調剤大手アイン、500億円買収で小売り強化の成算

アインズ&トルペ新宿東口店。若年女性を主要客とし、店内の大半を化粧品が占める(記者撮影)

「やっと仲間ができたという気持ち。小売り事業が一気に2倍の規模になり、グループ内で存在感が出せるようになった」――。

調剤薬局大手のアインホールディングス(HD)の常務執行役員、物販運営統括本部長の石川香織氏はこう語る。アインHDが今年8月、インテリア・雑貨専門店を展開するフランフランを、投資ファンドやセブン&アイ・ホールディングスなどから約500億円で買収したことについてだ。

かねてアインHDの大谷喜一社長は、フランフランの創業者である高島郁夫氏と交流があり、独自の商品や世界観に注目していたという。約1年前から検討に入り、今年初めから具体的な内容を詰めていった。

アインHDの2024年4月期の売上高3998億円のうち、約9割を調剤事業が占める。次の柱を育成するべく、強化してきたのが小売り事業だ。同年度の小売り事業の売上高は311億円、営業利益は30億円。売上高では全体の1割に満たないものの、次の成長ドライバーとして期待がかかる。

アパレルフロア出店へのハードル

フランフランの2023年8月期の売上高は394億円、営業利益は25億円。アインHDはこれまで、化粧品が主力のドラッグストア「アインズ&トルペ」を展開してきたが、買収によるシナジーを発現し、中長期的には小売り事業をグループ売上高の2~3割程度まで拡大させる方針だ。

アインズ&トルペは、新宿など都市部を中心に2024年6月時点で83店舗を展開。スキンケアやメイクなどコスメ関連商品が売り上げの9割を占める。若年女性が主要ターゲットで、韓国コスメの取り扱いにも積極的だ。

今でこそ軌道に乗り始めたアインズ&トルペだが、出店面では苦労が絶えなかった。知名度の低さがネックとなり、商業施設での出店が思うように進まなかったのだ。

ほかのドラッグストアのように食品や日用品の取り扱いが多いわけではなく、主要顧客も異なるが、当初は商業施設から「ドラッグストアはすでにあるので要りません」とテナントに入れてもらえなかったという。

「当初はアパレルフロアに出店したいと話しても『でも、あなたたちはドラッグストアですよね?』と言われ、受け入れられなかった。そこで、アパレルフロアでも違和感のない化粧品店として、アパレルとの融合店をつくるなど試行錯誤してきた。実際に店が完成すると、美容に特化した店の特徴が理解され始めた」と、石川氏は語る。

アインHDの地元である札幌での積極出店を軸に、コスメトレンドを発信するというコンセプトを地道に伝えていった。新宿への出店が成功したこともあり、徐々に認知度が拡大。ドラッグストアがあるショッピングモール内にも出店を進めてきた。現在は、駅ビルのアパレルフロアなどで、店舗数を拡大させている。

買収シナジーで出店領域拡大

今後は、買収したフランフランとの相乗効果が成長のカギになる。まず考えられるシナジーが、出店候補地の拡大だ。

フランフランは今年7月時点で国内に152店舗を展開する。アインズ&トルペは都市部中心だが、フランフランは地方のショッピングモールにも出店している。「フランフランの知名度を生かした集客が可能になり、自分たちが考えていた領域よりも出店場所は大きく広がる。地方はあまり出せていないし、都心でも再検討できる場所が増えた」(石川氏)。

季節感のある売り場作りはフランフランの強みの一つだ(編集部撮影)

現状、アインズ&トルペとフランフランが同じ施設内にある例は10店程度。今後は隣接する形での共同出店を進める。両方とも若年女性が主要客のため、集客増を見込めるという算段だ。互いの強みを生かした新形態の店舗も開発していく。

もう一つ考えられるのが、商品開発ノウハウの共有だ。

フランフランの強みは、長年、若年層に受け入れられる商品を開発し続けていること。SPA(製造小売業)として、商品の企画から販売まで一貫して行ってきた。新たなトレンドを予測し、商品を開発できる人材を多く抱えていることで、年月が経っても若いファンを惹きつけているのだ。

若年層の化粧品に強い小売店には、ロフトやプラザといったバラエティショップがある。アインズ&トルぺは季節に合わせたギフト商材の分野では後れを取っていた。フランフランは季節商材の開発が得意分野。同社のノウハウを共有して改善していく方針だ。

「不合理なほどに高い価格」とオアシスは批判

買収に関連して、乗り越えなければならない課題もある。香港の投資ファンド、オアシス・マネジメント(4月23日時点でアインHD株を14.89%保有)は「アインHDの企業価値を向上させる最善利益のために行われたものでない可能性」(原文ママ)があると主張している。

アイン薬局は病院内への出店なども進めてきた(記者撮影)

オアシスはアインHDの大株主でもあるセブン&アイHDから「不合理なほどに高い価格」でフランフラン株を買い取ったとして、「アインHDの大谷社長が経営権維持についてのセブン&アイHDからの継続的な支持を獲得するために、過大な対価を供与する試みである可能性がある」などと批判しているのだ。

アインHDは今後、オアシスを納得させるだけのシナジーを創出していかなければならないだろう。

アインHDの主力の調剤事業では、中長期的な採算悪化も不安視されている。公定価格である薬価が毎年引き下げられ、仕入れ価格の差で儲ける薬価差益は減少傾向だ。

昨年、アインHDの子会社の元社長らが、病院の敷地内薬局の出店をめぐる入札妨害事件で有罪判決を受けるなどガバナンスの問題もある。今年の調剤報酬改定では病院敷地内薬局の報酬が減額されるなど、業績への影響も懸念される。

ドラッグストアも脅威だ。既存店に調剤薬局を併設するドラッグストアは出店スピードが速い。アインHDの調剤薬局店舗数が1200超の一方、ドラッグストア大手のウエルシアHDの調剤薬局店舗数は2100を超える。

競合の日本調剤やクオールHDが医薬品製造事業などに注力する中、アインHDは小売り強化の独自路線を進む。フランフランの買収はその最重要戦略。早期にシナジーを創出し、成長を実現することが求められる。

(伊藤 退助 : 東洋経済 記者)

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