三谷幸喜「5年ぶり新作」に入り交じる期待と不安

スオミの話をしよう 三谷幸喜

『スオミの話をしよう』 ©2024「スオミの話をしよう」製作委員会

三谷幸喜監督9作目の脚本・監督映画であり、5年ぶりの待望の新作となる『スオミの話をしよう』が9月13日から全国公開される。

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(2022年)で社会現象的ブームを巻き起こした三谷監督最新作への関心は高い。すでに予告映像やテレビCMから漂う爆笑必至な予感が、三谷作品ファンだけでなく、幅広い層の心をくすぐっているようだ。

スオミの失踪を巡るミステリーコメディ

物語は、著名な詩人の豪邸が舞台。詩人の妻・スオミ(長澤まさみ)が行方不明になるところからはじまる。

屋敷にはスオミの過去を知る4人の元夫たちが続々と集まり、彼女がかつて愛した元夫たち(遠藤憲一・松坂桃李・小林隆・西島秀俊)と現在の夫(坂東彌十郎)による、誰がいちばんスオミを愛していたか、愛されていたか、というマウントの取り合いが始まる。

スオミの

『スオミの話をしよう』 ©2024「スオミの話をしよう」製作委員会

失踪したスオミの安否そっちのけで、5人それぞれが知るスオミを語っていくうちに、彼らの記憶のなかのスオミは、性格も見た目もまるで全員が別人であることが明らかになる。

誰の妻が本物のスオミなのか? スオミは何人もいるのか? そして、なぜスオミは失踪し、どこで何をしているのか? スオミの正体とは?

ストーリーが進むに連れて謎は深まっていくばかり。不可解なスオミの行動の理由と目的を、彼女が愛した5人の男たちが推理していくミステリーコメディだ。

本作には、演劇界出身の三谷監督らしいこだわりがあふれている。ほぼ屋敷内のワンシチュエーションで、登場人物たちの会話劇を中心に回想シーンが織り交ざって物語が進んでいく。まるで生の舞台を見ているかのような芝居が存分に堪能できる作品だ。

こうした会話劇をメインにする映像作品は少なくないが、本作が特徴的なのは、とにかく登場人物1人ひとりのセリフが長く、シーンはカットを割らず、長回しで撮影されていること。それにより、舞台演劇の臨場感と緊迫感がスクリーンを通してひしひしと伝わってくる。

スオミの話をしよう 三谷幸喜

『スオミの話をしよう』 ©2024「スオミの話をしよう」製作委員会

本作でこうした演劇的な映画を撮るための撮影スタイルにこだわった三谷監督は、芝居に厚い信頼を置く俳優たちをキャスティングし、映像作品としては異例の撮影1カ月前からのリハーサルを敢行した。

スオミ役の長澤まさみのほか、超多忙な日本のエンターテインメントシーンを牽引するトップ俳優たちと三谷監督による、1カ月にわたる入念なリハーサルが行われたのだ。本作は、そのセッションがあったからこそ成立したであろうクリエイティブの光る映像作品になっている。

三谷作品の集大成となる傑作か

実際に本作の予告映像は笑えておもしろい。とくに5人の男たちの「おっさん、2枚目、おっさん〜」のくだりがウケているようだ。SNSのリアクションを見ると、20代女性層をはじめ、若い世代がおもしろがっているのがわかる。

近年のヒット作による三谷人気の拡大に加えて、さまざまなメディアで露出されている本映像などから、すでに本作への関心は大きく高まっていることがうかがえる。

スオミの話をしよう 三谷幸喜

『スオミの話をしよう』 ©2024「スオミの話をしよう」製作委員会

では、すでに鑑賞している人の声はどうだろう。

三谷監督は今年7月、韓国で開催された『第28回プチョン国際ファンタスティック映画祭』で、マスタークラス講演の講師“コメディ映画の巨匠”として招聘された。そのステージで同映画祭ディレクターは、本作を「これまでの三谷作品の集大成となる傑作」と評価していた。

また、同映画祭では『ステキな金縛り』『ギャラクシー街道』『記憶にございません!』が特別上映され、観客からいちばんおもしろかった作品として拍手が多かったのは『ギャラクシー街道』だった。すると三谷監督が「日本では酷評され、僕の映画のなかでいちばん不入りだった」と驚く一面があった。

そんな観客たちは、講演のなかで上映された『スオミの話をしよう』特別映像にも、この日いちばんの盛大な拍手を送っていた。『スオミの話をしよう』と『ギャラクシー街道』には、韓国の三谷作品ファンのツボに刺さるポイントがあるのかもしれない。

観客の予想の先を行くラスト

本作は、5人の男たちの濃すぎるキャラクターと、その周囲の裏がありそうなクセの強い登場人物たちによるストーリーがテンポよく進んでいき、三谷節の効いたコメディを楽しんでいるうちにあっという間に前半が過ぎていく。

そして、物語の全体の輪郭がつかめてくると、謎だらけのスオミの正体と、なぜ彼女が失踪したのか、推理に頭を走らせるようになる。ストーリーの流れを追いながら、これまでのシーンも思い返し、スオミの言動の背景を考える。気づくと頭の中がスオミでいっぱいになり、劇中の5人の男たちと同様に、彼女の不思議な世界の中にいる。

いつの間にかすっかり物語に引き込まれてしまうのだ。そして、後半に差し掛かるくらいには、ぼんやりと大まかなスオミの謎が読めてくる。わかる人はその辺りで彼女のほとんどを見通すかもしれない。

しかし、ラストで起こることまでは、誰も予想できないに違いない。観客が思い描いたスオミの事情には、さらに先があるのだ。そこから、ゴージャスなミュージカルに誘われる。三谷監督が演劇的な映画にしようとしたことが伝わってくるラストに、胸が熱くなった。

スオミの話をしよう 三谷幸喜

『スオミの話をしよう』 ©2024「スオミの話をしよう」製作委員会

もともと演劇界の人である三谷監督が、思いきり自身の原点に振り切って制作に挑んだ本作は、前述の韓国の映画祭ディレクターの言葉を借りれば「三谷作品の集大成となる傑作」。その言葉どおりだと感じる。

撮影スタイルから、舞台演劇的な芝居演出、映像作品としての見せ方まで、三谷監督が舞台演劇に寄せることにこだわった映画作りへの挑戦が、結果として、こういう作品になった。

人によって評価が分かれそうな作品

一方で、クセが強い作品でもある。一般的な映画よりも、人によって感じ方や評価が大きくわかれそうな映画でもある気がする。

そういえば、酷評された『ギャラクシー街道』も演劇的な映画だった。もしかすると、似ていると感じる人も少なくないかもしれない。

いずれにしても今年の話題作になることは間違いない。エンターテインメントシーンを牽引するクリエイター・三谷幸喜監督の思いが詰め込まれた最新作は、自分の人生を豊かにするためにも、世の中の話題に取り残されないためにも、鑑賞する意味のある映画だ。

(武井 保之 : ライター)

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