80年代女子プロ描く「極悪女王」に思わず流れる涙

極悪女王 鈴木おさむ

©Netflixシリーズ「極悪女王」(9月19日(木)Netflixにて世界独占配信)

今年だけでも『地面師たち』『シティーハンター』などオリジナルドラマ、映画で話題作を生み出しているNetflix。

いまじわじわとSNSを賑わせている『極悪女王』(9月19日から配信)は、そんなNetflixの次なるヒット作になること間違いなしの渾身作になっている。

ゆりやん、唐田えりか、剛力彩芽らが出演

本作は、企画・プロデュース・脚本をヒットメーカーの鈴木おさむ氏が手がけ、バイオレンスやノワールの名手・白石和彌監督が演出を務める。メインキャストは、エキセントリックな芸風で知られる芸人のゆりやんレトリィバァ、私生活が話題になった唐田えりか、剛力彩芽だ。

鈴木おさむ氏らしい“狙い”を感じるキャスティングだが、まさにその期待どおり。劇中の彼女たちは、組織や世の中に抗い、自身の信念とプライドのために文字どおり体を張って水着姿で闘う。その姿は、後ろ指をさされることもあったであろう彼女たちが女優活動で奮起する姿とも重なる。

そんな本作は、夢に向かって懸命に生きる若き女性たちのプロレスアクション満載の群像劇と、貧困から抜け出し、史上最恐と呼ばれる悪役レスラーの道を歩んだ少女が自分の居場所を見つけるまでの苦悩と葛藤の人間ドラマが並行して描かれる。

ラストは感涙必至。激動の80年代を必死に生きた彼女たちのすべてが凝縮されたシーンに、さまざまな感情が押し寄せる。彼女たちの姿をどういう気持ちで見ればいいのかわからなくなるなかで、自然と涙があふれる。

自分たちのすべてをかける彼女たちの輝く姿に、自らの人生を振り返る視聴者も少なくないだろう。そんな、激しく感情を揺さぶられる人間ドラマになっているのだ。

物語の舞台は、空前の女子プロレスブームが沸き起こった80年代。ジャッキー佐藤(鴨志田媛夢)とマキ上田(芋生悠)のビューティ・ペアや、長与千種(唐田えりか)とライオネス飛鳥(剛力彩芽)のクラッシュ・ギャルズは、レスリングだけでなく、リング上で歌って踊ってレコードデビュー。ドラマなどテレビ番組にも出演し、国民的アイドルになった。

一方、ダンプ松本(ゆりやんレトリィバァ)は、クラッシュ・ギャルズの宿敵であるだけでなく、日本中を敵に回してリング内外で大暴れする。もともとジャッキー佐藤に憧れて女子プロレスの門をたたき、当初は「優しすぎて悪役には向かない」と言われていたひとりの少女・松本香は、いかにして日本史上もっとも有名なヒール・ダンプ松本へと変貌したのか。

物語の前半は、正統派プロレスラーとしての成功に憧れながらもクビ寸前だったダンプ松本が悪役に転身するまでを、貧困家庭でDVを受けていた幼少期から描く。

そして後半では、スターへと駆け上がる長与千種、ライオネス飛鳥ら同期の仲間たちとの確執と闘い、友情のなかに生じる、さまざまな代償や葛藤を抱えながらダンプ松本がヒールとして成り上がっていく様を描く。

極悪女王 鈴木おさむ

©Netflixシリーズ「極悪女王」

同時に、彼女の家族との衝突や、時間を重ねながら少しずつ変化していくその関係性にも踏み込み、ダンプ松本の激動の半生を立体的に映し出している。

80年代を熱狂させた女子プロ

本作が描くのは、自分の夢や目標のために一生懸命に生きる女性たちの姿だ。プロレスのアクションドラマのように思われがちだが、その裏にある人間ドラマが本筋になる。

テレビで毎週生中継されるプロレスは、80年代のエンターテインメントのメインストリームのひとつだった。そこで闘う選手たちは、子どもたちのスターであり、手に汗握る熱戦は大人たちも熱狂させた。

もちろん、当時もドラマや映画、舞台といった娯楽はある。それでも、生身の人間同士が激しくぶつかり合い、血と汗と涙と絶叫が飛び交うプロレスが生み出す熱気や、そこから伝わる気迫のようなものは、社会を熱狂させた。

ひと握りの才能が生き残るプロの世界。その裏には、プロレス試合の体のぶつかり合い以上に激しい、ヒリつくような女性同士の意地とプライドの衝突がある。そして、そこは実力だけの世界ではない。

プロレスは、興行として成功させなければ、団体が存続しない。そのために、テレビ放送には絶大な影響力がある。プロレスの成功に不可欠なのは、スポンサーやテレビ局であり、彼らが求めるのはスターの存在だ。

だからこそ、試合の勝ち負けには政治的な力関係が働くこともあり、選手たちの間にはさまざまな鬱屈や屈折も生まれる。そして、スターは時代とともに移り変わっていく。そこには激情の人間ドラマが渦巻いている。

嫉妬や苦悩、葛藤しかない舞台裏

当時のスターだったジャッキー佐藤を破って、団体のトップに立ったジャガー横田(水野絵梨奈)は、クラッシュ・ギャルズの人気が出てくると自身の立ち位置が危うくなる。団体がクラッシュ・ギャルズをフィーチャーしようとするなか、自分は「かませ犬ではない」と横田が反発するシーンがある。

また、もともと正統派のプロレスラーを目指していた松本香は、同期であり親友の長与千種と研鑽を積んできたが、松本はまったく芽が出ない一方、長与はスターとしてどんどん大きくなっていく。そんななか、ある出来事がきっかけになり、松本はヒールの道を突き進むことになる。

そんな彼女たちの内面には、激しい嫉妬や苦悩、葛藤にあふれている。どんなに悔しくて苦しくても、ときにはプライドを捨てるしかない。それでも歯を食いしばって一生懸命に生きていく。

極悪女王 鈴木おさむ

©Netflixシリーズ「極悪女王」

テレビ放送のゴールデンタイム枠で、血みどろの女性たちが闘うプロレスの流血試合が生中継されていた時代に、社会や組織、自身のプライドと闘いながら、必死に生きた女性たちがいる。

そんな女性たちの生き様を赤裸々に映すから、その映像にはとてつもなく大きな引力がともなう。

本作には、多くのプロレスシーンがある。5年を費やした制作準備期間のなかで、女優陣はプロレス道場に入門し、体作りと技の練習に明け暮れた。その結果、プロレスシーンの99.9%が吹き替えなし。それぞれが演じた当時のレスラーたちへの感情移入もあり、熱い思いがこもった撮影になった。

身も心もこの作品に投じた唐田えりかは、撮影を振り返り「私にとって本作はこれからの人生を考えたうえでの挑戦であり、覚悟のひとつでした。もし、この作品に出合えていなかったら、自分はどうなっていただろう……。自分はまだまだがんばれる、がんばらなきゃいけないと思わせてくれた現場でした」と配信記念イベントで涙を流した。

ゆりやん「自分のボーダーを超えられた」

ダンプ松本を体型から体現したゆりやんレトリィバァは「これまでの殻を破って、自分の感情と向き合えたことに感謝するばかり。いままでは、自分のなかのボーダーラインを超えて感情を表に出すことができませんでした。この作品に出合って、自分がボーダーを超えられることも、その超え方も、引き出してもらいました」と熱く語っている。

極悪女王 鈴木おさむ

©Netflixシリーズ「極悪女王」

一方、総監督を務めた白石和彌氏は「これまでにいろいろな作品を作ってきましたが、死ぬ前に見る作品は『極悪女王』だと思います」とまで語るほど思い入れの強い作品であることを明かした。

そんな熱量が存分ににじみ出る、エネルギーにあふれた作品なのだ。

レスラー役の女優たちの熱演が光る本作だが、そんななかでひと際、存在感を放っているのが、プロレス団体運営者のひとりを演じた斎藤工だ。

80年代の興行者のうさんくささを見事に体現し、いまの時代から見た滑稽さを巧みに演出している。とくに前半とは印象が変わる後半の怪演ぶりは、思わず笑ってしまうほどのインパクトがある。本作のキーマンでもあるだろう。

そんな彼のセリフが本作のテーマを伝えている。

「実力でトップが取れるならアマチュアと一緒。実力以上の魅力がないとプロの世界のトップは務まらない」

そんな世界を必死に生きた彼女たちの感情には、現代人も共感できる普遍的な要素が多いと感じる。時代は変わっても、誰もが社会で生きるなかで、何かしらの悩みや葛藤を抱えている。彼女たちのなかに、自分自身の姿を見ることがあるかもしれない。

ラストシーンでは涙が自然に出てくる

彼女たちの闘いにいつのまにか引き込まれて、感情移入しながら物語に没頭していると、ラストシーンで胸が苦しいくらい熱くなる。そして、涙が自然にあふれてくる。

その感情の正体は、喜び、うれしさ、悲しさ、悔しさといったひとつの要素の感動ではない。社会で生きるなかで抱くさまざまな感情が織り交ぜられた、心の震えなのだ。それは心地よくもあった。

本作にはそんな感情の揺さぶりがある。誰もが何か感じることがあるであろう、この秋必見の配信ドラマだ。

(武井 保之 : ライター)

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