最年少→最高齢に交代、仏首相「想定外」人事の背景

フランスのバルニエ首相

史上最年長の首相となったバルニエ氏(右)と前首相のアタリ氏(左)(写真:Bloomberg)

2カ月に及ぶ政府不在の状態を脱し、フランスでは9月6日、バルニエ元外相(73)が首相に就任した。

政治空白の原因は、6月初旬の欧州連合(EU)議会選挙でフランスでは極右・国民連合(RN)が圧倒的に躍進したことに危機感を持ったマクロン大統領が、国民議会(下院)の解散総選挙を実施。その結果、単独過半数に至る政党がなく、首相指名が難航したことだった。

無政府状態が2カ月も続いていたフランス

最も議席を獲得した左派連合・新人民戦線(NFP)に、反マクロン政権の急先鋒である不服従のフランス(LFI)が入っていたことで、LFIからの首相指名だけは避けたいマクロン氏は、選挙以降、史上最長の2カ月間、無政府状態を続けた。

マクロン氏の課題は、議会内の急進左派から中道左派、中道、中道右派、右派のすべてが納得する首相指名は不可能な中、対立と分裂を最小化する首相を探すことだった。

マクロン氏の中道連合・アンサンブルが左派系政党と手を組むのか、それとも中道右派と手を組むのかが注目されたが、8月下旬、各政党代表者との会談を重ねた結果、今や少数派の中道右派・共和党と手を組む選択を行い、バルニエ元外相を選んだ。

バルニエ氏の名前は首相候補者として頻繁には挙がっておらず、想定外の人選となった。無論、与野党が拮抗し、単独過半数の政党が存在しない中での今後の政権運営は容易ではない。バルニエ氏は早速、左派からの反発を考慮し、閣僚には左派も入れると約束した。

またバルニエ氏は、首相就任を受諾する条件として、政府の独立性を確認した。左派の反発が強すぎれば、政策決定が影響を受けることは必至であり、マクロン氏の意向を全面的に反映できない局面も考えられるからだ。

このまま政治が混乱し、マクロン氏が退任に追い込まれるか、レームダック化することを考えれば、バルニエ氏の提案をマクロン氏は拒否できなかったはずだ。理由はマクロン氏の方針を理解し、支持する人物を首相に任命すること自体が不可能に近い状況だったからだ。

バルニエ氏は就任後のインタビューで「大統領は議長、政府は統治者」と答えた。大統領は政策審議を正常に行えるよう見守る立場であり、議会が最終決定し、政府が国を統治するという意味で、「大統領は外交、首相は内政」という本来の不文律を守り、大統領が内政に口を出さない状況を望んだ。バルニエ氏は過去に何度もマクロン政権の政策に反対したことがあり、マクロン氏のイエスマンにはならない決意がにじみ出ている。

ブレグジットで交渉を担ったタフネゴシエーター

前任のアタル氏は史上最年少の34歳で首相となったが、後任となったバルニエ氏は打って変わって史上最高齢の首相だ。

バルニエ氏は1978年、当時史上最年少の27歳で国民議会議員となった。外相、農水相、欧州連合(EU)のブレグジット担当主席交渉官を務め、ブレグジットをめぐるイギリスとの交渉では、ジョンソン元首相を相手にEUを守り、筋を曲げることはなかったタフネゴシエーターとして知られる。

欧州議会議員も務め、欧州委員会委員長選に挑戦したこともあり、「フランス政治を欧州全体に開放する」意欲を見せ、「愛国者とヨーロッパ人」というEU構想のシンクタンクも設立している。

フランス南東部グルノーブルに近い山間部で育ったバルニエ氏は、無口だが、忍耐力が強く、冷静沈着なことで知られる。交渉術に長けていることから、困難が予想される政党間対話にも期待が寄せられている。

バルニエ氏の相手は議会を構成する各政党、各会派となるわけだが、左派も巻き込んだ議論を積極的に行うことを宣言している。マクロン氏にとっては救世主となる可能性もあるが、まったく先は見えていない。

首相の存在は政治的安定に欠かせないが、マクロン氏自身は社会党出身であり、中道左派に近いが、大統領就任以来、首相は右派から選ぶことが多かった。

フランスで勢力を伸ばす極右勢力を考慮

フランスでは1997年の右派のシラク大統領と左派のジョスパン首相のコアビタシオン(保革共存)時代に治安が近年で最も悪化し、2002年の大統領選で争点化した治安問題で、移民に厳しい極右・国民戦線(現国民連合)のジャン=マリ・ルペン氏が決選投票まで勝ち進んだ過去がある。

その後の大統領選挙のたびに極右勢力が確実に伸長しているのも、移民問題、治安問題で有権者の期待感が高まったからにほかならない。今年7月の下院選で、仮にRN潰しで右派、左派が共闘しなければ、RNは単独過半数の議席を獲得できるあと一歩に迫っていた。社会の秩序崩壊が進み、有権者には不安定化が止まらない実情に対する危機感は強まっている。

取材をすると、「今のフランスはフランスとはいえない」「リベラル化が行きすぎ、カトリック的価値観はどこにも見られず、秩序は極端に失われている」との声が聞かれる。だからこそ、RNへの期待感も高まっている。

今回のバルニエ氏の選出は、RNを考慮に入れた結果なのは明白だ。ルペン氏も「バルニエ政権を直ちに打倒することで制度的混乱や妨害に加担するつもりはない」と明言し、RNのバルデラ党首もバルニエ新政権を「党として検閲するつもりはない」と述べた。バルニエ氏は、すべての人の声を聞くと宣言している。

39歳で大統領になったマクロン氏、34歳で首相になったアタル氏によって、一気に世代交代が進んだ感があったフランスだが、今回はベテラン最高齢の首相を起用し、混乱を乗り切ろうとしている。ただ、問題の本質は移民やインフレよりも、国民の間に強まった政治不信にある。

エリート政治家が机上で決めた政策は、問題解決で成果を出せていない。政治家の言うことをまともに受け止めることはなくなり、極端でわかりやすいポピュリスト政治家のいうことがインパクトを持つようになった。ネガティブ情報は、瞬時にSNSで拡散される。バルニエ政権は、政府機関に対する不信を払拭できるかが問われている。

今後、各政党は2027年の次期大統領選挙に向けた動きを加速させる。タフネゴシエーターとして知られるバルニエ氏が、マクロン氏の決断が招いた混乱を抜け出し、どこまで粘り強く政党間の対立を抑えて国を安定させ、直面する課題に挑戦できるか。決して楽観視はできないが、少なくとも現時点ではマクロン氏にとって追い風のように見える。

(安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住))

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