「余計なお世話」は顧客を減らす トライアルHD永田洋幸CDOが語る「店舗のメディア化」に大切なこと

トライアルホールディングス 取締役CDO 永田洋幸氏(撮影:内藤洋司)

トライアルホールディングス 取締役CDO 永田洋幸氏(撮影:内藤洋司)

 2023年、生成AI「ChatGPT」の登場が世界に衝撃をもたらした。だが、業界によっては生成AIの活用をまだ遠い未来の話と捉えているかもしれない。そんな中、「流通小売業に生成AIを導入するのは不可避」と語るのは、九州を拠点にディスカウントストアを展開するトライアルホールディングスの取締役CDO、永田洋幸氏だ。2023年12月、書籍『生成AIは小売をどう変えるか?』(ダイヤモンド社)を出版した同氏に、小売りの現場で生成AIを活用する上でのポイント、トライアルが現在進めている「リテールメディア」の取り組みについて聞いた。(前編/全2回)

■【前編】「余計なお世話」は顧客を減らす トライアルHD永田洋幸CDOが語る「店舗のメディア化」に大切なこと(今回)
■【後編】店舗運営にも人材育成にも、トライアルが重視する生成AI活用の考え方「レトロフィット」とは

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生成AIも「収益化」につながらなければ意味がない

──著書『生成AIは小売をどう変えるか?』では、日本の流通小売業がDXを進める上で、「データによる収益化戦略(Data Monetization)」が重要視される現状について解説しています。この言葉にはどのような意味が込められているのでしょうか。

永田 洋幸/トライアルホールディングス 取締役CDO

1982年福岡生まれ。米コロラド州立大学を経て、2009年中国・北京にてリテール企業向けコンサルティング会社、2011年米シリコンバレーにてビッグデータ分析会社を起業。2015年にトライアルホールディングスのコーポレートベンチャーに従事し、シード投資や経営支援を実施。2017年より国立大学法人九州大学工学部非常勤講師。2018年に株式会社Retail AIを設立し、現職就任。2020年よりトライアルホールディングス役員を兼任。

永田洋幸氏(以下、敬称略) 生成AIのような最先端のテクノロジーを使っても、実際の小売りの現場に導入されて、それが収益化に寄与しなければ意味がない、ということです。

 例えば、メディアの記者が取材をするならば、VRデバイスを使ってリモート取材をした方が効率的かもしれません。しかし、少なくとも私はそうした記者の方を見たことがありません。なぜだと思いますか。

──デバイスが高価な上、便利そうに見えても実際の取材で使うとなるとスムーズに使いこなせないかもしれないから、でしょうか。

永田 そうですよね。どんなに素晴らしいテクノロジーであっても、実際にデバイスを購入し、それで面白い記事を効率的に作れるかどうか、ひいては収益化につながるかどうかは未知数です。最先端のテクノロジーであっても、顧客であるユーザーのことを考えたものでなければ、市場に認めてもらえないのです。

 流通小売業に話を戻すと、一般消費者であるお客さまとのタッチポイントが重要な意味を持ちます。お客さまとのタッチポイントを第一に考えてテクノロジーを活用しなければ、話題の生成AIも単なる自己満足の道具になってしまうでしょう。

 一方で、成長著しい生成AIの活用に乗り遅れれば、厳しい競争を強いられることも確かです。だからこそ、小さな失敗や検証を繰り返しながら、生成AIの活用方法を模索しなければなりません。

店舗から顧客への「余計なお世話」を減らす

──では、顧客とのタッチポイントで生成AIを生かすには、どのような視点が必要でしょうか。

永田 生成AIの特性上、データなくして価値を生むことはできません。例えば、「明日の朝食はご飯とパン、どちらにしますか?」という二択のリコメンドでよいのであれば、生成AIもデータも必要ないでしょう。

 生成AIが役立つのは、お客さま個人の過去の膨大なデータを活用して、多数の選択肢の中から、その人の状況やライフスタイルに合わせた「適切な提案」を行う場合です。また、何百万人ものお客さまと日々接する流通小売業が在庫データを共有・分析することで、欠品・ロスの削減にもつなげることができます。

 さらに、小売業が生き残るためには、小売りの現場で取得できるPOSデータやID-POSデータの価値を最大化することが求められます。取得した顧客データをサプライチェーン全体で共有すれば、より効率的な流通の仕組みを構築できるはずです。例えば、自動発注の精度が上がったり、メーカー・卸・小売各社が共同で販売戦略を立案したり、顧客一人一人に最適な商品提案をしたりできるかもしれません。

──トライアルでは現在「リテールメディア」(店舗のメディア化)に注力していますが、ここでもデータ活用を進めているのでしょうか。

永田 トライアルでは店内のデジタルサイネージ、レジカート、会員アプリ、レシート、ホームページ、LINEアカウントといったあらゆるデバイスや媒体を「メディア」と捉えて、お客さまのデータを活用しながら情報を発信しています。

 リテールメディアを活用する上でポイントになるのが、店舗からお客さまへの「余計なお世話」を減らす試みです。広告の無駄打ちを防ぎながら、適切なメディアを通じて、適切な特典を提供できれば、お客さまは必ずロイヤルカスタマーになると考えているからです。こうした取り組みを通じて「つい手に取ってしまう」という購買を増やすことが、データによる収益化の実現につながると考えています。

 皆さんも経験があると思いますが、ウェブサイトや動画配信サービスで無理に見せられる広告ほど不快なものはありません。その企業や商品サービスに対する認知度・好感度を上げるどころか、不快な印象が残ってしまい、売り上げの低下につながるリスクすらあります。

 お客さまの時間を奪って必要としていない広告を強制的に見せても、良いことは何一つないのです。だからこそ、リテールメディアを展開する上では、お客さまに関するさまざまなデータを活用することで「広告の無駄打ち」を減らすためことが重要になります。

お客さまの行動分析から見えた「面白いこと」

──広告の無駄打ちを防ぐために、日々どのようなデータ分析をしているのでしょうか。

永田 お客さまが何を買ったかという「購買データ」に加え、どんな順番で店内を回っているかを示す「行動データ」の分析を行っています。

 お客さまの行動分析をしていると面白いことが見えてきます。それは入店してからの行動は人によって全く違う、ということです。青果売場から見る人もいれば、お酒売場や惣菜売場に直行する人もいるため、実にさまざまなのです。

 トライアルでは、定点カメラやセルフ決済機能付きのタブレットを備えたレジカートを活用して、購買データや行動データを可視化しています。データを通じて、これまで見えなかったもの見えるようになってくると、広告を配信すべきメディアが明確になり、お客さまごとに発信すべき情報や特典を変えることができます。

 例えば、お酒を飲まないお客さまにビールのクーポンを配信しても喜んでもらえません。一方で、その方が来店するたびに惣菜の唐揚げを好んで買っていることを把握していれば、対応は変わるでしょう。アプリや店内のショッピングカートのタブレット画面を通して、唐揚げの割引クーポンを直接お届けできます。お客さまの目線から見ても、好みではないビールのクーポンをもらうより、ずっと嬉しいはずです。

──リテールメディアのような取り組みは今後、リアル店舗をどのように変えていくのでしょうか。

永田 私たちが実現したいのは、リアル店舗をスマートフォンのような状態にすることです。スマートフォンはユーザーが使えば使うほどデータが蓄積されて、ムダ・ムラ・ムリといった非効率が減少し、ますます便利に使えるようになりますよね。

 トライアルでも、データを蓄積しながら生成AIで最適解を見いだし、リアルの店舗のアップデートを繰り返したいと考えています。トライアルでは、テクノロジーを活用することでリアル店舗をより賢く、進化させ続ける「SMART STORE TECHNOLOGY」を掲げ、日々さまざまな挑戦を続けていきます。

【後編に続く】店舗運営にも人材育成にも、トライアルが重視する生成AI活用の考え方「レトロフィット」とは

■【前編】「余計なお世話」は顧客を減らす トライアルHD永田洋幸CDOが語る「店舗のメディア化」に大切なこと(今回)
■【後編】店舗運営にも人材育成にも、トライアルが重視する生成AI活用の考え方「レトロフィット」とは

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