「蒲蒲線」いまだ課題山積! そもそも経済効果「10年1兆円」は本当か? 地元関係者も「蒲田~京急蒲田接続で終わりかも」のホンネ

蒲蒲線に3000万円補助金

蒲田駅(画像:写真AC)

蒲田駅(画像:写真AC)

 東京都大田区が長年の悲願としてきた蒲蒲線(新空港線)の実現が期待されている。国土交通省が8月27日に発表した2025年度予算案の概算要求では、初めて整備主体となる第三セクターが調査や設計にあたるための3000万円の補助金が計上された。このニュースにより、蒲蒲線の話題は再び注目を集めている。

『読売新聞』2024年8月30日付電子版には、次のように記されている。

「開通すれば、池袋・渋谷方面から羽田空港方面への交通利便性の向上が期待される」

 現在、羽田空港への新たなアクセス鉄道として、JR東日本が進めているプロジェクトがある。こちらは既に着工しており、2031年度の開通を予定している。一方、蒲蒲線は2020年10月に、大田区と東急が新空港線の整備主体となる羽田エアポートラインを設立し、事業化に向けた検討を進めている段階だ。

 この会社の設立は、交通政策審議会の『東京圏における今後の都市鉄道のあり方について(平成28年4月20日付第198号答申)』において、次の意義が答申されたことに基づいている。

「矢口渡から京急蒲田までの先行整備により、JR京浜東北線、東急多摩川線及び東急池上線の蒲田駅と京急蒲田駅間のミッシングリンクを解消し、早期の事業効果の発現が可能」
「東急東横線、東京メトロ副都心線、東武東上線、西武池袋線との相互直通運転を通じて、国際競争力強化の拠点である渋谷、新宿、池袋等や東京都北西部・埼玉県南西部と羽田空港とのアクセス利便性が向上」

 これを踏まえ、大田区の現在の構想では、整備を

・一期整備:矢口渡~京急蒲田間
・二期整備:京急蒲田~大鳥居間

のように段階的に進める計画が立てられている。

膨大な試算、根拠は不明

宮本勝浩氏の著書『「経済効果」ってなんだろう?』(画像:中央経済社)

宮本勝浩氏の著書『「経済効果」ってなんだろう?』(画像:中央経済社)

 東急が参画する第三セクターが設立されたことで、一期整備は多少前進したように見えるが、二期に関してはほとんど進展がない。二期では、東急多摩川線と蒲蒲線、京急空港線を接続することになるが、軌間が異なる東急と京急の接続に関する技術的な問題など、解決すべき課題が山積している。

 そのため、国土交通省が調査費を概算要求に盛り込んだとはいえ、その実現性は依然として不透明な状況だ。

 具体性が欠けている一例として、大田区が試算した経済波及効果がある。2024年4月に大田区が公表した関西大学の宮本勝浩名誉教授による試算では、次の経済波及効果が示されている。

●大田区内
・開業初年度:約2900億円
・10年間累計:約5700億円

●広域エリア(都内全域、埼玉・神奈川の一部を含む)
・開業初年度:約4600億円
・10年間累計:約1兆200億円

 宮本氏は、阪神タイガースの優勝などさまざまな事象の経済効果を算出してきたことで知られている。しかし、氏の試算には楽観的な側面があることも否定できない。例えば、「第6回大阪マラソンの経済波及効果」(『現代社会と会計』第11号)では、大阪マラソンの経済波及効果の推計を行っており、次のような推計が示されている。

「2010年の6月1日の数値によると、東京都と大阪府の人口はそれぞれ約1304万人、約884万人であるので、人口比(1:0.68)から考えると、来年の大阪マラソンの一般観戦者は約113万人と推定される。(中略)大阪マラソンもかなりの沿道の観客数が期待できる。(中略)かなりの沿道の観客数が期待できる。(中略)このうち、ジョギング・マラソン人口の観戦者7万6500人とランナーの親族・友人などの関係者6万人を除くと、一般の観戦者は99万3500人であると推定される」

 観客数を都市の特性や交通の利便性、イベントの規模などの多様な要因を考慮せず、人口比だけで推計している理由は不明だ。また、「ランナーの親族・友人などの関係者6万人」という数字がどこから出てきたのかも明示されていない。

 大田区のウェブサイトでは蒲蒲線の試算方法についての説明はないが、同様の視点で試算が行われていると考えられる。

 その結果、現状の蒲蒲線の経済効果については、膨大な数字が並ぶものの、誰もその根拠を理解できていないように思える。

怪しい経済効果

新空港線(蒲蒲線)について(画像:大田区)

新空港線(蒲蒲線)について(画像:大田区)

 この試算は、2024年4月16日に行われた大田区議会交通政策調査特別委員会でも議題に上がった。その際の議事録の一部を引用する。

◆津田委員:運賃に関しては、ありがとうございます。運賃といっても当然通勤、通勤というか定期券であったり、一時利用というか旅行で来られる方もいらっしゃると思うのですけれど、そうなるとこの飲食費とかというのは、どういう基準の算定になるのでしょうか。毎日空港線を利用された方が、空港線を利用されている方も旅行で来られて、ご飯を食べられる方も含めて、例えば大田区では73.3億円、年間で直接効果があるという数字なのか、それともインバウンドなどで来られた方の飲食費なのかどうかというのは、お答えいただけますでしょうか。
◎山田鉄道・都市づくり課長:今回新空港線の利用につきましては、5.7万人増加するというところでございます。そのうち大田区に降りるお客様が約4万2000人で、東京都、大田区を除くのが約7000人、埼玉県が約1000人、神奈川県が約7000人となってございます。その人数を基に大田区で降りる方が使う飲食代として73.3億円、同じように買物が46.5億円という試算の仕方をしているというところでございます。
◆津田委員:そうすると今、例えば新空港線ができていない状況の中で、同じ方が例えば、蒲田駅から京急蒲田駅まで歩いている方も使っているお金というのも、新空港線を使った、その方が使えばその金額になるということという理解でよろしかったですか。
◎山田鉄道・都市づくり課長:あくまでも新空港線を新たに利用される方が5.7万人増えるというところでございます。そこの考え方でございます。
◆津田委員:分かりました。

 最後に津田委員は「分かりました」と質問を終えたが、読者のみなさんは理解できただろうか。津田委員は、飲食費などの経済効果がどのような利用者を想定して算出されているのかを尋ねた。しかし、山田課長の回答には具体的な算出方法や根拠が示されていなかった。

 さらに、現在蒲田駅から京急蒲田駅まで歩いている人々の消費が、単に蒲蒲線利用に置き換わっただけでは新たな経済効果は生まれない。この点について、山田課長は「新たに利用される方」という表現にとどまり、具体的にどのように新規需要を見込んでいるのかを明らかにしなかった。

 これは単に話をはぐらかしているのではなく、明確な試算方法が示されていないことの証左だ。せっかく国土交通省が予算を投じる段階に入ったにもかかわらず、このような楽観的な経済効果予測しかないのは、事業の実現を妨げる要因となりかねない。実際、大田区自体も、まだ実現に向けた熱意が低いのではないかと感じてしまう。

鉄道実現までの最短13年

新空港線(蒲蒲線)について(画像:大田区)

新空港線(蒲蒲線)について(画像:大田区)

 現在の実現に向けた状況について、区議会の関係者は次のように語った。

「第三セクターが設立され、構想段階からは進展しています。しかし、実質的に前進しているのは一期整備の矢口渡~京急蒲田間だけです。この部分については、大田区と東急が事業を進めることができるので、まだ時間は必要ですが、実現にこぎつけるでしょう。一方、京急などとの調整が必要な二期整備の京急蒲田~大鳥居間については、具体的な計画すら立っていません。このままでは、JR蒲田駅と京急蒲田駅間を鉄道で接続しただけで終わってしまう可能性も十分にあります」

 実際、大田区は国土交通省が予算を計上したことをどのように受け止めているのだろうか。担当者はこう話す。

「初めて国交省が予算を計上したことで前進はしていますが、実現までの道のりはまだ長いと感じています。仮に鉄道事業の許可が出たとしても、その後に環境影響評価や都市計画決定まで3年、さらに着工から開業まで10年程度を見込んでいます。つまり、最短でも13年はかかる計算です」

 もし、今すぐ計画が決定したとしても、矢口渡~京急蒲田間が鉄道で結ばれるのは2040年頃になる。もちろん、これは最短で事業が進んだ場合の話であり、多額の整備費を用いるため、長い議論が必要になるかもしれない。

老朽化する街の危機とリーダー不在の葛藤

新空港線(蒲蒲線)について(画像:大田区)

新空港線(蒲蒲線)について(画像:大田区)

 国交省が予算を計上したことで前進が期待されているが、現状は依然として不透明だ。それでも、大田区が蒲蒲線の実現を進めている理由は何だろうか。前述の区議会関係者はこう語る。

「今後、再開発が進まず、周辺地域に比べて魅力のない街のまま埋もれていくことへの危機感があります」

 現在、蒲田周辺では品川、大井町、川崎など、再開発による街づくりが進行している。一方、蒲田は一部地域で再開発準備組合ができるにとどまっている。しかし、蒲田での再開発は避けては通れない課題だ。繁華街の多くの建物が老朽化しているからだ。JRの駅ビルは東口が1962(昭和37)年、西口が1970年に完成しており、東急の駅ビル(東急プラザ蒲田)も1968年に完成している。これらはリニューアルで対応しているが、将来的には建て替えを検討する必要があるだろう。

 さらに、問題なのは蒲田駅周辺のサンライズ商店街やサンロード商店街だ。これらの商店街の建物は昭和40~50年代に建てられたもので、古い建築基準に基づいている。南海トラフ地震などの大規模災害が起きれば、倒壊する恐れがある。

 大田区は2022年に「蒲田駅周辺地区グランドデザイン」を改訂し、2024年4月には「大田区鉄道沿線まちづくり構想」をまとめるなど、再開発に向けた取り組みを進めている。しかし、これらは方向性を示すにとどまり、具体的な再開発計画はまだ存在しない。区役所や住民の間では期待が高まっているものの、現時点では漠然としたビジョンの域を出ていないのが実情だ。

 前述の区議会関係者は、地域にリーダーシップを取る人間が不在であることも問題だと指摘する。

「松原忠義前区長は地元の池上出身で、蒲蒲線の実現を区政の最重要課題のひとつとして推進してきました。しかし、2023年に就任した鈴木晶雅区長は、蒲蒲線計画を継続しつつも、松原前区長ほどの熱意はありません。区役所全体としても、蒲蒲線を前提とした具体的な再開発計画には至っておらず、やや様子見の姿勢が見受けられます。そのため、グランドデザインや構想も、区役所から発注されたデベロッパーが見栄えよくまとめて、“仕事をしている感”を出すだけのものになっている面があります」

羽田直結、利便性の向上

新空港線(蒲蒲線)について(画像:大田区)

新空港線(蒲蒲線)について(画像:大田区)

 蒲蒲線の実現には依然として高いハードルがあるが、その実現の是非を問うなら、推進すべき事業だ。

 蒲田を含む沿線の再開発と同時に事業を進めることで、都市の防災機能が向上する。蒲田の街は1960年代から1970年代の経済成長期に形成された構造であり、少子高齢化社会に適応するための再開発は不可欠である。

 また、羽田空港から渋谷方面へ乗り換えなしで行ける鉄道路線は非常に便利だ。蒲蒲線が羽田空港と接続すれば、将来的にエイトライナー構想(環状8号線地下などを利用した新しい環状鉄道構想)の実現可能性も高まるかもしれない。

 現在、東京各所で再開発が進んでいるが、これほど活発に再開発やそれにともなう交通インフラ整備が行われる時期はあまりない。したがって、大田区には蒲蒲線を軸とした具体的な都市再生計画の策定が急務である。そのためには、区内の意見をまとめる旗振り役の出現が必要だ。

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