あの石神秀幸が「麻辣湯」チェーンを営む深い理由

麻辣湯

急拡大中の「七宝麻辣湯」を手掛ける石神秀幸氏。今まであまり知られてこなかった、セカンドキャリアについて語ってもらった(筆者撮影)

麻辣湯(マーラータン)。中国で親しまれている春雨や野菜などの具材を煮込んだスープのことである。発祥は四川省と言われているが、現在は中国全土はもとより世界中に広がっている。

味や製法もお店によって千差万別だが、スープに“麻(マー)”と表現される、ビリビリと痺れる辛さをもたらすスパイス「花椒」と、ピリ辛を意味する“辣(ラー)”をもたらす唐辛子を使う。薬膳スパイスがたっぷり入るのも特徴だ。17日のTBS系「マツコの知らない世界」でも取り上げられるなど、最近、人気を集めている。

火付け役は意外なあの人!

日本では「七宝麻辣湯」というお店が火付け役で、都内を中心に人気が広がっている。なんとこのお店を手掛けるのはフードライター、飲食コンサルタントとして活躍するあの石神秀幸さんだ。

【画像10枚】「体に優しい」「トッピングも辛さも自由自在」…。「神の舌」を持つ男・石神秀幸が手掛ける「麻辣湯」チェーンはこんな感じ

石神さんが各地を食べ歩く中で出合った「麻辣湯」を日本に持ち込んだのだ。

「七宝麻辣湯」の麻辣湯はこんな感じ。トッピングは50種類以上、スープの辛さも自由に選べる薬膳スープ春雨だ(筆者撮影)

石神さんに対し、「最近テレビで見かけないなあ……」と感じていた読者もいるかもしれないが、ここ十数年は、ずっと麻辣湯に向き合っており、今や専門チェーンを営むまでになっていたのだ。

そんな石神さんのこれまでの人生と、セカンドキャリアについて伺った。

グルメ漫画との出合い

石神さんの食べ歩きのきっかけは、小学生の頃に読んだ漫画『美味しんぼ』。

『美味しんぼ』を読んで料理に興味を持った石神さんは、中学時代から一人で食べ歩きを始めた。アルバイトをしてお金を稼いで、ガイドブックを片手にそば、洋食、ラーメン、カレー、スイーツなど名店と呼ばれるお店を食べ歩いた。

当時から意図的に食べるという行動をしてきた石神さんは、その料理の中に何が入っているか、塩分量はどれぐらいかなど、料理の味を見て感じる力がおのずとついていった。

高校時代からは飲食店でアルバイトをしていたが、自分が料理人になりたいと思ったことはなかったそうだ。その後の活躍は推して知るべしで、いつしか石神さんは「神の舌を持つ男」と呼ばれるようになっていた。

飲食店のプロデュースやコンサルティングをやる中で、2004年、旅行先のシンガポールでとある食べ物と運命的な出合いをする。「麻辣湯」である。

好きな具材と辛さを選んで、たっぷりの野菜が美味しく食べられる麻辣湯との出合いは石神さんにとって衝撃的なものだったという。

「美味しいし、楽しいし、体にいい。こんなに素晴らしい食べ物があるのかと衝撃を受けました。薬膳にはデトックス効果もあり、スープはコラーゲンがたっぷりで、たんぱく質もしっかりとれる。

美味しい野菜をたくさん食べたくても生ではなかなか食べられませんが、美味しいスープで煮込めばたっぷり食べられます。この麻辣湯を日本に持っていきたいと直感的に思いました」(石神さん)

中国では屋台や掘っ立て小屋でやっているようなローカルフードで、現地ではコンビニぐらいありふれた存在。石神さんは中国、マレーシア、シンガポールで片っ端から麻辣湯を食べ歩き研究に研究を重ねた。

石神さんが麻辣湯を日本に持ち込むにあたり考えたことは、「料理」としてさらに進化させたものにしようということだ。麻辣湯はまだ歴史が浅く当時荒削りな食べ物だった。チキンパウダーにうま味調味料溶かし込んだ簡易的なスープで作っているお店が多く、そのジャンクな味わいからさらに進化させることでより多くの人に受け入れられるのではないかと考えた。

ごく一部ではお店で骨からスープを炊いているお店もあり、こだわって作ることで美味しさがさらに追求できることは証明されていた。

「日本人はスープへのこだわりが強いので、スープ料理としての完成度を上げていくことに注力しました。

日本人向けにマイルドに作るなどということはまったくありません。ローカルフードとしてのよさを生かしながらクオリティを高めていく努力をしていきました」(石神さん)

2007年1月、1号店がオープン

2005年に会社を立ち上げ、その後2年間かけて試作と物件探しをした。恵比寿での出店を目指していたがなかなか物件が出てこず、一度自由が丘の物件に決めるも、結局納得できず見送ることに。最終的には渋谷の桜丘町の物件に決めた。

こうして2007年1月、「七宝麻辣湯」の1号店がオープンした。

当時、麻辣湯のお店は日本に一軒もなかったので、立地だけでなくスタッフの教育も非常に難しく苦労した。中国で屋台で食べるようなものを日本に持ち込もうという発想が今までそもそもなかったのである。

「これだけ食べられているローカルフードであれば、日本にあってもおかしくないなとは思っていたのですが、当時はまだ一軒もなかった。人って意外と身近なもののよさがわからないものなんですよね。日本の意外なものが海外で流行ったりということもあると思いますが、それと同じです」(石神さん)

「七宝麻辣湯」のオープンの半年後に滋賀の南草津に「シャンシャンタン」というお店ができたが、しばらくはその2軒のみだけだった。中国出身の人がお店をやるようになったのはだいぶ後になってからだという。

箸あげの様子。体に優しいスープが、春雨にからむ(筆者撮影)

コンセプトは女性が入りやすいお店。この頃、カップの「スープ春雨」が人気だったことに注目し、「春雨」を軸にメニューを作り上げていった。現地だと麻辣湯は「スープ春雨」という売り方はしていないが、日本で広めるにあたってわかりやすくするために春雨を軸にしたのだ。

苦戦が続いたが2012年に転機が訪れる

こうして「七宝麻辣湯」は誕生したが、オープンからしばらくは苦戦が続いた。

「序盤の売り上げはかなり厳しかったです。いろいろな人から口々に『春雨なんか』と言われました。イメージとして『ヘルシーなだけで美味しくない』と思われていたんだと思います。人はなかなか知らないものには手を出さないので、オープン景気が作りづらかったのです。

私がオリジナルで考えたものなら私の独りよがりかもしれませんが、海外でこれだけ人気なのにどうして伝わらないんだろうと悩みました」(石神さん)

トッピングの多さも、若い女性を中心に人気を集める要因だ(筆者撮影)

渋谷店がオープンしてから5年ほどは厳しい状態が続いていたが、赤坂店をオープンした2012年に転機が訪れる。

鳴かず飛ばずの状態が続いていたため、「料理」としてのレベルをさらに上げる努力をしたのだ。もともとは多店舗展開を前提に考えていたので、スープは工場に外注して濃縮したものを使っていたのだが、お店でスープを炊くことにした。

七宝麻辣湯 赤坂店

「七宝麻辣湯 赤坂店」の様子(筆者撮影)

ここからわかりやすく一気に売り上げが上がっていく。一度食べたお客さんがリピーターになり、口コミでも広がって、来客数もうなぎ上りになっていった。

「意外と人間の味覚というのは侮れないなと改めて感じた瞬間でした。それからは常にブラシュアップを続け、美味しさを追求し続けています」(石神さん)

リッチにも、辛い味わいにもできるシステムだ(筆者撮影)

トッピングや辛さだけでなく、スープの味もアレンジできるようにするというアイデアは初めからあった。ベースのスープを作り、そこにペーストやスパイス、オイルなどでうまくアレンジできるように味を構築していった。これは現地にもない発想で、トッピング×辛さ×スープで無限のアレンジをすることができる。

「麻辣湯はまだまだ無限の可能性があり、研究に値する食べ物です。これからも進化、深化を続けていきます。

スープを変えればスパイスやオイルも変えたくなる。スパイスを変えればオイルやスープも変えていく。こうやって一歩一歩味が進化していきます。味が完成する日は来ないのではないかとすら思っています」(石神さん)

スープは必ず店舗で炊くこだわり

現在は16店舗を展開中だ。

基本メニューも提案されており、初めて来た人でも迷わず注文することができるようになっている(筆者撮影)

店舗が増えるとオペレーションを簡略化していくのが一般的だが、「七宝麻辣湯」は店を増やせば増やすほど手間をかける流れになっている。味が落ちることは絶対にやらないポリシーで、店舗で必ずスープを炊くようにしている。

逆に、味に関係ない部分については徹底的に合理化する。直営店においてはコロナが始まる前の2019年から完全キャッシュレス化している。常に美味しくしていくために、店舗オペレーションについては仕組み化をしていき、味を徹底的に追求するための、のびしろを作っていくのである。

にんにく、しょうがで味変することもできる(筆者撮影)

卓上のニンニクやショウガも業務用を使わず店で手切りして提供している。各店独自のオリジナルメニューの開発にも積極的だ。

できる人だけが知っている 「ここだけの話」を聞く技術

現在は東京と千葉のみだが今後は全国展開を狙っている。これまでは繁華街を中心に広げてきたが、麻辣湯の認知拡大とともに今後はロードサイドも視野に入れて店舗を探していく。

「まだ麻辣湯が荒削りな時代に出合ったからこそ、ここまで探求心に火が付いたんだと思います。他にも日本に持ってきたい海外の料理はありましたが、麻辣湯に夢中になりすぎました。時間は有限でやれることは限られているので、今は麻辣湯に全力投球しています。

本当に奥が深い料理で、いまだにまだまだ可能性を感じています。アイデアが次から次へと湧いてくるので都度試してはさらに美味しくしていきたいと思います」(石神さん)

人気のトッピングは野菜類、きのこ、パクチー、モッツァレラチーズなど。石神さんのオススメはメカブとフー玉(揚げたお麩)だ。

商品にこだわり、「まもなく販売開始」から2~3年経過

今年からは自宅で楽しめる麻辣湯「おうちでチーパオ」の販売をスタートした。

自宅で楽しめる麻辣湯。構想から18年かかった商品だ(筆者撮影)

なんとこの商品は発売まで18年もかかっている。オープン当初から発売する予定はあったが、なかなか着手できず、コロナ禍の時短営業の頃に開発した。

Instagramで「まもなく販売開始」と書いたものの、そこから納得のいく商品ができるまでさらに2~3年もかかってしまった。お取り寄せ商品は冷凍・冷蔵のものが多く、買っておいてもすぐに冷蔵庫がパンパンになってしまうので、常温で半年以上保存できるものを開発し、こちらも人気だ。

「神の舌」を持つ、石神さんをこれだけ虜にした麻辣湯。これからさらに火が付き、日本中にブームが起こることは間違いない。

「神の舌」を持つ、石神さんのセカンドキャリアから目が離せない(筆者撮影)

(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)

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