舗の売り場が勝っています。

 リテールメディアを通じて、そうしたECの購買体験をもっと楽しいものにしたいと考えました。そこでメディアの候補として浮上したのがフリーペーパーです。紙だからこその一覧性、自由なデザイン表現を用いて、分かりやすさと楽しさを提供したいと思っています。

ポイントは「思わず買いたくなってしまう」こと

──フリーペーパーのコンテンツを企画・編集する上で、どのようなことを重視していますか。

望月 洋志/イトーヨーカ堂 リテールメディアプロジェクト ディレクター兼イトーヨーカドーネットスーパー 営業本部副本部長

セブン&アイ・ホールディングス グループ商品戦略本部 ネットサービス開発 シニアオフィサー 兼 イトーヨーカ堂 商品本部 リテールメディアプロジェクト ディレクター 兼 イトーヨーカドーネットスーパー オペレーション本部 副本部長。電通グループで検索広告に従事。その後、セブンネットショッピングにてイトーヨーカドーのネットスーパーとネット通販の立ち上げを支援し、博報堂プロダクツ入社。大手流通グループのデジタルマーケティング支援や博報堂プロダクツのデータ分析組織の立ち上げ、スーパーマーケット向けのアプリ開発の社内ベンチャー立ち上げの後、食品卸の日本アクセスに入社しリテールDXの新規事業を担当。IT子会社のD&Sソリューションズの取締役共同CEOとしてリテールメディアのプラットフォーム事業を立ち上げた。23年10月1日より、イトーヨーカ堂とイトーヨーカドーネットスーパーにてシステム開発とマーケティングを担当。よりよいサービスの開発とリテールメディアの構築を見据えて事業を推進している。

望月 前提として、チラシとは異なるクリエーティブにチャレンジしようと考えています。ここでのポイントは「買い物リストに入っていなかったけど、思わず買いたくなってしまう」というような企画や表現をいかにして形にできるか、だと思います。

 小売りの役割は、商品の魅力を発信することで「お客様と商品の出会いを最大化」することです。だからこそ、リアル店舗でもネットスーパーでも伝え切れていない、メーカー様の商品の良さをしっかりとお客さまにお伝えしたいと思います。

──これまでに、商品の良さをお客さまに伝えきれていない、と感じる機会があったのでしょうか。

望月 例えば、セブン&アイ・ホールディングスでは「セブンプレミアム」というプライベートブランドを持っており、その商品の1つ1つには作り手のこだわりが山ほど詰まっています。しかし、そのこだわりも売り場でお客さまに十分お伝えできていない、という課題感が以前から存在していました。

 そこで、商品部のメンバーや店舗のスタッフがPOPなどを作り、こだわりを店頭でお伝えしたことがあるのですが、それを見たお客さまが大変喜んでくださったことを覚えています。こういった体験をもっと増やしていきたいと考えたのがフリーペーパーの誕生につながりました。

 自社の商品ですら伝え切れていないこだわりがあるのですから、メーカーの皆さんにとってはなおさらでしょう。お客さまとメーカー様の商品の出会いを最大化する場としても、リテールメディアを活用していきたいと考えています。

──リテールメディアプロジェクトは商品本部直轄とのことですが、どのようなメンバーで取り組みを進めているのでしょうか。

篠塚 プロジェクトには商品部、販売促進、マーケティングのメンバーが集まっています。これまでは部署単位でそれぞれの業務を通してお客さまと向き合ってきましたが、今後はお客さまを中心に据えて連携して活動することになります。

望月 オンラインとオフラインにまたがるリテールメディアを開発・推進していくためには、商品部、店舗、システム部門など複数部門の協力が欠かせません。メーカー様との連携もあります。メーカー様内部の各部署で連携していただくことも必要でしょう。「部門横断」はリテールメディア成功のカギになるのではないでしょうか。

リテールメディアで「メーカーのファンづくり」に注力

──リテールメディアの取り組みが始まったことで、メーカーの担当者とのコミュニケーションは何か変わりましたか。

望月 フリーペーパーの制作をする中で「この商品の魅力は何ですか」という、商品の良さに関する話題が増えたと感じています。「取引上の利益をどれだけ出すか」というコミュニケーションから、「お客さまにとってのメリットは何か」を深く考えるようなコミュニケーションへ変わってきています。

篠塚 リテールメディアは顧客IDを軸にした自社のメディアですから、一過性ではなく継続してお客さまにアプローチできることが強みです。その継続的なアプローチによって「メーカー様のブランドや商品のファンづくり」に注力したいと思います。

 だからこそ、売り上げに加えて「いかにメーカー様のファンを増やせるか」も大事なKPIになると考えています。今後、メーカー様とは共に連携して1つの目的に向かう「パートナー」に近い関係性になるのではないでしょうか。

望月 ファンを増やすためには、これまで以上に私たちがメーカー様に寄り添う姿勢が求められると思います。メーカーの方々には「イトーヨーカドーのデータや店舗といったアセットを最大限に使ってマーケティングをしていきましょう」というお話をさせていただいています。リテールメディアは販促にとどまらない、広範なマーケティングの取り組みだと捉えています。

──リテールメディアによって目指す未来像はどのようなものなのでしょうか。

篠塚 お客さまに商品の良さを知っていただき、買い物体験がより良くなることを目指していきたいですね。そのためにもメーカー様と社内の双方に仲間を増やして、プロジェクトを成長させたいと考えています。

望月 私はセブンネットショッピングに在籍していた時代にバイヤーの故・藤巻幸夫さんに仕事を教わったことがあります。藤巻さんからは「日本にはこだわりを持ったたくさんのメーカーがある。そんなメーカーの商品を日本中から目利きをして仕入れて、お客さまに間違いのない商品をお届けすることがバイヤーの醍醐味であり、小売りの醍醐味なんだよ」と教わりました。このリテールメディアの取り組みを通じて、メーカー様のファンを増やしたいですね。

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