建設業の深刻すぎる「人手不足」解消に必要なこと

(写真:papilio/PIXTA)

建設工事のコストが、資材価格の高騰や労務費アップで上昇している。今月1日には建設労働者の処遇改善を促進するための改正建設業法などが施行され、元請け事業者は著しく低い労務費で下請け業者に注文することが禁止となり、一段の労務費アップが予想される。

この先も高齢化の進展とともに人手不足が一段と深刻化するのは間違いない。その対策として建設労働者の処遇改善が進められているが、ここに来て建設コストの上昇が建設需要の押し下げ要因になっているとの見方も出ている。

建設労働者の処遇改善を進めながら、いかに建設コストを抑えるのか。ITやAI、ロボットなどを活用して労働生産性の向上を図るとともに、建設業のビジネスモデルを変革し、建設生産システム全体の効率化を進める必要があるだろう。

参考になるのは、建設業と同様に人手不足問題が深刻な物流業界だ。国は2040年を目標に物流の構造改革をめざす「フィジカルインターネット・ロードマップ」を2022年3月に策定し、共同配送やデータ連携などの取り組みを進めている。建設業でも、従来の一括請負方式の生産システムを見直していく必要があるのではないか。

建設業のビジネスモデルが抱える課題

国土交通省が8月末に発表した2024年度の建設投資見通しは前期比2.7%増の73兆0200億円となり、うち土木を除く建築投資は同2.0%増の47兆2100億円と5年連続の増加となった。

2015年度から建築補修工事の投資額が加わった影響もあるが、補修工事を除いた建築投資額で見ても、建築着工床面積が減少傾向にあるにもかかわらず、5年連続で増加すると予想。建設コストの上昇が建築投資額を押し上げている構図だ。

建設業のビジネスモデルは、発注者から工事依頼があると一括請負で受注生産するのが基本。誰から工事発注があっても受注機会を逃さないように、元請け事業者は一定の技術者を抱え、施工体制を整えてきた。

公共工事では発注見通しが事前に公表されるが、民間工事では、いつ、誰から、どれくらいの規模の工事が発注されるかはわからない。元請け事業者は技能労働者を直接雇用せず、受注量に合わせて下請け事業者から調達する現在のビジネスモデルが定着してきた。

1990年代までは建設需要が拡大し、労働人口も増えて供給側も十分な施工能力を確保できた。しかし、2000年代に入って建設需要の減少に合わせて建設技能労働者が減少し、従来の一括請負型のビジネスモデルでは、需要の変動に供給側が柔軟に対応するのが難しくなってきている。

トラックドライバーが不足する物流業界の取り組み

物流業界でもドライバーの時間外労働規制が2024年から導入され、輸送能力不足が顕在化する懸念が高まっていた。経済産業省は2021年に「物流のあるべき将来像」を検討するため「フィジカルインターネット(PI)実現会議」を設置した。

PIの原型は、1980年代に米GMとの合弁工場にトヨタ自動車が持ち込んだ物流システムと言われる。それをキッカケに欧米ではサプライチェーンに関する研究が進み、2010年頃に研究者らによってPIの概念が提唱され、欧州では2013年に専門機関も設立されて取り組みが始まっている。

ロードマップでは、2027年にトラックドライバーが24万人不足し、2030年には約36%の荷物が運べなくなるなどと予測。ドライバーの賃金アップと働き方改革で人材確保を図りながら、物流システム全体の効率化を進める道筋を示した。積載率40%のトラック輸送効率を高める共同配送の推進、荷待ち時間削減に向けて荷物をまとめるパレット(荷台)の標準化、物流施設での自動搬送ロボットの導入やトラックバース予約システムの普及などを進めていく。

今年4月に成立した改正流通業務総合効率化法・貨物自動車運送事業法では「荷主」に対して物流効率化に取り組む努力義務が課せられ、一定規模以上の特定荷主には「物流統括管理者=CLO(チーフ・ロジスティック・オフィサー)」の設置も義務付けられた。

今後はPIの実現に向けて、企業や業界を横断して共同配送を実現するシェアリングルールの確立、多種多様な物流データの業界横断プラットフォームの構築、自動運転トラックやドローンなどの実用化などに取り組んでいく。

建設業でも、10年後、20年後を予測して「あるべき将来像」を模索する必要があるだろう。建設生産システムの効率化を進めることを建設業界だけで実現するのは難しい。物流では国が「荷主」に努力義務を課したように、建設でも「発注者」が重要な役割と責任を果たす必要があるだろう。

コンビニ店舗の工事はITを活用

JM(大竹弘孝社長)は、25年前から建物の小口修繕サービスを提供しているが、事業化のきっかけはセブン-イレブン・ジャパンの鈴木敏文会長(当時)への提案だった。2001年から全国約9000店(当時)の建物診断サービスを展開し、店舗の施設・設備が不具合なく、営業が継続できる状態を維持できるように保守メンテナンスを行ってきた。

その後、日産自動車・出光興産・佐川急便など多くの企業と業務提携し、建物の保守メンテナンスや小規模工事を展開。電気自動車の販売に欠かせない充電器の設置では、日産と提携して、設置基準を定め、メルセデスベンツ・BMWなどとも提携している。

最近ではPPP(官民連携)プロジェクトとして静岡県の函南町・伊豆の国市の河川公園の受託や、埼玉県鴻巣市・ふじみ野市・和光市・静岡県伊豆市・愛知県豊明市・宮崎県宮崎市・東京都国立市などの公共施設の包括管理の受託も増えている。

JMのビジネスモデルは、物流分野で活発化している共同配送の考え方を先取りしたものと言えるだろう。コンビニ店舗では、建物の保守メンテナンスに加えて、商品やサービスの入れ替えなどで設備や店舗レイアウトの改修工事が発生する。そのたびに工事見積もりを取って施工業者を選定し、全国の店舗でスケジュール通りに工事を実施するのは管理が大変だ。

企業はJMの保守メンテナンスのプラットフォームを共同利用することで、計画的に施設の維持補修を進めやすくなる。JMでは登録している技能労働者を適切に配置することで工事の効率化を実現できる。技能労働者は安定的に仕事が発注されることで安定した賃金が得られる。JMでは、このプラットフォームを最先端のITを活用することで実現、進化させてきた。

これまでもJMと類似したサービスはいくつも登場してきたが、成功した事例は少ない。その理由は、発注者側に「一括請負方式での工事発注は便利で手間がかからない」との意識が抜けず、新しいサービスを育てて上手く活用する戦略が欠けていたからではないかと筆者は考えている。物流分野で新たに導入されるCLOのような役割が「発注者」にも今後は求められるのではないか。

大工不足にどう対応していくのか

建設業では、サービスの共同利用にとってカギを握る標準化の取り組みも遅れている。日本の木造建築では「在来軸組工法」と呼ばれる標準工法が広く普及し、大工の多くが標準工法で育てられてきた。しかし、戦後の住宅不足でプレハブメーカーが続々と誕生し、各社が独自工法を開発。さらに米国の標準工法である「2×4工法」も導入され、工法が乱立する状況になった。

独自工法で住宅を建設するプレハブメーカーでは、積水ハウスが大工不足に対応するため、直接雇用で社員大工を育て始めているほか、旭化成ホームズでもつくば市の研修センターで大工の育成に力を入れるなどの対策を講じている。しかし、どの工法にも対応できる技能労働者を育成するのは、労働者側の負担が重いし、効率的とは言えないだろう。

大和ハウス工業では、住宅事業をテコ入れする柱として戸建て分譲事業の強化を図っているが、同社が得意とする鉄骨工法ではなく、在来軸組工法を採用することで外部の施工能力を活用していく戦略だ。子会社の大和ラスティックを通じて工務店などを協力業者に取り込むのに加え、在来軸組工法で住宅事業を展開する「オープンハウスグループなどに協力を要請した」(取締役常務執行役員 住宅事業本部長・永瀬俊哉氏)。

「グループ会社のオープンハウス・アーキテクト(OHA)に協力要請が来ているのは事実。前向きに検討している」(オープンハウスグループ広報)という。OHAは、ハウスビルダーのアサカワホームを2015年に連結子会社化してから社名変更。オープンハウスグループでは、年間約1万3000棟の住宅を販売しているが、うちOHAが約5300棟を供給している。

国内の新設住宅着工戸数は、戸建ての持ち家、分譲とも前年割れが続いている。人口減少に伴い、今後も戸数の減少が見込まれるだけに、事業規模を維持するために、製造業のOEM(相手先ブランドによる生産)のような手法が建設業でも広がっていくと考えられる。

さらに、在来木軸構法で自由設計された戸建て住宅を工務店などから受託生産する企業も登場している。2018年創業のウッドステーション(本田高浩代表取締役)は、ITを活用して住宅の躯体(スケルトン)部分を大型パネル化し工場生産することで、大工など技能労働者の現場作業を大幅に削減する工業化手法を開発。2023年からは住宅の内装(インフィル)部分の大工工事を最小限にして低価格化を図った「ハーフ住宅」の提供も開始した。

ウッドステーション「ハーフ住宅」内装(写真:筆者撮影)

同社に出資するYKK APの魚津彰社長は「これまでは大工工事を削減するメリットが価格に反映できていなかった」とみているが、今後、大工不足が進み、労務費が一段と上昇すれば、同社のプラットフォームを共同利用するメリットは高まっていくだろう。

マンション建設では、10年以上前から施工能力が高い長谷工コーポレーションに工事が集中する傾向が強まっている。住宅のリフォーム工事でも、2015年創業のトップリフォーム(永井良社長)が優秀な職人のネットワークを構築し、国際品質規格ISO9001を取得して、大和ハウスや積水ハウスなど大手ハウスメーカー、コメリなどのホームセンターなどからリフォーム工事を受託して事業規模を伸ばしている。

「建設キャリアアップシステム(CCUS)」がカギ

今後も建設技能労働者の減少が見込まれるなかで、物流のフィジカルインターネット(PI)がめざす輸送能力の共同利用を、建設分野でどのように実現していくか。

そのカギを握るのは、2019年に導入された「建設キャリアアップシステム(CCUS)」だろう。当初はなかなか普及が進まなかったが、2024年6月時点で146万人を超える技能者が登録し、3人に1人以上が利用するようになった。職種別の登録状況を見ると、とび職、鉄筋工、鉄骨工・橋梁工、型枠大工などは登録率100%を超えているが、大工は7.3%にとどまっている。

CCUSは、技能労働者の処遇改善を実現するためのツールとして民間事業者が費用を負担して導入された。ゼネコンの建設現場では入退場ゲートに顔認証システムを設置して、職人の就労状況を管理することも珍しくなくなった。住宅などの小規模現場での活用は進んでいなかったが、ここに来て当初はCCUSに消極的だった住宅業界でも登録する動きが出てきているという。

建設業界でも、技能労働者の情報がオープンになると、優秀な人材を引き抜かれるなどと懸念して、CCUSの利用に後ろ向きの声も少なくなかった。しかし、労働者不足が深刻化な地方の公共工事発注や災害復旧などではCCUSを、技能労働者を適正に配置するためのプラットフォームとして活用していくべきだ。さらにCCUSを活用しながら技能労働者を計画的に育成し、欧州のように技能労働者を相互利用していく仕組みを構築していくことも必要だろう。

今後、ますます深刻化していく建設業の人手不足をいかに解決していくのか――。その構想力が求められている。

(千葉 利宏 : ジャーナリスト)

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