「障害者向けサテライトオフィス」にみる可能性

大塚商会のオフィス

大塚商会が新宿に構えているサテライトオフィスでは約20人が働いている(記者撮影)

パソコンと向き合い、真剣な表情でキーボードをたたく20~30代中心の男女。各々の首元には情報サービス大手、大塚商会のセキュリティーカードが掛かっている。

「これはどうやってやるんですか」「あぁ、それはね……」。そんな従業員同士の会話も漏れ聞こえ、和気あいあいとした雰囲気だ。

何の変哲もない内勤部署での日常風景に思えるが、特色が2つある。働く約20人全員が何らかの障害を持ち、ほとんどが精神疾患であること。そして、大塚商会が東京・新宿のビル内に間借りしたサテライトオフィスで勤務していることだ。

障害者の法定雇用率が段階的に引き上げられる中、こうした新たな就労形態に注目が集まっている。専門業者がオフィスを管理し、障害者への支援体制も充実。大企業を中心に導入例が増える一方、「管理を丸投げしているのではないか」などとの批判もある。

その実態はどうなのか。現地を訪ね、当事者たちの声を聞いた。

支援員や看護師が常駐

「どうしても体調や気持ちに波がある。落ち込んだときにすぐ相談できるのはありがたい」

そう語るのは、大塚商会で2023年4月から契約社員として働く田口順大さん。ウェブ系の営業マンだった前職時代に鬱病を患い、ADHD(注意欠如・多動症)も発覚した。

勤務先のサテライトオフィス施設には、看護師やジョブコーチといった支援員が常駐。仕事の話だけでなく、個人的な悩みも含めて、いつでも気軽に話しかけられる。定期的な面談も週1回あり、話した内容や様子は施設側から上司へ伝わる。

会社側はその情報を本人の状態把握に活かし、業務量や指示内容を調節する。こうして適切な労働環境を維持できる、というわけだ。大塚商会の担当者も定期的に施設を訪れるほか、勤務中はビデオ会議やチャットで常時つながり、コミュニケーションを密にする。

田口さんの同僚で統合失調症を抱える藤浦沙織さんも、「今の職場に移ってから症状が安定した」と話す。以前はアパレル企業で事務員として働いていた。体調が優れなくても休みを取りにくく、我慢しては悪化させるという負のループに陥っていたという。

2人は人事採用課に所属し、中途採用の書類審査や経理の補助、データ入力などの事務と幅広い業務に従事。「もっと会社に貢献したい。長くここで働きたい」と笑顔で口をそろえ、仕事に見出したやりがいを感じさせた。

それまでも障害者雇用に熱心だった大塚商会が、新たにサテライトオフィスを導入したのは、2022年4月だった。背景の1つに採用環境の変化がある。厚生労働省によると、2018年に約10万人だった精神障害者の新規求職者数は、2023年に約14万人まで増えた。

同期間で身体障害者の求職者数は減少、知的障害者は横ばい。つまり、高まる法定雇用率を達成するためには、精神障害者の積極的な採用が不可欠となったのだ。ただ、精神的な疾患を持つ人の就職1年後定着率は、約50%にとどまるとのデータもある。

精神障害は症状が人によって異なり、特性を把握しやすい身体障害や知的障害と比べて、受け入れの難易度が高い。障害者の就職支援に携わる企業の社員は、「必要な配慮を得られず、より心を病む人もいる。自殺してしまう最悪のケースも珍しくない」と明かす。

休憩スペースの確保や看護者の配置など、効果的な施策はある。だが、自社で精神障害者向けに最適化した環境を実現するのは、スペースやコストの制約で難しい。そこで大塚商会は、整備されたオフィスを社外へ求めることにしたのだ。

いつしか人事採用課の「分室」に

当初は4人の雇用から始め、徐々に規模を拡大してきた。人事採用課の土谷知子係長は「業務の切り出しが最大の課題だった」と振り返る。当初は軽作業ばかりを頼んでいたが、精緻な仕事ぶりに驚かされることがたびたびあったという。

精神障害者の中には、物事へのこだわりが強い反面、集中力は非常に高い人もいる。1週間かかると想定した依頼を3日で片づけることもあった。「特性をフィットさせれば、大きな戦力になる」と考えた土谷係長。できそうな業務がないか、社内の各部署を回って尋ねた。

大塚商会

大塚商会人事採用課の土谷係長。自身も身体障害を抱える(記者撮影)

その結果、以前は外注していた事務処理を引き受け、内製化に成功。経費の削減に貢献し、存在感を認められた。他部署からも新たな仕事を請け負い、一般社員の負荷軽減や残業抑制につなげた。人手は足りなくなり、採用が活発化した一方、退職者は平均で年間1人程度と定着率も高い。

いつしかサテライトオフィスは人事採用課の「分室」のような存在に。回線はイントラネットを引き、機密情報も取り扱う。業務によっては東京・飯田橋の本社へ出社してもらう日もある。関西にも拠点を設け、障害者10人を追加で雇う方針だ。土谷係長はこう力を込めた。

「1人1人としっかり向き合えば、障害に関係なく活躍してもらえる。そのためのフォローを受けられるのが、サテライトオフィスの利点だ。彼らは会社にとってなくてはならない存在。今後はキャリアアップの仕組みを整えていきたい」

大塚商会に施設を提供しているのはHANDICAP CLOUD社(東京都新宿区)だ。新宿と横浜、大阪の計5カ所でサテライトオフィス事業を展開、ビルのフロアをブースごとに区切って顧客へ貸し出す。

1席あたり月額は最低10万円ほどからの価格設定だ。看護師らによるケアなどのサービスもこの料金に含まれる。同社の森木恭平社長は「自社で障害者向けのオフィス環境を整えるより、結果的に安くなる」と自信を見せる。

HANDICAP CLOUDのサテライトオフィスで働く人の約9割が精神障害者で、定着率は95%程度という。2021年の参入時に約100席だった席数のキャパシティは、2024年に約700席まで拡大。首都圏では最大級の規模を誇る。関西への進出も始め、2025年には計1000席を突破する見込みだ。

需要を集める背景には、法定雇用率の上昇に加え、「仕事の質」を問う風潮の強まりがある。きっかけは2023年1月、業者が企業に農園を貸し出し、そこで障害者を働かせる就労形態が一部メディアに「雇用代行ビジネス」と報道されたことだ。

「業者に金を払い、雇用率を買っている」という論調だった。これを受け、障害者雇用向け農園大手で東証プライム市場に上場するエスプールの株価は一時ストップ安に。厚労省も同年4月に雇用ビジネスの実態調査を公表し、「経済社会を構成する労働者の一員として能力発揮の機会を与えていると言えるか」などと懸念を示した。

「精神障害者は働けない」は誤り

森木社長は「貸し農園とサテライトオフィスはまったくの別物」と強調する。前者が本業とは無関係の農作業に従事してもらうのに対し、後者は一般社員と勤務地の違いはあれども、社内の一部署として機能させられるからだ。労働者が得る給与の水準も農園型より高い。

「顧客の中に管理を丸投げしてくるような会社はない。あくまでも障害者を戦力化するための手段として当社が選ばれている」(森木社長)。農園型就労への批判が高まると、HANDICAP CLOUDへの問い合わせ件数も増加。現在は説明会を開けば、毎回満席になるほどの盛況ぶりという。

同社は2019年から障害者向けの求人サイトも運営する。そこで直面したのは、軽度の身体障害者に人気が集中するという現実だった。対応しやすそうな求職者を企業が取り合う一方、精神障害者は敬遠されていた。

「『精神障害者は働けない』という先入観はいまだに根強い。でも、それは誤りだ。サテライトオフィスは今後、障害者雇用を支える社会インフラになっていく。事業規模を拡大させるため、近いうちの上場を目指す」と森木社長。新たな就労の選択肢は広がるだろうか。

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)

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