「念願の新規上場」も、先行きに課題山積のキオクシア

データ記憶用NAND型フラッシュメモリー世界3位のキオクシアホールディングスが、2024年10月に東京証券取引所での新規株式公開(IPO)を目指すと一斉に報じられた。同社は東芝から切り離された事業部門で、本来なら上場益が親会社の上場廃止を回避する「切り札」となるはずだった。

IPO時価総額を5000億円も切り下げたキオクシア

しかし、キオクシアは上場延期を余儀なくされ、東芝は上場廃止の憂き目にあう。念願の上場を果たすとはいえ、本来の目標でだった「親会社救済」に間に合わなかっただけでなく、今後の同社の事業展開にも課題が山積している。

キオクシアは2020年10月にも東証への上場を計画していたが、目標としていた上場時の時価総額2兆円に届かない見通しとなったため、上場を断念した。今回のIPOでは同1兆5000億円と目標を5000億円引き下げた。

キオクシアはもともと2017年に東芝の半導体メモリ事業が分社化され誕生した会社。米投資ファンドのベインキャピタルや韓国のメモリー大手SKハイニックスなど日米韓連合による2兆円の買収で、日米韓連合の特別目的会社が計56%を、東芝が41%を出資している。最大の出資者である日米韓連合にとっては今回の上場で「元が取れない」ことになる。

それにもかかわらず今回の上場での時価総額を1兆5000億円に抑えたのは、キオクシアの企業価値が大きく毀損(きそん)したことの証明と言える。2020年からのコロナ禍に伴う供給不足で一時は値上がりして利益が上がったものの、供給が正常化すると価格も落ち着いた。

2022年後半に入るとパソコンやスマートフォンの消費低迷により、業績が悪化。2023年3月期から2期連続の最終赤字を計上するなど、IPOが危ぶまれる事態に。2021年3月には米ウォール・ストリート・ジャーナルが「米半導体大手のウエスタンデジタル(WD)が、キオクシアに対するM&Aを検討している」と伝えた。

出資者は「損切りしてでも手仕舞い」を選択

経済産業省もWDとの経営統合に前向きとされ、一時はM&Aによる再建が有力視された。が、キオクシアに出資していたSKがWDとの経営統合に反対して頓挫。にっちもさっちも行かない状況が続いていた。

そこで再びIPOに舵を切ったわけだが、上場時点での時価総額を考えればキオクシアと出資者が損切りしてでも同社問題を手仕舞いする思惑で一致した可能性が高い。株価は高値圏に張り付いているが乱高下が続いており、今後、株価の暴落も懸念される。

キオクシアの業績もスマートフォンやパソコンの需要底打ちを受けて2024年4〜6月期の連結純利益は698億円と盛り返しているが、いつ需要が落ち込むかは分からない。

現在のタイミングを逃したら、さらに不利な状況でのIPOを強いられることになる。すでに2017年9月の日米韓連合による出資決定から7年が経過しており、金額的には不本意であってもここで踏み切るしかないとの判断が同社と出資者に働いたと思われる。

キオクシアの再建が混乱したのは出資者が多く、意思決定の統一に難航したからだ。当初、WDがキオクシアを買収しようとしたが、産業革新機構や投資ファンドの米ベインキャピタル、SKなどの日米韓連合に競り負けた。この連合が仇(あだ)となり、WDとの経営統合が実現しなかったのは前述の通りだ。

このあたりの顛末(てんまつ)は親会社の東芝と酷似している。東芝も自社の上場廃止を回避するため、2017年12月に第三者割当増資で約6000億円を調達した。その際にアクティビスト(物言う株主)が株主となり、その後の経営に影を落とすことになる。

次なる課題は「規模拡大のためのM&A 」

東芝は「船頭多くして船山に上る」状況となり、TOB(株式公開買い付け)によるアクティビスト外しにも上場廃止を忌避する社内の反発を受けて失敗。2022年4月に再建策を一般公募する事態にまで追い込まれ、経営が機能していないことを露呈した。

2023年3月に投資ファンドの日本産業パートナーズが2兆円の東芝買収案を提示。長引く再建に疲れ果てたアクティビストも受け入れたことから、東芝はTOBで同12月に上場廃止した。結局、アクティビストを招き入れてまで回避しようとした上場廃止に、散々な苦労と回り道をした末に追い込まれたのである。

キオクシアは株式市場から退場した親会社とは反対にIPOで再建に乗り出すことになるが、2023年第4四半期(10〜12月)のNAND市場でのキオクシアの売上高シェアは14.5%と、韓国サムスン(31.4%)、SK(20.2%)、WD(16.9%)に次ぐ4位に沈む。前年同期の2位から、わずか1年で2ランクダウンで、量産効果がものをいうメモリー業界では大きな懸念材料だ。

つまり、TOBで「キオクシア問題」が解決するわけではない。M&Aによる事業規模の拡大がセットになって、初めてキオクシアの持続可能な経営が可能になる。TOBで日米韓連合の影響力が低下すれば、SKの反対で行き詰まったWDとの経営統合が前進するとの期待はある。

だが、キオクシアの成長性に疑念を持たれれば、WDが提示する経営統合の条件は厳しくなりかねない。事実、株価高騰下での上場時の時価総額引き下げは、キオクシアの将来見通しに対する株式市場の厳しい評価を反映したものだ。

不採算工場の閉鎖や大幅な人員削減など、キオクシアや国内半導体ビジネスの復活を目指す経済産業省には受け入れがたい条件が突きつけられるおそれもある。キオクシアにとってIPOは「ゴール」ではない。新たな生存競争への「再スタート」なのだ。

文・糸永正行編集委員

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