「令和のコメ騒動」不足解消でも楽観できない事情

スーパーのコメは店頭の在庫が戻り始めているが……(写真:編集部)

コメの品薄が話題になっている中で、いまその原因についてさまざまな分析や検証が進んでいる。インバウンドの外国人によるコメの消費量が増えたとか、気候変動の影響などが指摘されているが、問題の本質は日本の農業政策そのものにある、という指摘も数多い。

地方の農家の数は、毎年すさまじい勢いで減少し続けており、耕作面積も年々確実に減少している。とりわけ、ロシアによるウクライナ侵攻以来、世界的な食料不足が叫ばれ、今や食料政策は軍事力同様に重要な防衛要因となっている。

そんな状況の中で、今年の5月に改正された「食料・農業・農村基本法」(以下、基本法)が注目されている。今後の日本の食料行政、農業行政に大きな影響を与える改正と言っていいだろう。にもかかわらず、マスコミではあまり注目されていない。日本の食料事情や農業行政の根幹に関わる大きなターニングポイントとなるのか……。基本法の概要と我々への影響を考える。

輸入頼りの食料政策から自給自足へ転換?

日本の農業が窮地に立たされていることはよく知られている。コメの品薄もその一端と言っていいだろう。今のところ今年のコメは豊作であり、深刻なコメ不足には至っていないものの、日本の農業政策は大きな軌道修正を求められていると言っても過言ではない。

実際に2000年の「基幹的農業従事者(専業農家)」は2000年には240万人いたのが、2023年には116万人に減少。農地面積も2023年は430万ヘクタールだが、ピーク時の1961年と比較すると約3割減少したことになる。

とりわけ、深刻なのが農業従事者の高齢化だ。75歳以上の基幹的農業従事者数は、2000年には全体の13%だったのが、2023年には36%に増加している。人口減少とともに進んできた地方の過疎化が、農業に深刻な影響を与えていると言っていいだろう。

耕地面積の利用率という面でも、430万ヘクタールのうち91%しか利用されていない。1割は放置されているのが現状だ。そんな状況の中で、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以降、日本の農業政策は大きな転換点を迎えている。食料自給率の低下を放置して、アメリカなどの食料輸出国から輸入すれば賄えるという基本方針が、ここにきて輸入だけでは賄い切れない現実が見えてきたからだ。

そんな状況の中で、今年5月に成立したのが日本の農業行政の憲法とも言われる「食料・農業・農村基本法」の改正だ。現代の時代に即したものにしようと、政府が戦後続けてきた政策を大きく転換させるものになろうとしている。ちなみに、今回の基本法改正に基づいた農業政策の指針となる基本計画作りを、2025年3月をめどに作成し閣議決定する予定になっている。

食料安保の強化目指した基本法改正?

今回の基本法改正では、多岐にわたって修正や新設を行っているのだが、その最大のポイントは「食料安保の強化」に取り組んでいることだ。農林水産省がまとめている「食料・農業・農村基本法 改正のポイント 令和6年8月」を見ると、次のような4つの点に集約される。

①食料安全保障を基本理念に
食料輸送手段の確保、食料の寄附促進の環境整備、持続可能な食料供給の促進を図ると同時に、海外における事業展開の促進、農産物の輸入に関する措置の拡大、農産物の輸出の促進など、海外からの食料輸入基盤を強固なものにする。

②環境と調和の取れた食料システム
食品産業の健全な発展、農業における環境への影響を低減することを促進する。異常気象などに対するための食料確保をシステム化する。

③人口減少下での農業生産性向上
農業の担い手の育成と確保を図り、農地の確保に受けて農業経営の基盤強化を図ることで、農地の確保および有効利用を推進する。さらに、先端技術(スマート農法)を活用した生産・加工・流通方式の導入、農産物の付加価値の向上などを図り、生産性向上を目指す。

④農村や農業のインフラの整備
農地の保全を目的とした共同活動の促進、地域の資源を活用した事業活動の促進、鳥獣対策など。

単に、農業生産に関する法改正ではなく、包括的に食料を国民の手に届けるためのシステム作りを図ることで、食料安保の強化を整備しようという考えのようだ。実際に、基本法の改正とともに「食料供給困難事態対策法」を2024年6月に成立させている。戦争や大災害など有事の際の食料供給体制を整えるための法律だ。

これまでの日本の農業行政は、コメを除く穀物や肥料など、その大半を輸入に頼ってきた。今回の基本法改正では、90~100%を輸入に頼ってきた化学肥料なども、国内での生産基盤を整備する方向に転換しており、ここにきてやっと輸入だけに頼った農業政策だけではダメであることを政府が認めたといっても過言ではないだろう。食料自給率を何とか高めるための方向に舵を切り始めたと言っていい。

その背景には、従来は高い円に依存して食料は輸入さえすれば何とかなる、と考えていた政府が、1ドル=160円台にまで進んだ円安を見て、食料を輸入できなくなる時代がやってくるかもしれない……、という現実に気付いたと言っていいのかもしれない。

農業生産の効率向上を阻害する「農地法」の改正は?

もっとも、食料の安全保障は、農業政策だけで解決できるような問題ではない。農地の効率的利用を現在よりも大幅に引き上げていく方法を考えなければならない。そのためには、現在の農業生産の向上を阻害している農地法の大幅な改正が必要だと指摘されている。

例えば、現在でも農地を取得するには、年間150日以上農作業を行う農業従事者でなければならないといった厳しい規制が存在する。市町村などが農業委員会などと共同で実施する「農用地利用集積計画」などを使えば、農業従事者以外でも農地を購入することが可能になったものの、地域の農業委員会の許可が必要になるなど、まだまだ数多くの規制が残っている。農地の流動性はまったく進んでいない。

一方、法人の農地取得も同じような状況だ。一定の要件を満たした法人である「農地所有適格法人」にならなければ、農地を取得できないことになっている。一般の株式会社は農地が取得できずに、現在のところ賃貸しか認められていない。法人が農業を始めるにあたっては基盤整備などの長期投資が不可欠だが、賃貸では限界がある。

要するに、現在の農地法では、原則として耕作する人しか農地を所有できないと言うことになっており、幅広い事業を展開する商社などが、農業生産事業に進出しようとしても、農地の確保が日本ではいまだにできないことになる。これでは日本の食料安保を守ることができない。

実際のところ、農地を相続した人間が、簡単に農地を売却することができないのが現実だ。場所によっては「地目」の変更が可能な場合もあるが、大半の農地は農地のまま売却しようとすると、地域の農業政策委員会や都道府県知事の許可が必要になる。簡単に売却できないとなると、農地を相続した人間にとっては、管理が不十分になったり、耕作放棄の状態に陥ってしまったりする。人口減少に伴って、日本の耕作地が十分に活用されていない理由の1つと言っていい。

ちなみに、農地の売却には「2022年問題」というのもある。1992年に定められた生産緑地法によって、その期限である30年後の2022年に、農地が大量に売却されるのではないかと懸念されていた。農地として活用されていれば、生産緑地法によって固定資産税の減免措置が受けられる状況にあったのだが、その期限が2022年だったわけだ。ただ再申請によって10年延長になっているが、いずれは大量の農地が売却に向かうと予想されている。

ところが、農地法の壁によって農地の流動性はほとんど向上していない。それどころか、年々耕作放棄した農地が増え続けている。こうした現状を改めていこうというのが、今回の食料・農業・農村基本法の改正だが、農地法の抜本的な改正を予想させるような法改正には至っていない。結局のところは、農地を減らさないための農地法でしかなく、農業を活性化させるための農地法になっていない。

緊急時には農業事業者に計画書の提出を義務化?

一方、同基本法の改正に合わせて6月に成立した「食料供給困難事態対策法」だが、政府が重要とする食料品や物資をあらかじめ指定し、世界的な不作などで供給が大きく減少した場合など、生産者に増産や備蓄を求めるという法律だ。いわば有事に備えた食料安全保障体制の整備と言っていいだろう。

今までにも食料の安全確保については、さまざまな政策が存在していたが、既存の体制だけでは対応しきれない事態に備えて、例えばコメや小麦、大豆、その他の植物油脂原料、畜産物、砂糖、といった物資を特定食料として指定し、有事の際には、事業者に対して出荷・販売の調整、輸入の促進、生産・製造の促進を要請することになっている。

この法律には罰則規定もあり、出荷販売業者や輸入業者、生産業者等に対して食料確保の「計画」を届け出る指示を出すことができる。届け出の指示に従わなかった場合には、罰金が科せられ、さらに立ち会い検査等によって特定食料等の在庫を把握することも可能だ。報告の拒否や拒否の報告をした場合にも過料が適用されることになっている。

罰則規定のある法律になったことで、有事の際の食料不足をコントロールする効果を発揮できそうだが、実際にそういう事態になってみないとわからない。重要なことは、これまで輸入だけで何とかなるとしていた政府が、ロシア・ウクライナ戦争などの地政学リスクや気候変動などに直面したことで、海外から食料や肥料、エネルギーが調達できない可能性が出てきたこと。

さらに、海外から輸入できたとしても、国内にすさまじいインフレをもたらす「超円安」が発生したときには、これまでのシステムでは国民を飢えさせてしまうことに気付いたことには高く評価すべきなのかもしれない。

国際的には高い評価の日本の食料安保?

日本の農業政策は、海外に比べれば、確かに食料自給率は低いものの、今回の「米騒動」のような事態はほとんどこれまでなかった。例えば、英誌エコノミストの調査部門であるエコノミスト・インパクトが2022年9月に発表した「食料安全保障指数(GFSI)」によると、日本は調査対象の113カ国の中で6位となっている。

食料安全保障指数は、食料安保という観点から価格の手頃さ、物理的な入手のしやすさ、品質・安全性、持続可能性、適応性といった項目で数値化したものだ。そのランキングを見ると、次のようになっている。

1、フィンランド
2、アイルランド
3、ノルウェー
4、フランス
5、オランダ
6、日本
7、スウェーデン
8、カナダ

日本の食料安保は、国際的には非常に高いレベルにあると言っていい。日本の農業政策は食料自給率の低さばかりがクローズアップされてしまうが、そういう意味ではエネルギー政策に似たものがある。日本のエネルギーは、ほぼ海外に依存しているわけだが、一時的なものを覗いて、エネルギー不足に陥ったことはほとんどない。

とはいえ、近年のインフレは農業生産にも大きな影響を与えている、例えば「農業物価統計指数」よると、2023年平均の「肥料」の価格指数は147.0(2020年=100)と約5割上昇しており、家畜の餌である飼料も145.8(同)となり5割近く上昇している(日本農業新聞「23年資材価格が過去最高 飼・肥料3年で1.5倍 農産物へ転嫁限定的」2024年1月31日)。

そんな中で農家の出荷価格は野菜が2023年の平均で113.3(生産者価格指数、2020年=100)と1割の上昇にとどまっている。農産物全体でも107.8にとどまっており、コストを価格転嫁できていないのが現状だ。

人口減少や流動性の少ない農地売買の実態を考えると、日本の農業生産の現場は、持続可能な事業というにはほど遠い。政治家は簡単に世襲が可能だが、日本の農家は世襲すら許されない。それが、現在の日本の農業現場と言っていいだろう。

(岩崎 博充 : 経済ジャーナリスト)

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