中東「国土の6割が荒野」でも食料自給率が高い国
「6割が荒野」だからこそ発展した水技術
国土の60%は荒野で、乾燥地帯。淡水として使える水源は北部のガリラヤ湖及びそこから流れ出るヨルダン川のみ。
人々は水を無駄にしないよう幼い頃から教え込まれ、少雨でガリラヤ湖の水位が下がれば国内のムードも落ち込む。それがイスラエルでした。
しかし、建国から70年を超え、イスラエルはもはや水に悩んでいない。それどころか、水関連の技術で今や世界をけん引する存在にまでになったのです。
2022年5月、イスラエルの現地紙「エルサレム・ポスト」は、大気から水を作る装置を開発したイスラエル企業が、シリアで飲料水の供給を行うと報じました。
シリア国内で活動する人道支援組織と協働し、学校や病院、その他の医療施設などに、飲料水製造装置を備えつけるというのです。
シリアでは、内戦が勃発した2011年以降の13年間で、水と衛生設備が正常に機能している場所が全土で50%にまで低下しました。
この企業の飲料水製造装置は、ソーラーパネルなどを活用して、最も小型の機種で1日当たり18〜20リットルの飲料水を製造することが可能で、最大の機種は1日当たり6000リットルの製造能力を有しています。
イスラエルは、建国以来、国家的優先事項として、厳格な水の安全保障とともに、最先端の灌漑、淡水化、水処理技術を開発し、その水処理技術で砂漠を耕作することを目指してきました。
「砂漠に花を咲かせることができれば、ここに何百、何千、何百万もの人間が生きることができるだろう」
荒野だったイスラエルの地に潤いをもたらそうと奮闘した、初代首相のダヴィド・ベン=グリオンが残した言葉です。
フォークダンス・ソングとして日本で定番の『マイム・マイム』は、イスラエル人が水を見つけたときの喜びを表現した歌であり、歌詞は旧約聖書『イザヤ書』第12章3節の「あなたがたは喜びながら、救いの泉から水を汲む」という一節から引用されています。
「マイム」はヘブライ語で「水」を意味し、この曲は掘り当てた井戸のまわりで踊り、喜びをもって水に駆け寄るユダヤ人の姿を表しているのだといいます。
逆説的にいえば、『マイム・マイム』という曲が生まれるほどに、イスラエルという国には水がありませんでした。
「だったら、作ればいい」
それがこの地で永住を決意した、イスラエルという国家の精神であり、哲学でした。
イスラエルの淡水化技術、そして水再生技術は世界でも類をみない発展を遂げています。
今やイスラエルの水消費量の大半は、海水を淡水化したものです。
その技術とは、海水に含まれている塩類を除き、純水にすること。純水とは、不純物を含まないかほとんど含まない、純度の高い水のことです。
新技術の半透膜によって塩分と水を分離する方式を確立し、高品質の真水を低コストで生み出すことに成功したのです。
半透膜とは、水など成分の一部は通しますが、他の成分は通さない膜のことです。
同じように力を入れたのが水再生技術。下水の浄化率はイスラエルが83%で世界1位、2位のスペインが12%、日本が2%にも満たないことを考えると、そのすごさがわかります。
必要こそが、まさに発明の母なのです。
このほか、水道管の内部でごく小規模な発電を行い、その電力で流量をはじめとするモニタリングを行う技術、アフリカの僻村などでも安定した水供給が可能になる太陽光発電による井戸水の汲み上げシステムなど、イスラエル企業が生み出している新技術は枚挙に暇がありません。
水についての知見が経済、政治、外交といった面で大きな可能性を持つことをイスラエル政府は認識しており、同国の経済産業省は実用化に焦点を当てた技術育成や教育新興、研究助成などを果敢に進めています。
ハイテク農業で食料自給率は90%以上
イスラエルは乾燥地帯といった制約に加え、隣国との緊張関係もある中で、食料の確保は死活問題であり、それを克服するために、国をあげて独自の農業技術を開発し、不可能と思われることを可能にしてきました。
イスラエルの食料自給率は90%以上。年間降水量が平均700ミリ以下、南部では50ミリ以下という過酷な環境を考えると、驚くべきものがあります。
イスラエルの高い食料自給率を支える要因は、ハイテク農業(アグリテック)です。
水再生技術で浄化した水は、飲用には適しませんが農業には利用できます。
生きるためとはいえ、砂漠で農業を行うことは困難を極めます。
気温は高く、湿度が低いこの地では、水はすぐに蒸発し、塩分が土中に蓄積してしまいます。水の利用効率が極端に悪いのです、その状況を打破したのが、1965年に開発された点滴灌漑という技術です。プラスチック製のパイプを通して、作物を育てるのに必要な場所だけに水を届ける技術は、蒸発を抑制し、利用効率を上げます。
さらには、届く水の成分まで管理できるため、塩害対策も容易。しかも、点滴灌漑は、ますます発展を遂げています。
肥料や農薬を水に入れて効率的に散布することもできる上に、インターネット経由で、どこからでも農地の管理が可能に。
広大な農地の広がるアメリカの大規模農家でも、イスラエルのこの点滴灌漑技術の導入が進んでいます。
イスラエルのテクノロジーで管理する農業で生産された、主な農産物は、じゃがいも、トマト、ピーマン、かんきつ類、なつめやし等です。
そして、イスラエルから日本に輸出されている農産物は、グレープフルーツ・ポメロジュース、レモンジュース、オレンジジュース、生鮮・乾燥果実等のかんきつ類が上位です。
イスラエルと比べて驚くほど低い、日本の食料自給率
一方、温暖な気候、四季に恵まれ、水に不自由しない我が日本の食料自給率は2020年度で37%、2021年度で38%と、イスラエルと比べると驚くほど低い数値です。食材や食料は、日本で作るより外国から輸入した方が安いというのが理由です。
尖閣・台湾有事が起こると、台湾の南のバシー海峡の交易路が断たれます。
輸入依存度の高い日本へ向かうタンカーをはじめ、輸送船の経路も断たれます。その中には、天然資源や食料を搭載した輸送船もあることでしょう。
それらの船はというと、安全確保のために、台湾の東の太平洋を迂回して日本に向かうことになります。
日本に無事着いたとしても、迂回した分、輸送代が高くなり、また、戦争の危害が及ぶ恐れがあり、保険代も割増しになります。それらは物価高となって市民の食卓を直撃します。食料を手に入れることのできない国民が急増する事態となります。
軍事費増とともに、食料自給率を上げる政策と努力が早急に求められています。
(中川 浩一 : 元外交官、アラビア語の天皇通訳・総理通訳)
09/10 17:00
東洋経済オンライン