進化したJR四国の振子特急、2700系「南風」の実力

吉野川沿いに高知をめざす「南風」。四国山地の隘路も振子にものを言わせて時速80km以上の駿足(三繩ー祖谷口) (写真:久保田敦 )
鉄道ジャーナル社の協力を得て、『鉄道ジャーナル』2024年11月号「2700系『南風』が象徴するJR四国の矜持」を再構成した記事を掲載します。

雰囲気を残しながら座席も設備も現代流に進化

今回の四国訪問のスタートは岡山7時08分発、2700系気動車特急「南風1号」に乗車した。

四国の特急列車といえば険しい線形をものともしない振子車両が思い浮かぶ。その看板車両だった2000系を置き換えたのが2700系だ。2019年1月に最初の車両が竣工、各種試験を経て同年8月に営業運転を開始した。最初は高徳線特急「うずしお」の一部に充当、9月から土讃線特急に運用を拡大している。四国のJR線はともすれば地味な印象を受けるが、鉄道経営には過酷な条件のもとで懸命の経営努力を重ねてきた様子の表れの一つが、この列車である。

岡山駅6番のりばに入ってきたのは高知方先頭1号車から2805+2780+2730の3両編成。1号車の2800形は半室グリーン車で、2・3号車の2750形+2700形は普通車。普通車コンビの2両編成に半室グリーン車を連結した組成と言える。1・2号車が指定席、3号車は自由席である。

2700系は、これに先んじて少数が作られた2600系や電車の新型車両として誕生した8600系と同様、2000系気動車や8000系電車から多くの世代的変化が見られる。

グリーン車の座席はレッグレスト付きで、気持ちよくリラックスできる。普通車座席でも座面がリクライニング機構と連動している。モバイル機器用コンセントは全席装備(8000系電車リニューアル車では指定席は全席、自由席は窓側のみ新設)、車いすスペースや大型荷物置き場も用意された。2800形に多目的室、2700形に多機能トイレがある。

逆に振り返れば、2000系世代ではこれらは標準装備ではなかった。トイレも、往時は「地方の実情」から和式と考えられていた点に時代を感じる。その一方、グレー基調のシンプルな内装や、土地の工芸を感じさせる座席生地などはこれまでを継承した印象だ。

四国フリーも購入できる「スマートえきちゃん」だが…

岡山を発車すると、JR西日本の宇野線区間は複線化された部分もあるが基本は単線のため、さっそく行き違いの運転停車がある。朝は列車が多いせいか、その後もやや抑え気味の走り方が続き、高性能エンジンを響かせての本格的な高速走行は、茶屋町から瀬戸大橋線の名に似合った複線高架の新線区間に入ってからとなった。

最初の停車駅の児島から先がJR四国の区間。鷲羽山トンネルを抜けて瀬戸大橋の上に飛び出す。朝の光に潮の流れがさざめき立ち、それこそ目が覚めるように美しい。鉄橋のトラス越しに大小の島、そして航行する船を眺めること約6分で四国へと渡った。

この際、児島着発に前後して筆者はスマホの「しこくスマートえきちゃん」を立ち上げた。これはJR四国が独自開発したスマホアプリであり、無料会員登録をするとウェブ上で近距離乗車券から自由席特急券、おトクなきっぷ、定期券まで買うことができ、チケットレスで乗車できる。

私が購入したのは「スマえき四国フリー」(1万8000円)で、3日間自由に乗降、特急自由席も随意に利用できる(指定席利用は別途特急券が必要。サンライズ瀬戸には乗車できない)。ウェブ販売だからどこでも買えて、四国内の駅で紙券に交換する必要もないから、岡山からダイレクトに入るにも好都合。ただ、他社区間はカバーしていないので、東京―児島間は別途ふつうに往復乗車券を用意しなくてはならず、新幹線特急券や岡山―児島間の自由席特急券を買う手間がいるのは煩わしい。

児島よりJR四国のエリアに入り鷲羽山の下を抜けると雄大な瀬戸大橋。最初の吊橋は下津井瀬戸大橋(写真:久保田敦 )

「しこくスマートえきちゃん」はJR四国の駅や列車内の随所で宣伝されている。座席の背面テーブルにも「JR四国列車運行状況」「土佐くろしお鉄道情報」「四国の観光情報はこちら」などと合わせてQRコードのステッカーが並ぶ。

一方、その下の網ポケットには「特急南風の指定席はネット予約の5489で!」と、案内が差し込んである。小さな所帯のJR四国は、JR西日本のシステムに相乗りしているのだ。主要区間の値段も載っているが、チケットレス特急券は通常の紙切符より少し安く、さらにJR西日本のJ-WESTカード会員だと自由席の価格を下回る。そのようにネット販売に誘導して駅や車内での発券を減らし、省力化につなげてゆく時流の施策が伝わってくる。

番の州高架橋から雄大なカーブを描いて宇多津に到着すると、高松発の「しまんと3号」が渡り線を通って後部に入線。2755+2707のモノクラス2両編成を「南風」の後部に連結した。号車番号は4・5を飛ばして6・7号車である。

丸亀で「あかいアンパンマン列車」編成の「南風2号」とすれ違い、都市の景観を離れて多度津からは単線の土讃線に進む。善通寺に続いて琴平に停車する。

2000系の1.36倍のハイパワーで四国を横断

土讃線はこれより非電化区間となって山間に分け入り、まずは吉野川流域へと讃岐山脈を越える。速度は平坦区間の時速120km台から時速80kmに近い時速70km台まで下がるものの、25パーミル勾配に右へ左へ半径300mの曲線が絶え間ない中を振子を駆使して突進する速度感は、決して遅いと言えたものではない。

各車2台装備するエンジンは、1基あたり331kWで馬力の数値は450PS。2000系(330PS)の1.36倍、N2000系(350PS)の1.28倍という高出力だ。このエンジンのパワーアップにより発車時の加速が一段と鋭くなっており、平坦線ではわずか60秒で時速100kmに到達する。高速域の加減速の反応もひとしおで、新幹線接続列車として必須の定時ダイヤの維持に貢献している。県境のトンネル内の直線はすかさず時速100kmオーバーに持ち込む。下り勾配は排気ブレーキが唸る。

その一方、最新の振子車両であるJR西日本の新型「やくも」273系は、曲線進入進出時の振子動作のズレを完全に解消する「次世代振子システム」を採用したが、誕生が5年早い四国の2700系は従来タイプの制御付き自然振子である。双方ともの開発者である鉄道総研によると、2700系を製造した当時、次世代振子は残念ながらまだ最後の課題をクリアできていなかったためであるそう。

「阿波の青石」と呼ばれる変成岩が荒々しく露出する様子を見て渡る第二吉野川橋梁。これより土讃線の景勝区間をたどる (小歩危ー大歩危)(写真:久保田 敦)

進行右手眼下に吉野川を挟む街を見下ろしながら箸蔵を通過。「しまんと4号・南風4号」の5両編成が運転停車していたが、こちらは速度を下げない。振子と合わせた高速化メニューの中で多くの駅を一線スルーにしているので、ともすれば駅通過に気付かぬほどスムーズだ。

急勾配を迂回するU字ルートの底で吉野川を渡って徳島線合流の佃を通過。しばし高速を蘇らせてから一気に減速すると、阿波池田に到着する。ホーム対面に徳島行き特急「剣山4号」が待っている。4分接続の見事なダイヤだ。

東西にゆったり流れる吉野川が南北に向きを変えると、いよいよ中流域の四国山地横断区間。急流が飛沫を上げる小歩危から大歩危へと峡谷の車窓が続く。「南風1号」での通過時間帯はまだ早いが、日中になればラフティングのゴムボートも見られる。窓に額を近づければ、尾根付近まで農家が点在する険しい山村風景が広がる。

並走する高知自動車道は時間・価格両面で脅威

大歩危に到着すると「きいろいアンパンマン列車」と行き違った。祖谷渓への観光拠点でもあるが、駅としては駅員無配置である。次の停車駅は吉野川の本流から分かれた大杉。列車は5両だが、それでも1号車はホームにかからずドア締め切りとなる。

深い山中のこと、トンネルが多く、駅間では外でもスマホが「圏外」を表示する。だから2000系の時代までは車内のネット環境も芳しくなかったが、新型の2600系・2700系においては登録制でフリーWi-Fiが利用できる。ただ、“サクサク”動作する…とは言いがたい。

過酷な線形をものともしない走りっぷりはなお続くが、大杉からは四国中央市の川之江からほぼまっすぐ南下してくる高知自動車道と並行する。高速道路は高知まですべて四車線で通じている。法定速度での計算では岡山―高知間(IC間)は2時間を要さない。ハンドルを握れば実際は…。

また、岡山駅―高知駅間の高速バスを調べると4100円で列車の運賃分(3740円)とさほど変わらず、特急料金分(2530円)が差となる。列車側も対抗手段の企画きっぷがあり、高知側からは「岡山指定席トク割きっぷ、岡山側からは「e5489専用高知観光きっぷ」が検索できたが、どちらも指定席、かつ会社を跨るので「スマートえきちゃん」では引っ掛からなかった。簡単に安い運賃が出てくる高速バスに比べ探し回るのには手間暇がかかる。

四国最高所駅の繁藤から一気に下って空が開けてくると土佐山田。地方の市街地の景観としては阿波池田以来、平野の広がりを感じる地としては琴平から1時間半ぶりとなる。時速130km近いトップスピードが蘇り、さらに下って太平洋岸の雰囲気に接するのが後免である。

ここまで来ると田園と家々が混在する都市郊外の風景が広がり、コンパクトな高知の車両基地をかすめると、ほどなく特徴ある木造ドームの上家を架けた高架駅高知に到着した。時刻は9時39分。1番線に入ると、2番線には12分接続で出る「あしずり1号」の2000系2両編成が停車している。

(鉄道ジャーナル編集部)

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