セブンより店舗少ない企業が買収提案できる事情

(撮影:今井康一)

これまで日本の消費者には馴染みがなかったが、最近、一躍知名度を上げたのは、カナダ発祥の北米でコンビニを運営する、アリマンタシォン・クシュタール(以下、ACT社)という、ちょっと言いにくい名前の企業ではなかろうか。セブン&アイ・ホールディングスへの買収提案で知られるようになったこの会社は、北米における店舗数2位の大手コンビニエンスストア運営企業である。

北米でも店舗数トップの日本の流通大手セブン&アイを、グループ丸ごと買収してしまおう、という壮大な案件であり、多くの人が驚いただろう。2位とはいえ、売り上げは約10兆円、その株式時価総額は、報道時約8兆円だそうで、セブン&アイの売り上げは11兆円超ながらも、時価総額では報道時5兆円弱なので、ACT社が企業価値でははるかに上回る。

規模で優るセブン&アイより企業評価が高いナゼ

その意味では、セブン&アイが買われる対象となるのは、不思議なことではないのだろう。この事案、セブン側が、企業価値評価が不十分と拒絶し、ACT社は8兆円相当の資金調達を準備中だとか、さまざまな情報が交錯している。またアメリカ独禁法や日本の外為法などの法規制との関連もあり、今のところ、その行方はまったくわからない。

本件の成否は置いておくとしても、ACT社はなぜ規模で優るセブン&アイを凌駕する企業価値がある、と評価されているのか、個人的にはそこが気になった。

企業価値の格差に関する前提として、セブン&アイが、グループ内に不採算事業を抱え、投資に見合った収益を上げられていない、という指摘をステークホルダーから受けていたことは、よく知られている。すでに売却したが、そごう・西武という不採算百貨店を抱えていたり、イトーヨーカ堂をはじめとする不採算のグループ会社を複数抱えているため、収益性が低く、市場からの評価が低いということである。

加えて、円安もセブン&アイの株価を割安にした。コロナ前110円前後だったドル円相場はピーク時に160円ほど、少しピークアウトした今でも140円台前半なので、3~4割は割安になっている。こうしたことがセブン&アイ買収提案の発端にはなっているが、そもそも、北米と日本のコンビニは店構えこそ似ているものの、同業とは思えないくらいビジネスモデルが異なっているのである。

日本型コンビニとは対極に位置するビジネスモデル

ACT社のコンビニは基本的にガソリンスタンド併設で、いわば砂漠における燃料と食料の補給所のようなイメージの店であるが、北米におけるコンビニビジネスはこうしたタイプが8割を占めるらしい。

次の補給所まで何時間もかかるようなハイウェイの売店は、極論すれば「食料と燃料は放っておいても言い値で売れる」のだから、収益が高くなるのも当たり前であろう。顧客がよそに行く選択肢がない状況で、優位な立場で商売を行うビジネスは、閉鎖商圏ビジネスと呼ばれ、昔から儲かる商売なのである。

セブン&アイの主力業態である日本型コンビニのビジネスモデルはまったくちがうということはご存じのとおり。世界最大の大都市圏である首都圏から発祥しているセブン-イレブンのキャッチフレーズは「近くて便利」である。密集した店舗網で顧客に近づき、商品の品質、サービスレベルの向上で来店を競う日本型コンビニは、本質的な利便性向上で来店動機を創り出す。

顧客にとってのコンビニエンスを追求し続ける日本型コンビニは、閉鎖商圏ビジネスである北米コンビニとは、ある意味対極に位置する、といっていいだろう。どちらが手間と費用がかかるかといえば、言うまでもなく日本型コンビニであり、同列に並べた場合、収益性で北米モデルに勝つことは困難かもしれない。

実は、閉鎖商圏ビジネスは日本のコンビニ業界にも存在している。JR東日本クロスステーションの運営する駅ナカコンビニ「NewDays(ニューデイズ)」である。利用者は駅構内に入った時点で、飲食料品を買いたければ、他の選択肢はほとんどない。この閉鎖商圏で商売するニューデイズの平均日販は、ローソン、ファミリーマートをはるかに凌駕し、業界トップの商品、サービスと誰もが認めるセブン-イレブンをも上回る。

閉鎖商圏ビジネスである駅ナカビジネス全般を運営する、JR東日本の2023年度流通・サービス事業が、売上高3794億円、営業利益540億円(営業利益率14.2%)と、リテールビジネスとしては高収益を維持しているのも、この閉鎖商圏を背景としているからである。

高速道路のサービスエリアの売店も似た構造

日本では、こうした駅ナカの他に、高速道路のサービスエリアビジネスが北米コンビニビジネスと似た構造であろう。過疎地におけるニーズ独占という意味では、北海道では圧倒的人気を誇るローカルコンビニ「セイコーマート」も過疎と冬期の移動制約を背景にした閉鎖商圏ビジネスという側面を持っている。

ほかにも、空港内やテーマパーク等のエンタメ施設内でのリテールビジネスなどが閉鎖商圏ビジネスといえるが、その市場は限定的であり、日本ではメジャーなビジネスモデルとは言えないだろう。

かつて、日本にも、閉鎖商圏と近い集客モデルで、消費者の移動制約を前提に一世を風靡した業態があった。それが総合スーパー業態である。高度成長を経て、日本にもモータリゼーションが全国に普及していくのが1980~1990年代だった。

この時代、地方でクルマが1家に1台普及していったのだが、当時のドライバーは男性が大半で、ファミリー層にとってクルマで買物というのは、「パパのいる土日に1週間のまとめ買いをする」という買物行動が主流となった。その際、ワンストップショッピングの受け皿となったのが、あらゆる商品を網羅した総合スーパーだ。これはドライバーが土日にしかいない時代の移動制約を背景とした、ある意味、過渡期の閉鎖商圏を前提とした隆盛であった。

その後、2000年代に買物の主役たる女性消費者が免許を持ち、軽自動車というパーソナルカーが普及すると、土日のパパドライバーは必須ではなくなった。機動力と選択の自由を得た女性消費者は、当時のロードサイドに勃興しつつあった各種専門店チェーン(ユニクロ、無印良品、ニトリ、ドラッグストア等々)のコスパを支持したため、総合スーパーの広く浅い平板な非食品売場は急速に衰退した。

移動手段などの制約を前提に来店動機を構成しているビジネスは、その制約が失われれば、競争力を失う。専門店集積であるショッピングモールにワンストップショッピングニーズの主役は移り、総合スーパーがどんどん減っている理由はここにある。

日本型コンビニ、スーパーは不要?

こうした閉鎖商圏ビジネスのことを考えながら、ACT社に話を戻せば、セブン&アイへの買収提案の狙いも見えてくるかもしれない。きっと、彼らは本音では、セブン&アイの北米事業しかいらない、のだろう。効率よい北米の閉鎖商圏ビジネスを拡大することが収益を極大化するのであり、その他の事業(日本型コンビニ、スーパーなど)は企業価値向上の阻害要因となりかねない。

その証拠に、8兆円あったACT社の時価総額は買収提案の公表後、市場が嫌気して12%程度下落した。ただ、セブン&アイの企業データを見てみると、これは今買うしかないだろう、と思えてくることも事実だ。

図はセブン&アイの時価総額と北米事業のデータを示したものだ。セブンの北米事業は2021年3位のスピードウェイを210億ドルで買収して、その事業規模、収益を大きく拡大した。特にACT社にとって重要なガソリン売上などは3倍以上になっている。

しかし、その後のセブン&アイの米ドルベース時価総額は、業績や円安等の要因から過去のピーク時400億ドルからほとんど変化していない。かつて、スピードウェイの獲得を競ったACT社からすれば、かなりお得に見えることは間違いあるまい。スピードウェイ三千数百店が210億ドルしたことを考えるなら、セブン&アイの北米事業1万3000店がまとめて手に入るなら、約8兆円(570億ドル、1ドル=140.00で計算)でも惜しくはないだろう(その他事業を売ればお釣りもくる)。

グローバルチェーンから買収提案を受ける

ただ思い返せば、そもそも、株主資本主義の論理が支配する米国市場に自ら飛び込んでいって、先に「喧嘩を売った」のは、セブン&アイのほうなのだ。ローカルな日本型コンビニ企業が、北米コンビニ市場のトップシェアを奪わなければ、この時期に、グローバルチェーンから買収提案を受けることはなかったであろう。

そう考えると、セブン&アイはこの問題を自ら招き寄せたということになる。ローカルトップ企業が、グローバルを取りにいくのには、こうしたリスクがあるということを再認識させられる事案でもある。

(中井 彰人 : 流通アナリスト)

ジャンルで探す