「就労での重訪が認められない」重度障害者の嘆き

小暮理佳さん

「介助付き就労」の学習会で自身の体験を語る小暮さん(記者撮影)

障害者の法定雇用率が今年4月に2.5%へ引き上げられ、企業は従業員40人ごとに障害者1人を雇う義務を負った。軽度の身体障害など比較的雇いやすい区分の求職者をめぐり、事業者間で争奪戦となっている。

そのような中、就労のスタートラインにすら立てない人たちがいる。日常生活に他者の助けを必要とする重度障害者だ。働く意欲や能力はあるのに、働けない――。そんな当事者の状況を追った。

「ヘルパー使えないの? じゃあ就職なんて無理でしょ」

大阪府吹田市の小暮理佳さんは、父親の一言に唖然とした。関西大学4年生だった2018年12月、うまくいかない就職活動について何気なく家庭で話した際のことだ。すでに折れていた心に追い打ちとなった。

就労時の介助費用は自己負担

小暮さんは2歳のとき、脊髄性筋萎縮症(SMA)と診断された。全身の筋力が徐々に衰える進行性の難病で、根本的な治療法はまだ存在しない。手先は動かせるが、下半身の自由が利かず、移動は電動車いす。人工呼吸器も使用している。

その生活を支えているのが、「重度訪問介護(重訪)」だ。名称から介護保険と混同されがちだが、別物で障害福祉サービスの一種。自治体が認めた時間に応じてヘルパーの派遣を受けられ、食事や入浴、排泄、日常生活上の外出などに介助サービスが利用できる。

ただ、重訪には大きな制約がある。管轄する厚生労働省が経済活動での利用を認めておらず、就労中は支給されないのだ。つまり、重度障害者が働こうとすれば、ヘルパー代を自身か企業で負担しなければならない。小暮さんは「試算すると、月40万円ほどかかる」と話す。

一般企業に入るハードルの高さは理解していた。それでも「自分でお金を稼ぎ、好きなものに囲まれて暮らす」という夢を諦めることなく、周囲の友人たちと同じように就活に励んだ。神奈川の大手IT企業で2週間のインターンをやり遂げるなど、手応えもあった。

だが、障害者雇用枠を中心に応募した約10社は全滅。介助の必要性を告げると、まともに選考してくれない会社が多かった。障害を抱える学生向けの合同説明会では、「自力でトイレに行けるようになってから応募してください」と門前払いされた経験もある。

小暮さんは「重度障害者の中には、体の状態的にどうしても働けない人もいる。ただ、意欲がある人の道まで閉ざさないでほしい」と訴える。

普通に考えれば、就労できる人には働いてもらい、税金を納めてもらうほうが国や自治体にとっても合理的だろう。なぜ、厚労省は労働での重訪支給を認めないのか。

就労における公的な支援は不公平?

国側の主張の主旨は、①公的な支援で個人の経済活動を利するのは不公平、②合理的配慮を提供するのは事業者側の義務――というものだ。障害者福祉に詳しい藤岡毅弁護士は、こう反論する。

「車いすや補聴器などの器具にも公的な支給制度がある。これらを仕事中に使う人は大勢いるが、誰も『国が経済活動を利してずるい』などとは思わない。就労への物的支援は認めるのに、ヘルパーによる人的な補助はダメというのは、論理的に破綻している」

「食事やトイレの介助などは、企業側が提供するべき合理的配慮の範疇を明らかに超えている。国は自らの責任を放棄し、事業者側へ押しつけているだけに見える」

国側が根拠としているのは、「経済活動に係る外出には重訪を支給しない」と定めた厚労省告示第523号だ。しかし日本国憲法は個人に労働の権利と義務を保障し、障害者基本法は障害者に経済活動への参加機会の確保を認める。

「役所が勝手に決めた告示なのに、上位概念の法より優先され、国民の権利を縛っている現状はおかしい」(藤岡弁護士)

国連もこうした現状を問題視している。2022年9月に日本政府へ出した障害者福祉に関する改善勧告には、「職場での個人的支援の利用制限を撤廃すること」との趣旨の文章が盛り込まれた。

事実上、厚労省告示を批判する内容だ。それでも厚労省側は、「真摯に受け止めているが、個別の対応はとくに考えていない」と意に介さない。

代わりに厚労省が進めるのは、2020年に始めた「就労支援特別事業」だ。職場での介助に補助金を出す制度だが、取り組むかは自治体の任意。準備中を含めても導入するのは全国で約80市区町村、全体の4%程度にとどまる(2024年3月末時点)。

この制度で重訪を用いて仕事に就くのは計114人。重訪の利用者は全国で約1万2000人いることを考えると、その全員が働けるわけではないとはいえ、あまりにも少なく感じる。

導入していない自治体に住む重度障害者は、就職を実質的に封じられている。一方、厚労省は「そもそも働きたい人がどれだけいるのか不明。必要であれば取り入れるよう、各自治体には呼びかけている」と説明する。

煩雑な制度で使いにくい

問題は普及率の低さだけではない。この事業では「重訪を経済活動に支給しない」という大枠が維持されたのだ。自身も四肢マヒなどを抱え、介助付きで公務をこなす、れいわ新選組の天畠大輔参議院議員がこう指摘する。

れいわ新選組の天畠大輔参議院議員

天畠議員は14歳のときの医療ミスが原因で発話障害や四肢マヒがある。2022年7月から参議院議員。介助者の力を借りて国会質問もこなす(写真:天畠大輔事務所)

「特別就労支援事業は『業務上の介助』と『生活上の介助』を線引きしている。企業への補助金支給である『雇用施策』と、生活介助のための『福祉施策』を組み合わせた制度設計なので、利用者とヘルパー派遣事業所、雇用主の事務作業が非常に煩雑だ。結果として、どのような介助なら申請してよいのかもわかりにくい」

つまり、厚労省告示第523号に拘泥するあまり、補助制度の利便性が損なわれるという事態に陥っているのだ。

実際の利用者はどう考えているのか。福岡県北九州市の岩岡美咲さんは、高校2年生のときに体操競技で頸椎を骨折し、首から下が不自由になった。北九州市立大の大学院に通う傍ら、地元の不動産会社でアルバイトに励む。

週3回、各3~4時間ほどの業務はすべてテレワークだ。口元の動きを機械で読み取ってパソコンを操作し、物件資料や社内報の作成を担当する。こうした就業中の介助を就労支援特別事業で賄う。

「新しく仕事を任せられたり、『ありがとう』と言ってもらえたりすると励みになる」とうれしそうに語る岩岡さん。充実した日々を過ごす一方で、複雑な手続きをヘルパー派遣事業所に強いており、負い目も感じている。

介助の対象が「就労」と「日常生活」のどちらなのかを細かく分けて記録し、月末に関係機関へ提出する必要があるからだ。「ヘルパー側の理解がなければ続けられない。余計な手間を掛けさせて申し訳ない」(岩岡さん)。

岩岡さんのアルバイト先である「株式会社DL」の大城幸治社長は、「一生懸命で周囲にも好影響を与えている。大学院の卒業後はぜひ正社員になってほしい」と評価。ただ、「採用前の手続きを自分でやってくれたから雇えた。障害者の制度に明るくない会社には難しい」と明かす。

岩岡美咲さん

「介助付き就労」の学習会で発表する岩岡さん(記者撮影)

役所との折衝や、必要な書類の準備などを岩岡さんは自ら率先して行った。本人は「行政側の担当者が熱心で恵まれていた」と振り返るが、大城社長は「きっと大変な負担だったと思う」と慮る。

就労支援特別事業に申し込む際、事前に雇用契約書を求められたのにも、面食らったという。「企業側は制度の活用を前提に重度障害者を雇う。先に契約を結べと言われれば、ハードルを感じる会社も多いだろう。せっかくの事業なのにもったいない」(大城社長)。

ヘルパー事業所の反応が気になる

記事の冒頭に登場した小暮さんは、一般企業への就職を諦めた後、手作りアクセサリーの個人販売で生計を立てようと考えた。住んでいる大阪府吹田市が今年4月、就労支援特別事業を導入。この一報を聞いた際は「ようやく職業を持てる」と喜んだ。

ところが、いまだに利用の申請すらできていない。実家を出て一人暮らしを始めたことで、新たに関わるヘルパー事業所が増えた。まだ知り合ったばかりの状態で、さらなる事務的な負担を強いるのに心理的な抵抗があるという。

「この制度を利用したいとヘルパー事業所に言ったら、向こうがどのような反応をするかわからない。国の制度として、就労中の重訪利用を認めてくれればいいのに……」(小暮さん)

障害者の法定雇用率は2026年度に2.7%へさらに引き上げられる方針だ。「誰もが活躍できる社会」の実現をうたう政府は、法制度の網から漏れてしまっている当事者たちの声を、どう受け止めるのだろうか。

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)

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