みそ汁専門店は「おにぎり」に次ぐブームとなるか

「みそ汁や まり福」のみそ汁

「みそ汁や まり福」のみそ汁。5種類の旬の野菜がたっぷりと入る(筆者撮影)

ひと昔前、お茶や水を買う時代が来るとは思いもしなかった。それはコンビニのおにぎりも然り。とくにおにぎりは全国に専門店が続々とオープンしている。しかも、お米や海苔、具材にとことんこだわった高級志向の店は行列ができるほどの人気だ。裏を返せば、日本人の主食である米を使ったおにぎりが今や嗜好品になったといえるだろう。

だしやみそ、具材を選択できる「カスタムみそ汁」

おにぎり専門店の次は何が来るのかと考えていたら、名古屋市内にみそ汁専門店があるのを見つけた。2023年9月、名古屋市瑞穂区の瑞穂通沿いにオープンした「みそ汁や まり福」がそれだ。

「みそ汁や まり福」外観

「みそ汁や まり福」外観。店は地下鉄桜通線瑞穂運動場西駅と新瑞橋駅の中間あたりにある(筆者撮影)

いやいや、おにぎりはまだしも、みそ汁の専門店は商売として成り立つのだろうか。それが筆者の率直な感想だった。しかし、よく考えてみると、筆者はパンや麺類よりもご飯を好んで食べているものの、週に2、3回はパスタやうどんなどの麺類が食卓に並ぶ。

とくに成人した子どもたちが巣立ち、妻と2人の生活がはじまってからは、みそ汁もあまり作らなくなった。どうしても欲しいときは湯を注ぐだけのインスタントを使っている。おいしいみそ汁を味わったのはいつなのか覚えていない。専門店を謳うならば、さぞかしおいしいみそ汁が楽しめるのではと期待が膨らむ。もしかして、みそ汁専門店は需要があるのではないか。

卓上にあるオーダー表

卓上にあるオーダー表。好みのものを選んで注文する(筆者撮影)

まずは実際に店を訪ねてみることにした。カウンター席に座ると、店主の福田真理さんからオーダー表を手渡された。そこには、かつおとにぼしの2種類のだしや郡上味噌と信州味噌、麦味噌、赤味噌、手作り味噌(1日5食限定)の5種類のみそをはじめ、野菜の具材、トッピングをそれぞれ細かくカスタマイズできる「カスタムみそ汁」と、「お任せ」の2種類があった。

みそ汁は地域によって味付けがかなり違うため、だしやみそが選べるのはありがたい。筆者は、かつおだしと郡上味噌をみそ汁のベースにした。野菜の具材は週替りでAとBの2種類を用意。価格はいずれも550円。

週替りの具材

週替りの具材。AかBのいずれかを選択する。緑や黄、白の玉は下ごしらえの調理方法を示している(筆者撮影)

「今週は、こまつ菜といんげん、パプリカ、とうもろこし、とうがんの5種類。これがAになります。Bは、みずなとえだまめ、ピーマン、トマト、ズッキーニのこちらも5種類です」と、福田さん。迷った挙げ句、Bを選択。

野菜の具材なし(300円)も可能だ。その際はトッピングであげやわかめ(各50円)やとうふ(100円)などの定番の具材を選択できるほか、厚切りベーコン(150円)やいわしつみれ、鶏つみれ、厚切り豚バラ(各200円)などの変わり種もある。

みそ汁だけでは物足りないと思っていたら、ごはん&小鉢セット(350円)があったので、これも注文することに。ちなみにごはんは単品(150円)でも注文可能だ。

下ごしらえで野菜本来の味を引き出す

野菜の具材B(550円)とごはん&小鉢セット(350円)で合計900円。みそ汁と小鉢、ごはんでこの価格は正直、安くはない。900円あれば、ファストフードなら満腹になるし、ラーメンや他のものも食べることができる……と頭を過ったが、みそ汁専門店の実力を見せてもらおうではないか。

みそ汁とごはん&小鉢セット

みそ汁とごはん&小鉢セット。ご飯はプラス50円で大盛りも可能(筆者撮影)

待つこと4、5分でみそ汁とごはん&小鉢セットが目の前に運ばれた。みそ汁は大きなお椀にたっぷりと入っていた。木製のスプーンですくってみると、具材もたっぷりと入っている。筆者がBを選んだのは、みずなはまだしも、えだまめやピーマン、トマト、ズッキーニはわが家では絶対に入れることがないからである。そもそも筆者はみそ汁に2種類以上の具材は入れない主義なので、食べ慣れない具材がたっぷりと入ったみそ汁にとても興味があったのだ。

ということで、まずは具材を食べてみる。あれ?どれも夏野菜ならではの力強くて濃厚な味わいがする。とくにズッキーニはこんなにおいしいものだったのかと驚いた。

色のついた玉

色のついた玉で具材に使う野菜の調理方法がわかる(筆者撮影)

「ズッキーニはせいろ蒸しにしたものを使っています。みそ汁と合わせたときに野菜本来の味が楽しめるように、茹でたり、素揚げにしたり、オーブン焼きにしたりと、しっかりと下ごしらえをしています」(福田さん)

家庭で作るみそ汁は、切った野菜を鍋に放り込んで煮込むだけなので、野菜本来の味もなくなってしまう。まぁ、それはそれでおいしいのだが、ここのみそ汁はまったくの別物である。立ち位置がスープではなく、メインなのである。たった1杯のみそ汁を作るのに、ここまで手間ひまをかけるからこそ専門店と名乗ることができるのだ。

小鉢のだし巻きとひじきもおいしかったが、みそ汁だけでもおかずとしてのポテンシャルは十分高い。あっという間に完食してしまった。それにしても、店主の福田さんはいったい何者なのか。そして、どんな経緯でみそ汁専門店をオープンさせたのか。

みそ汁専門店は父親の介護が原点

もともと料理が好きで、大手料理教室で講師として8年間働いていた。ところが、両親の介護をすることになり、教室を辞めてゴルフの練習場で働きながら両親の面倒を見ていたという。

福田真理さん

「みそ汁や まり福」の店主、福田真理さん(筆者撮影)

「母は2016年に亡くなり、その4年後に父は寝たきりになりました。介護食を作る中で2人が好んで食べたものがみそ汁だったんです。父を介護していたときはミキサーでペースト状にしていましたが、野菜を下ごしらえをして、かつおや煮干しでしっかりとだしを取ったみそ汁を父はとても喜んでくれました。その頃、友人に『みそ汁専門店をやりたい』と話していました」(福田さん)

2021年に父親が亡くなり、8年の介護生活に終わりを告げた。みそ汁専門店のことはすっかり忘れて日常生活を送っていたが、友人から「みそ汁のお店はやらないの?」と聞かれて、真剣に考えるようになった。それがオープンする1年半程前の話である。

5種類のみそ

みそは5種類を用意。郡上味噌は麦麹と大豆麹を使った岐阜県郡上市の地味噌。豆と麦、それぞれの旨味と香りが楽しめる(筆者撮影)

「みそ汁は日本古来のものですし、日本人であれば嫌いな人はいないだろうと思い、やってみようと。みそは味の違いがはっきりと出るものを選びました。手作り味噌は米味噌ベースで塩分を10%以下に抑えた減塩タイプです。ごはんにもこだわり、5つ星のお米マイスターが選んだ愛知県産米のあいちのかおりを使っています」(福田さん)

みそ汁としての完成度の高さもさることながら、味わったときに幼い頃の記憶が蘇ってきたのは筆者自身も驚いた。筆者の両親は生まれも育ちも名古屋なので、豆味噌を使った赤だしがわが家では定番だった。とは言っても、和食店や料亭のような上品なものではなく、サトイモやナス、玉ネギ、大根など何でも入れていた。しかも、朝に作ったみそ汁を温め直して、昼も夜も食卓に並んだ。幼い頃は煮詰まったみそ汁が嫌いだった。

しかし、今思えば、母はだしの素を使わず、頭とはらわたを取り除いた煮干しやかつお節で丁寧にだしを取っていた。味噌もお椀の底に豆の粒が残る良質なものを使っていた。大人となった今、母のみそ汁が恋しくてたまらない。その味の記憶をたどるべく、再びここ「みそ汁や まり福」を訪れようと思う。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)

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