地方私鉄と「台北メトロ」友好協定の本当の狙い

アルピコ交通 台北メトロ 車両 並列

2024年6月に友好協定を結んだアルピコ交通(左)と台北メトロの車両(左写真:編集部撮影、右写真:HAPPY SMILE/PIXTA)

台湾と日本の鉄道事業者間での友好協定や姉妹鉄道協定は、もはや枚挙にいとまがない。歴史的経緯や同じ駅名があること、またお互いが観光路線であることなど協定を結ぶ経緯はさまざまであるが、表向きの目的は「相互誘客」ただ一つであると言ってもあながち間違いではないだろう。

日本の鉄道に台湾カラーの車両が走れば(その逆も)、一躍注目の的である。つまり、双方のインバウンド観光客の獲得である。

しかし、これまで協定を結ぶ台湾側の鉄道会社はほとんどの場合、台湾全土の鉄道網を運行する「台湾鉄路」である一方、日本側はJR、大手私鉄、中小私鉄とさまざまで、少なからず台湾側と日本側に思惑の違いが存在したのも事実である。

日本の地方に注目する「台北メトロ」

そんな中、台北で地下鉄を運行する台北大衆捷運股份有限公司(台北メトロ)と日本の地方私鉄との友好協定が続々と拡大している。とくに中部地方では、2023年8月の静岡鉄道を皮切りに、伊豆箱根鉄道、伊豆急ホールディングス、遠州鉄道・天竜浜名湖鉄道(いずれも静岡県)、アルピコ交通・長野電鉄(ともに長野県)と相次いでいる。

【写真】台北メトロと友好協定を結んだアルピコ交通や長野電鉄、静岡鉄道など中部地方の私鉄と台北メトロの車両、協定調印式の様子

台湾へのインバウンド誘客という視点からすれば、首都圏や関西圏の大手鉄道会社と連携したほうが広告効果ははるかに大きくなる。にもかかわらず、台北メトロが地方の鉄道会社と立て続けに友好協定を結ぶ理由はいったい何なのか。

「共通の接点であった丸紅さんを通して、台北メトロさんが日本の鉄道事業者で友好協定を結べるところがないか探しているという話が入ってきた」と語るのは、アルピコ交通の隠居哲矢鉄道事業部長だ。2024年6月、アルピコ交通は、長野電鉄と共に台北メトロと3社間での友好協定を結んだ。

台北メトロは鉄道システムの導入関連で、またアルピコ交通は顔認証システムの実証実験や空飛ぶ車の開発で丸紅と接点があった。丸紅ならば、各地の鉄道会社との取引があるだろう。しかし、その中で、「丸紅さんが、信州の会社がいいのではないか」ということで、台北メトロに対してアルピコ交通を紹介したのがきっかけとなった。そして、同じく長野県を地盤とする長野電鉄にも声をかけ、加わることになった。

台北捷運 アルピコ 長電 協定式

台北メトロとアルピコ交通、長野電鉄の友好協定調印式(写真:アルピコ交通)

ちなみに、台北メトロがすでに結んでいた先述の静岡県内の鉄道会社との友好協定は、別の仲立ちを通して実現しているとのことだ。また、これとは別に、2月には別府ロープウェイ(大分県)とも友好協定を結んでいる。台北メトロが日本の大都市ではなく、地方に注目しているということは紛れもない事実である。

知られざる観光地への送客目指す

この背景には、台湾側からしても台湾の人々にまだ知られていない、日本の地方の観光地を知ってもらいたいという思惑がある。東京や大阪の有名な観光地は何度も訪れ、もう知り尽くしてしまっている人も多い。表向きには相互送客というのが友好協定の理由付けであるが、実は台北メトロ側としても、日本により多くの観光客を送り出したいという思いがある。

台湾から日本へのインバウンド旅行者に対し、日本から台湾へのアウトバウンドが圧倒的に少ないという根本的問題は、過去にも取り上げられているが、昨今の日本人の海外旅行離れからして、これを均衡化するのはかなり難しい。

隠居部長によれば、「将来的には台北メトロとして、台湾から日本に送客する事業をやりたいという希望があるようだと聞いている」とのことで、台北メトロによる日本のプロモーションは今後、一層強化されるかもしれない。だからこそ、今の段階から地方の鉄道事業者と連携し、観光資源を発掘することに力を入れているわけだ。

台北メトロ車両

日本の地方鉄道との連携を進める台北メトロの車両(写真:Carlos/PIXTA)

協定に基づき、台北メトロの駅のデジタルサイネージを用いて、アルピコ交通および長野電鉄沿線観光地のPRが始まっているが、今後は日本側でも台湾の観光PRが展開される予定だ。

アルピコ交通といえば、松本駅―新島々駅を結ぶ鉄道(上高地線)よりも、東京、名古屋、大阪の三大都市圏と長野県各地を結ぶ高速バスのほうが馴染みのある人が多いかもしれない。白い車体に「Highland Express」のロゴとレインボーカラーのバスは一度は見たことがあるという人が多いのではないだろうか。

この高速バスをサイネージに活用すれば、より多くの日本の人々に台湾の観光地を知ってもらう機会になりそうだが、今回の協定は、あくまでも鉄道事業に限ったものだそうだ。よって、台湾のPRは上高地線の駅や車内に限られることになる。

アルピコ 3000形

アルピコ交通上高地線の電車(編集部撮影)

それでもなお、台北メトロ側からのプロポーズで友好協定を結んでいるというのは、日本の地方の観光地を台湾の人々に知ってもらいたいとする、台湾側の並々ならぬ熱意を感じる。

地方鉄道の利用支える「訪日観光客」

地方の公共交通需要が先細りする中、インバウンド観光客の獲得は非常に重要だ。上高地線の利用者数は長らく微減を続けていたが、2010年を境に増加に転じた。地域利用者の増加もあるが、国内外問わず観光客の存在も大きい。2023年現在の利用者数は、コロナ前(2019年)に比べてまだ低い水準であるが、定期外のみを見ると、すでにコロナ前を大きく上回っている。

上高地線は終点の新島々駅でアルピコ交通の路線バスに接続し、上高地、乗鞍方面へのアクセスを担う。とくにインバウンド観光客は、都市圏と上高地のみをバスで単純往復するというよりも「ジャパン・レール・パス」などを使ってJR線で松本を訪れて市内を観光し、翌日に上高地線を利用するパターンが非常に多いという。また、さらにその先、高山などに抜けて行くという回遊行動を取るという特徴がある。

新島々駅 ホーム

上高地線の終点、新島々駅(編集部撮影)

新島々バスターミナル

新島々駅に併設されているバスターミナル(編集部撮影)

潜在的に観光需要のある路線ではあるが、台北メトロとの友好協定によりさらに利用者が増える可能性がある。

反面、このような友好協定は過去の例からしても、一過性で終わりがちという面も少なからずある。当初は上高地や湯田中渋温泉郷のスノーモンキーなど、その地域の顔となるような観光地をPRすることで成り立つが、いずれそれも飽きられてしまう。

友好協定を継続的に、そしてより親密な連携関係を築くには、日本側からも積極的に観光資源を発掘し、商品化する必要がある。

その点で、アルピコ交通を擁するアルピコグループには下地がある。同グループは、「『長野を国際リゾート化し』地域とアルピコを活性化させる」という「ALPICO AAA戦略」を策定し、インバウンド誘客を推進している。ちなみに3つのAは「ALLIANCE:富裕層獲得、外資誘致、海外進出、海外企業とのコラボ等」「ACADEMY:国内海外教育機関での講義、海外人材の採用、グローバル人材の育成等」「AIRLINE:プライベートジェットによるアルプス遊覧飛行、ホンダジェットの松本空港利用等」である。

「今回の友好協定は、あくまでも交通部門の連携であり、アルピコグループ全体のインバウンド戦略の中にあるものではない」と前置きをした上で語るのは、アルピコホールディングス(HD)グローバル事業推進室の松木嘉広室長だ。

同社はインバウンド戦略を強化しており、2013年にバンコク事務所を開設、2015年には本社にインバウンド推進室を設置した。2017年にグループ6施設に宿泊する外国人観光客は延べ2万5000人ほどだったものが、2019年には5万人にまで増加した。この数は全体の25%ほどを占めているという。

大手旅行会社のマレーシア支店勤務を経て、長年シンガポールの現地旅行会社で訪日ツアーの企画や添乗に携わってきたという経歴を持つ松木室長は、インバウンド事情に精通し、観光商品の開発、営業のプロフェッショナルだ。コロナ前には毎年5回前後海外出張し、主にアジアの国々に対して営業を行ってきた。

国内客のオフピークを補うアジアの需要

国内需要では大型連休などの特定の時期に混雑が集中するが、インバウンド需要を取り込むことで平日の集客を見込めるほか、ゴールデンウィークと夏休みの谷間かつ、梅雨という閑散シーズンの穴埋めとして、6月の東南アジアにおけるスクールホリデーの存在は心強い。

アルピコ 20100 デジタルサイネージ

英語・中国語・韓国語で案内表示している上高地線車内のデジタルサイネージ(編集部撮影)

また、「冬の集客は松本地域の最大の課題」とのことだが、東南アジアからの観光客には雪遊び需要がある。アルピコグループにとっての一大観光地である上高地は冬季閉鎖となるため、相性は抜群だ。

「雪を求めて来日される東南アジア、東アジアのお客様が滞在する高山市や白馬バレーとの広域連携は非常に重要。地域のお母さんたちと組んだ郷土料理のランチ、スノーシューウォーク、白馬岩岳ロープウェイなど、本格的なスキーはしないが、雪を見て、雪で遊ぶという地域アクティビティを紹介しており、コロナ前は1~3月の期間で400名の利用があった」と松木室長はいう。

また、マレーシア、シンガポール在勤時代のコネクションも生かし、富裕層個人に向けた直接営業、オーダーメイド型の旅行提案も推進する。松木室長は「地方と地方を直接結ぶためのホンダジェットとの提携や、高級車両タクシーの導入、ドライバーの英語教育といった取り組みを始めており、地域と一緒に新たな観光資源の開発・発掘・磨き上げを行うことで、富裕層のお客様も満足し、長期滞在できる地域を目指している」と語る。

有名観光地を巡るだけの単なる記号消費型でなく、より付加価値の高い体験型の商品開発には自社サービスのブラッシュアップと共に地域との連携も不可欠だ。従来、松本は東京や飛騨、アルペンルートなどから入り、翌朝松本城を見学して次の目的地へ向かうゲートウェイ的な滞在が主だったが、インターネットでは見つけることができない新たな地元の魅力を発掘し紹介していくことで、松本での滞在日数を伸ばすことに成功しているという。

また、この4月には包括連携協定を結んでいるインドネシアの私立大学の日本語・文化学科卒業生をアルピコHDで採用した。同社で初となる海外大学出身者の新卒採用だ。インバウンド対応の戦力として育てていきたい考えで、入社式にはグループ新入社員代表に抜擢され、答辞を述べた。

観光資源の発掘という意味では「ヨソ者」の視点も重要なポイントだ。例えば地域の人々にとって雪は迷惑なものでしかない。しかし、雪を見たこともない外国人観光客にとっては雪合戦をすることすら大きな体験となる。また、9月には同大学向けに、観光産業やホスピタリティをテーマにした集中講義を実施する予定である。

交通業界を含め、観光産業全体での人材不足が叫ばれる中、人材の発掘、育成は喫緊の課題である。どんなにインバウンド需要が伸びても、受け入れ側の体制が整っていなければ本末転倒だ。「ヨソ者」視点という意味では、アルピコ交通と台北メトロの友好協定も、今後、例えば職員を招待するなどして、台湾目線で長野県内のプロモーションなどが実現するとすれば、さらに大きな可能性を秘めていると言えそうだ。

「日本人より日本を知っている」訪日客

少子高齢化が深刻化する今、地方のバス、鉄道を中心とした交通事業者は、岐路に立たされている。日本の公共交通は独立採算が前提であることから、利用者数を増やさない限り抜本的な対策には至らないが、人口増加も見込めない中、労働力不足も追い打ちをかけ、減便や廃止が相次いでいる。

長電バス 運休告知 バス停

乗務員不足で2024年1月から日曜運休に踏み切った長電バス(長野県)の告知。その後一部路線は運行を再開している(編集部撮影)

地方交通事業者が生き残る道は観光需要の創出、とくに外国人旅行者の取り込みにかかっていると言っても過言ではないが、一方で、日本は今、増大する外国人観光客によるオーバーツーリズムという問題も同時に抱えている。

2000年代初頭、2010年までの年間訪日観光客1000万人を掲げてスタートした「ビジット・ジャパン・キャンペーン」は、当初は計画を下回っていたものの2013年以降、急激な伸びを見せ、2019年の訪日観光客は早くも3000万人を突破してしまった。その間に受け入れ側で対策が取られてきたかといえばそうとも言い切れず、オーバーツーリズムが発生するのも当然の結果である。

筆者もかつて、インバウンド1000万人達成のために知恵を絞れと、さまざまな宿題を課された経験があるが、蓋を開けてみれば、周辺各国の人々の可処分所得の増加、日本の相対的物価安、そして円安と、外的要因で外国人旅行者は増え続けた。

日本側の要因で大きいのは、タイ、マレーシア、インドネシアなど東南アジア各国に対する観光ビザの免除やビザ要件の緩和くらい(もっとも、これも各国の急速な経済成長に裏打ちされた動きであるが)だろう。

従来は団体旅行に参加するか、日本側からの招聘状や保証人がなければ渡航できなかったのが、これらが不要になったことで、日本が好きでお金もあるのに行くことのできなかった人々が殺到することになった。「高嶺の花が一気に身近な存在になった」というタイ人女子の声を今でも覚えている。

中には、年に2度も3度も日本に訪れる人もいる。まして、「安近短」となる台湾からの観光客からすれば、もはやゴールデンルート的な旅行に食指が動かないのも当然だ。台湾からの訪日客の9割弱をリピーターが占めている。タイ、シンガポールでも8割弱、マレーシア、インドネシアに至っても約半数がリピーターだ。

彼らのSNSなどを見ていると、よくそんなところ知っているね、とコメントしたくなるようなニッチな観光地が次々と現れる。しかも、インスタ映えを狙うようなキラキラした人たちが、案外、鉄道を利用していたりする。外国人のほうが日本のことを知っているし、わかっているのである。

訪日観光客誘致に「地方交通」の役割は大きい

増えすぎる外国人観光客に対して国として抜本的対策を打てていない中、台北メトロ側から「有名どころではなく地方、さらには知られていないスポット」と明確に打ち出されたのは皮肉というほかない。本来ならば、日本側から観光庁や行政が主導となって、地方への誘客を進め、さらには、インフラ投資や事業者への助成など、しかるべき予算を投下しなければならない。

訪日観光客による旅行消費額は年間5兆円を超えているが、国や行政の観光産業に対する理解はまだまだ低いというのが現状だ。「コンビニの上に見える富士山」を物理的に撮影できないようにシートをかけてしまうなど、その表れではなかろうか。

富士山ローソン

外国人観光客が殺到して注目された富士山とコンビニの風景(写真:kazuphoto/PIXTA)

地元、いや日本人からすると、富士山は当たり前の存在すぎて、どうしてそこに外国人が殺到するのかがわからない。だからこそ、観光客をその地点から排除するという発想になってしまうわけだが、これではお互いが不幸になる。しかし、このような事象は全国各地で発生する可能性をはらんでおり、観光資源の発掘、商品化にとって、いかに「ヨソ者」視点が重要かということを物語っている。

日本とアジア各国との関係性は、観光の分野においても日本が助けてもらう局面に入ったとも言えるのかもしれないが、地方の鉄道事業者と次々に友好協定を結ぶ台北メトロの動きは、今後の日本のインバウンド戦略、さらには地域創生、ローカル交通の再生に大きなヒントとなるに違いない。そして、地方の交通事業者は、地元に根差しているからこそできる、地域のコーディネーターとしての役割が大きくなるのではないだろうか。

(高木 聡 : アジアン鉄道ライター)

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