ドイツが転向を迫られた「移民難民問題」の深刻

州議会選挙で右派AfDが躍進したドレスデン(写真:Bloomberg)

ドイツで移民系住民によるテロや犯罪が多発しており、ナチ・ドイツの教訓から、これまで移民・難民受け入れに寛容だったドイツが、不法移民の流入阻止、不法残留者の送還に大きく舵を切っている。

移民排斥を主張する右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢」(AfD)への支持に歯止めがかからず、主要政党も国民の懸念に応えざるを得ないからだ。

イスラム原理主義のテロ続発

ドイツでイスラム原理主義に基づくテロ事件が相次いでいる。

今年(2024年)5月31日、ドイツ西部マンハイムで、アフガニスタン人の男(25歳)が、反イスラムを訴える右派団体の集会をナイフで襲い、警察官一人が刺殺され、5人が負傷した。この容疑者は現場で射殺された。

このアフガン人は2013年にドイツに来て、難民申請は却下されたが、未成年だったのでそのままドイツに残留した。トルコ系ドイツ人女性と結婚し子供も生まれ、期限付きの在留許可を得ていた。ユーチューブ番組で西側世界に対するジハード(聖戦)を呼び掛けるイスラム原理主義者に影響を受けたとみられる。

8月23日には西部ゾーリンゲンで、シリア人の男(26歳)が、市主催の祭りの会場をナイフで襲い、3人が死亡、5人が負傷した。シリア人は逮捕されたが、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)は、「襲撃はパレスチナ人のための復讐」などと訴える、この男が話しているとする映像を公開した。

このシリア人は、2022年にドイツに入国し難民申請をした。それ以前にブルガリアですでに難民申請をしており、ブルガリアに送還される予定だった。EU(欧州連合)で難民申請者が最初に到着した加盟国が、難民申請手続きを担うと定めたダブリン規則に基づく措置で、ブルガリア当局も身柄を引き受ける方針だった。

しかし、2023年6月にドイツ当局は難民収容施設でこの男を探したが発見できず、そのまま行方がわからなくなっていた。

9月5日にはミュンヘンで、ナチ・ドイツに関する歴史資料館と、シナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)に銃弾が撃ち込まれた。警察官との銃撃戦の末、ボスニア出身のオーストリア人の男(18歳)が射殺された。

この男はイスラム原理主義思想を持っており、1972年にミュンヘンオリンピック事件(パレスチナ武装組織によってイスラエルのオリンピック選手、コーチ11人が人質に取られ、殺害された)があった9月5日を、犯行日にしたと言う。

ドイツの近年のテロでは、2016年12月19日、ベルリンのクリスマス市にトラックが突っ込み、12人が死亡、53人が重軽傷を負う事件が最も大規模なものだった。

容疑者はチュニジア人の男(24歳)で、12月23日にイタリア・ミラノで警察官に射殺された。ISの思想に共鳴していた。容疑者は2016年6月にドイツで難民申請をしたが却下され、チュニジアへの送還対象となっていたが、書類の不備などでドイツ国内にとどまっていた。

出入国管理政策に批判の矛先

ドイツの公共放送ARD(電子版)によると、ドイツでは、2006年から今年5月のマンハイムの事件までに、未遂の爆弾テロも含め12件のイスラム原理主義を背景にしたテロが起きている。

これらの事件の容疑者の多くは、出入国管理体制がしっかり機能していれば、ドイツ国内には在留しておらず、従って事件も起こらなかった。政府の出入国管理政策にも批判の矛先が向かっている。

日本では散発的に小さく報じられるだけだが、当然のことながら、ドイツにとってはこれらの出来事は大事件であり、事件があるたびに連日トップニュースで報じられる。

マンハイムの事件の時は、地元で行われた死亡した警察官の慰霊祭に、フランクヴァルター・シュタインマイヤー大統領も出席した。

ショルツ首相は事件を受けた議会演説で、アフガニスタン人であっても犯罪者は送還する、と厳しい姿勢を打ち出した。タリバン政権発足後、帰国すれば迫害の恐れがあるとして、ドイツはアフガン人を送還の対象とはしてこなかった。ゾーリンゲンの事件の際は、ショルツ首相が地元の慰霊祭に出席した。

一連の事件によって、世論の政府の移民・難民政策への風当たりは強くなっており、連立与党で緑の党、SPD(社会民主党)の政治家も、アフガンやシリアへの送還促進に賛成するようになった。

緑の党のロベルト・ハーベック副首相兼経済・気候相は「殺人者、テロリスト、イスラム原理主義者に寛容はない。これらの者は庇護の権利を失う」と強硬な姿勢に転じた。

外国人の人権についてとりわけ敏感なドイツだが、左派政治家も強硬策を表明せざるを得なくなったところに、問題の深刻さがうかがえる。

東独2州で右派政党が躍進

テロに対する不安感や、出入国管理政策への批判が高まる中、2024年9月1日、旧東ドイツのテューリンゲン、ザクセン2州の州議会選挙が行われた。どちらの選挙でも、右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が躍進した。

AfDは、流入者の強力な削減、国境に物理的障壁を設置、難民の家族呼び寄せ拒否、送還促進など、出入国管理の厳格化を掲げてきた。AfDは、テューリンゲン州では32.8%(前回2019年の得票率から9.4ポイント増)の得票率で第1党、ザクセン州でも30.6%(同3.1ポイント増)で第2党となった。

テューリンゲン州の有権者を対象とした、ARDが報じた世論調査では、「何に懸念を抱くか」という質問に対して、「犯罪が将来大きく増える」が前回調査に比較して17ポイント増の81%、「ウクライナ戦争に引き込まれる」77%、「イスラムの影響力がドイツで強くなりすぎる」が21ポイント増の75%、「多すぎる外国人がドイツにやってくる」68%となっている。

ウクライナ戦争は影を落としているものの、経済や気候変動問題よりも、移民・難民問題が有権者の懸念の上位を占めている。

戦後ドイツ政治を担ってきた既成政党や知識人にとって、右派政党は存在を許すことができない政治勢力だった。しかし、AfDが継続的な支持を得ていることは否定しようがなくなっている。

ARDは世論調査に基づき、AfDは2013年の発足当初、既成政党に飽き足らない有権者が支持する「抵抗政党」だったが、今では具体的な問題解決への期待から支持する「課題解決政党」に変化した、との分析を報じた。

既成政党はAfDの強硬な移民・難民政策を取り込まなければ、その勢力拡張を押しとどめることはできない。

段階的に厳格化してきた現ショルツ政権

ドイツは1950年代からガストアルバイターと呼ばれる移民労働者を1000万人以上受け入れ、冷戦崩壊後の混乱から東欧諸国や旧ソ連から100万人以上、2015年の難民危機でも100万人以上の難民が流入した。

すでに人口の4人に1人が移民系となっており、さらに2023年には「第3波」ともいえる35万人の難民流入があり、主に収容施設に責任を持つ地方自治体から受け入れは限界との声が上がっていた。

外国人による犯罪が人口比で高率であることや、増加傾向にあることは主要紙でも報じられるようになっている。2023年1月25日、刑務所から出所したばかりのパレスチナ出身の男(33歳)が、電車内で10代の若者2人を刺殺した事件は衝撃を与えた。

2021年12月に発足したショルツ政権は、外国人問題に手をこまねいていたわけではない。

2023年8月、「安全な出身国」にジョージア、モルドバを追加することを打ち出した。「安全な出身国」から来た越境者は、本人が難民該当性を証明できない限り、原則的に送還される。EU加盟国、アルバニアなどのバルカン諸国、ガーナなどのアフリカ諸国が該当する。

10月からは、自由な人的往来を保証するEU(シェンゲン条約)の理念に反するが、それまでのオーストリアに加え、ポーランド、チェコ、スイスの国境で検問を開始した。

2024年2月27日には、「送還改善法」が施行された。ドイツは人権尊重の考えから身柄拘束を最小限にする考えがあるが、送還に当たっての「送還収容」をこれまでの10日から28日に延ばし、当局が送還の準備を行うために時間確保、逃亡防止をはかった。収容施設での捜査範囲拡大なども定めた。

8月30日には、緑の党から反対意見も出されていた中、犯罪歴のあるアフガン人28人の強制送還に踏み切った。州議会選挙を翌々日に控えた世論対策の狙いもあったのだろう。

ショルツ政権は、国籍取得のための条件を、8年在住から最速で5年に短縮するなど、統合(integration)を促進する、いわばアメの政策も実施したが、総じていえば、流入制限、送還促進の対策を強化してきた。しかし、これらの厳格化も、州議会選挙の結果に表れたように、世論を納得させることができていない。

不法移民の新たな流入制限が焦点

ショルツ政権はもう一段、厳しい不法移民対策を打ち出す必要に迫られている。送還を促進する措置は法制化したので、新たな流入制限が議論の中心だ。

政権は国境付近に送還を進めるための新たな施設を設置することを提案している。国の移民難民庁の職員を常駐させ、ダブリン規則に照らして難民申請手続きを担うべきEU加盟国に、速やかに送還する手続きを進める。

これに対し、保守系野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、他のEU加盟国を通過してきた難民申請者を、国境管理に当たる連邦警察が入国させず、追い返すことを主張している。

ドイツがそうした措置を取れば、隣国も流入する難民申請者を制限せざるをえないので、いわば「ドミノ効果」でEUへの流入者が減少するという。しかし、オーストリア、ポーランドは、仮に送り返されても引き受けない姿勢を明らかにしている。

問題の重要さから、いったんは与野党合意のうえで対策を進める機運が高まり与野党協議が開催されたが、合意はできていない。来年秋には連邦議会(下院)総選挙を控えており、主要政党が実効性のある対策を取れなければ、AfDは国政レベルでもさらに勢力を拡大するだろう。

(三好 範英 : ジャーナリスト)

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