論理的ではなく「非連続的な思考」がもたらす成果

クリエイティブジャンプ

「論理的な思考」だけでは他と差別化した突出した成果を出すことはできない。では、どうしたらいいのか。ビジネスパーソンの中にはこうした悩みを抱えている人も多いのではないでしょうか。
今もっとも注目を集めるZ世代の経営者の一人、株式会社水星代表・ホテルプロデューサーの龍崎翔子氏は「クリエイティブジャンプ」こそ、そうした多くのビジネスパーソンの悩みを解決できると言います。
そんな龍崎氏に「クリエイティブジャンプ」とは一体何か、また今や日本を代表するグローバル企業となった任天堂の「クリエイティブジャンプ」について話を聞いた。

任天堂の「クリエイティブジャンプ」

任天堂は、私が物心ついた頃から、常にクリエイティブの最前線にいる企業です。『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』を読んで、改めてそれが不断の努力によって築き上げられてきた地位なのだと感じました。

製品1つとっても、どういうコミュニケーションを通じて、どういうマーケットに届けるのか、どういうプロモーションを通じて、手に取られるように値決めをし、販売していくのかという所まで、チーム一丸となって努力されてきたことが理解でき、刺激を受けました。

私は今まで、任天堂のプロダクトに対して、日本の消費者に刺さるように開発されているイメージを抱いていました。「脳トレ」シリーズや「Wii」などは、親子3世代がお茶の間で楽しめますし、「Nintendo Switch」は、放課後、友達の家に集まって対戦するという、日本の家庭や社会の距離感の上に成り立っているように見えます。でも改めて考えてみれば、それが、国内のみならずグローバルでも通用するプロダクトに昇華されていることに驚かされる思いです。

本書によれば、著者のレジー・フィサメィさんが任天堂に入ったのは、任天堂にとっては、冬の時代でした。

彼は、グローバルマーケティングの担当として入りましたが、手始めにプロモーションや価格、販売戦略などを見直すのではなく、任天堂の復活への起爆剤は、記者や販売店の方が心の中に抱いている任天堂への愛や子供心に再び火をつけることだと見抜き、観客が大いに盛り上がる新商品発表会を企画するところから仕事を始めたのだそうです。

リスクもコストもほぼゼロの施策でありながら、世の中に埋まっている、ものすごく大きな資産を引き出す。これこそ「クリエイティブジャンプ」だと思いました。

非連続な思考で突破する

私の著書でも主題にしている「クリエイティブジャンプ」とは、リソースが限られている中で、論理的な思考ではなく、非連続的な思考によって、非連続な成果をもたらすことを指します。

クリエイティブジャンプ 世界を3ミリ面白くする仕事術

私自身の体験をお話ししますと、北海道富良野市でペンション経営を開始した際は、とにかく他の施設と比べて見劣りしないようにすることでお客様の滞在満足度をあげようと考えていました。

富良野といえばメロンが有名なので、朝食でメロンを提供したり、オリジナルのスイーツを開発したりしたのですが、どれもうまく刺さりません。でも、いろいろと思考錯誤しながらやってみるうちに、夜に無料でお酒を楽しめるフリーフローサービスを始めたところ、お客様同士のコミュニケーションが生まれ、滞在満足度が大幅に上がるようになったのです。

同じシーズンに2度リピートしてくれるお客様や、海外からリピートしてくれるお客様も現れました。

それまでは「良いサービス」を提供しようとずっと試行錯誤していたのですが、お客様が求めていたのは旅先のポジティブな予定不調和だったのだ、と気付かされた体験でした。この、フリーフローサービスを始めたことが、ささやかながらも私たちにとっての最初のクリエイティブジャンプだった、といえます。

その後、京都、大阪とホテルを開業していく中でも、ホテル市場の厳しい顧客獲得競争に晒され疲弊してしまった時期がありました。

そこで、とにかく毎日のようにツイッター(現エックス)にかじりつき、どういうコンテンツが求められているのか、お客様の消費行動がどのように成り立っているのかをチェックし続けました。

その時の学びをもとに、大阪でホテルを開業するにあたっては、「大阪の空気感を表象していること」、「お客様にとって当ホテルに泊まる意味になるような体験があること」、「それが人に伝えたくなる要素にもなっていること」という3点をすべて兼ね備える存在として、全客室にレコードプレーヤーを置くということにチャレンジしました。

その結果、ありがたいことに、多くの方に指名買いでホテルを予約していただけるようになったのですが、こういったことが、自分にとってのクリエイティブジャンプを実感した出来事ですね。

ちょっと突拍子もないことを提案する

ステークホルダーの多いプロジェクトに携わる際に突拍子もないことを提案するというのは、緊張することもあります。

石川県金沢市で運営しているホテル「香林居」は、エントランスに精油の蒸溜設備があります。通常、ホテルに大型の蒸溜機が置いてあることはまずありません。

プロジェクトが進んでから、このホテルの唯一無二の価値を生み出すために「館内に蒸溜機を置きたい」と言い出したのでステークホルダーを驚かせてしまいましたが、オンリーワンのホテルを作るために必要なことなのだとご理解いただき、関係者の方々にいろいろと調整していただき設置することができました。

こういった、一見、異質にも思えるものとマッシュアップすることで地域の空気感を再現していくという私たちの持ち味をご理解いただいた上で、ご一緒いただける方が多いですし、パートナーに恵まれていると思っています。

ホテルのプロダクトに関しては、常に「伝わり方」を意識しています。私自身が世の中に対して伝えられる声の大きさには、限りがあります。ですから、自分の代わりに伝えてくださる方が、どれだけいるかが大事だと考えているのです。

具体的には、第三者が再発信しやすい内容を意識して、「編集しやすい素材」を1次発信するという感覚で、情報設計しています。

特に、「どのようにPRするか」から逆算して商品開発をしていくことを大事にしているので、企画の初期段階で、まずプレスリリースを作ってしまうことが多いですね。

どういうプレスリリースを作れば、それが記事になるのだろうか、お客様がSNSで発信して下さるのだろうか——そういう「思わず人に伝えたくなる」ということを意識しています。

手垢のついていない言葉を使う

発信する際には、手垢のついてない言葉を使ってパンチラインを生み出すということを大事にしています。

ものすごく斬新な発想を生み出すというのは、誰もができることではありません。でも、自分の感覚や考えを、世の中にまだ表現されていない言葉を通じて伝えるということなら、できると思える方もいるのではないでしょうか。

そうした言語化の手法について、特別に研究しているわけではありませんが、私に関しては、もともと学生時代から短歌が好きだったのも、もしかすると影響があるのかもしれません。三十一文字には、心を捉え、ハッとするような表現を使い、その歌を詠んだ時の作者の感覚を、読み手に伝えるための工夫がなされています。

短歌によって、意外性のあるワーディングを組み合わせていくことが、いつの間にか、自分にとって自然なことにもなっていました。

実際、これまでに生み出してきたコピーを振り返ると「最果ての旅のオアシス」「人生の乾いた旅に潤いを」など、五七調のものが多いのです。

ツイッターで呟き続けて、人の気を引く言葉の組み合わせというものを無意識に研究する10代を過ごしていたことも、今に生きているように思います。

(後半に続く)

構成:泉美木蘭

(龍崎 翔子 : ホテルプロデューサー)

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