今「仕事を掛け持ちしない」のはリスクでしかない
足し算ではなく「掛け算」で伸ばす
大谷翔平選手が二刀流にこだわる理由についてですが、私は勝手に、彼がそこに相乗効果を見いだしているのだと思っています。
「打者でも投手でも通用することを証明したい」などという陳腐なものではなく、「打者と投手の両方をやっているからこそ、どちらも伸びているのだ」と彼自身が確信しているのではないか、と。
実は、こうした感覚こそ、新しい時代を生き抜く重要なカギだと私は考えています。
これまで、人の努力は「足し算」で増えていく時代でした。
1カ月に10の努力をした人は、2カ月後には20の、3カ月後には30の実を得てきました。たとえば職人は、こうしてコツコツと技術を磨いてきたわけです。
しかし、これからは1つのやり方にこだわらず、1つの職業にこだわらず、1つの立場にこだわらず、いくつもの選択肢を生かしながら、「掛け算」で結果を増やしていくことを考える時代です。
1カ月に10の努力をした場合、掛け算ならば2カ月後には100になります。いってみればレバレッジをかけられるわけです。
今後、そういう掛け算の働き方をする人たちが多く出てくるはずで、そのなかで職人気質の足し算にこだわっていれば、どんどん引き離されてしまいます。
だから、掛け算はむしろ大谷選手のような天才ではなく、凡庸な人ほどやっていかねばなりません。
最初から“全体の1%”に入れるような天才の逸材なら、足し算だけでも相当な成果は出せるでしょう。でも、“99%”の凡人の中にいる場合、そこで上のほうに行こうと思ったら、選択肢をたくさん持ち、掛け算で自分を伸ばしていくことが必要です。
「選択肢が1つしかない」はリスク
AIによって、今ある仕事が次々となくなることが予想されているなかで、複数の仕事を持たないことは、そもそもリスクでしかありません。
みなさんの子ども世代はもちろん、今、成功しているみなさんも、いくつもの異なることをどんどんやっていきましょう。やってみて合わなければやめればいいだけの話なので、躊躇する必要なし。柔軟になんでも挑戦してみましょう。
私自身、複数の仕事を持つという掛け算の仕事をしている1人です。
私は幼少期の10年間を、父親の仕事の都合でスペインのマドリードで過ごし、11歳のときに日本に戻りました。そして日を重ねるごとに、私のなかで育っていった強い思いが2つありました。
1つは、日本の教育に携わりたいということ。
スペインから帰って、私は日本の教育制度の素晴らしさを痛感しました。日本人は子どもでも礼儀正しく、ほぼすべての人が読み書きができます。これは、スペインでは考えられないことでした。
それなのに日本人は、どこか自信なげで、世界においても主体性を示せないでいることが残念でした。私は、グローバルに活躍できる子どもたちの成長を手助けしたいと考えるようになりました。
もう1つ、サッカーまみれで育ったスペイン時代の知識と人脈を生かし、日本人選手と世界のサッカー界の架け橋になりたいという思いがありました。
私は、2つのどちらかを選択するのではなく、どちらも実現しました。
今は、塾経営の仕事とスポーツ選手のマネージメントの仕事を通し、さまざまな世代のさまざまな状況に置かれた若者たちを見ており、それぞれの親とも交流しています。
そこでは、一方の仕事で得た経験が、他方の仕事に生きることが多々あります。まさに相乗効果で、掛け算のビジネスが成り立っているのです。また、仕事が2つあることで、どちらかがダメになっても無収入にはならないという安心感も持てています。
その安心感があることで、ほかの仕事も始めてみようかという余裕も生まれます。実際に、3つ目の仕事として焼き鳥店を始めようかと考えています。
「変化に弱い」こともリスクに
だって、自分の3年後なんてわかりません。塾経営もサッカーの仕事も絶対に続いているという確信はまったくありません。もしかしたら、3年後には焼き鳥店のチェーンをやっているかもしれません。
これは、私に限ったことではなく、周囲にも同様の生き方を模索している人がたくさんいます。なかでも、30代くらいで転職を重ねている人たちには、まさに「掛け算の転職」をしているケースが多々見受けられます。
教え子の1人は、エンジニアとして働いていたコンピュータ会社から金融業界に転職しました。これまで培ってきた彼のITスキルは、コンピュータ会社にずっと在籍していれば、普通の才能として埋もれてしまったかもしれません。
一方、金融業界は、その規模の割にデジタル化が遅れており、かねてより問題視されています。そのアナログな世界に入ったことで、彼はITスキルによって巨大な組織に大きな影響力を持つことができているのです。
彼は今後、ITスキルに加え、金融業界で得た知識や人脈なども武器にして、どんどん世界を広げていくことができるはずです。
こうしたケースとは逆に、ずっと一つの企業に勤めている人なら、自分の3年後はだいたい想像がつくでしょう。自分の3年上の先輩や上司を見ればいいのです。それが、ほぼ3年後のあなたの姿です。
いったい、どちらがリスキーなのでしょうか。
過去においては、後者のほうがリスクは小さいと考えられました。しかし、AIの登場によってその立場は逆転しています。
「3年後が想像できる」ということは、もう「安定」ではなくなっている。むしろ、「変化に弱い」ということを物語っているのだと知ってください。
仕事を1つに絞ることがリスキーな時代であるにもかかわらず、副業アルバイトにすら手を出さない人たちもいます。
彼らの多くは、「本業をきちんとこなすことを優先すべきで、とてもそんなことに時間は割けない」と考えているようです。
しかし、それは思い込みに過ぎません。「複数の仕事を持てば、それだけ時間がかかる」という発想自体を変える必要があります。そもそも、そうじをしながらだって仕事はできます。
私の場合も、2つの仕事を掛け持ちしているからといって、みなさんの2倍忙しいというわけではありません。一方の仕事で得た経験を他方の仕事に生かすという掛け算のおかげで、むしろ時間は節約できています。
実は私は、周囲の人が考えているよりずっとひま人なのです。
それはなぜか。逆説的なことをいうようですが、要するに最初から私は「時間が足りない」ことをやろうとしているからです。
たとえば、2時間しかないときに、普通にやれば2時間ずつかかる3つの事柄を抱えているとします。そのすべてを終えるため、私は、それぞれにベストな時間の割り振りをし、ときに手の抜き方を真剣に考えます。それでなんとかしているのです。
具体的にいえば、常に電話を取れる環境(場所)を探し、そこで電話を受けながら別の作業をする……などです。
私はこうしたことを繰り返してきたので、一般的に6時間かかるとされていることを2時間で片付けるくせができあがっています。となれば、残りの4時間はまったく関係ないことに費やせるわけで、どんどん世界が広がり、新たなビジネスチャンスも生まれるわけです。
大谷選手が二刀流をこなせる訳
ところが、たいていの人は「それぞれ2時間ずつかかる」というところを動かさずにスタートします。そして、「2時間+2時間+2時間=6時間かかる」と、相変わらず足し算をしています。
おそらく、1つのことだけをやっているときは、そこにあるムダは見えません。だから、いとも簡単に「これ以上なにかやる余裕はない」という結論に至ります。
でも、実は“隠れた時間”があって、それは「2つ以上のことをやろう」としたときに初めて発見できるのです。
大谷翔平選手が二刀流をこなせるのは、投手としてのトレーニングも打者としてのトレーニングもこなしているからです。しかし、彼だけ1日が48時間あるわけではありません。
大谷選手は、みんなと同じ24時間をどう使うか工夫を凝らし、自分なりの方法を生み出しているはずです。ところが、1つのことを一生懸命にやっているほかの選手には、それが見えていないのかもしれません。
人間の可能性は、多分にあふれているのです。
(富永 雄輔 : 進学塾VAMOS(バモス)代表)
09/18 17:00
東洋経済オンライン